2015.1.20(火)
久美は、座布団を枕に畳に寝っころがり、漫画本を読んでいた。枕元にはスナック菓子の袋、ポテトチップスがその周りに散らばっている。
あやめは、初めて「花よ志」に、初めて久美との部屋に入った日のことを思い出した。あの日も、久美は同じ格好で寝転がっていた。
(あの時は……ポテトチップスやなかったなあ、何やったかなあ)
あやめは、埒もないことを考えた。
久美は、寝ころんだ姿勢を変えず、あやめを見ようともしない。
「ただいま、久美」
久美は返事をしない。相変わらずあやめを無視している。
「もう、久美、なに拗ねてんのん」
あやめは、覗き込むように久美を見下ろし、声を掛けた。
久美は寝返りを打ち、あやめに背を向けた。
あやめは久美の背の脇に膝を着き、覆い被さるように久美の顔を覗きこんだ。
「久ぅ美ぃ」
久美は、あやめの顔を避けるように、逆向きに寝返りを打った。あやめの片腿の表、膝の少し上あたりに柔らかく、それでいて弾力に富む久美の乳房が押し付けられた。
「久美ぃぃ」
上から久美に覆い被さり、抱きしめようとするあやめの腕を避け、久美は再びあやめに背を向け、上体を起こした。振り向き、睨み付けるようにあやめを見る。
「いやや、触らんといて」
「なんやのん。なに拗ねてんのん、久美」
「拗ねてへんわ」
「拗ねてるやないの」
「拗ねてえへんわ、何でうちが拗ねなあかんねん」
「せやかて、久美」
埒が明かない、と考えたあやめは、体ごとぶつかるように久美に抱きついた。押し倒す。
「久ぅ美ぃ」
「何すんねん、離せ」
「離せへん」
「離さんかい! あやめぇ」
仰向けに横たわる久美に、あやめは上から覆い被さった。両腕で羽交い絞めにし、久美の両腕を体側に固定する。両腿で久美の腰を挟み込んだ。柔道の抑え込み、縦四方(たてしほう)固めのような体勢である。久美は両脚をばたつかせることしかできない。
あやめは久美の耳元に唇を寄せ、吐息混じりに囁いた。
「久、美……」
「いやぁ」
「くみ、く……み」
あやめは、久美の耳の裏に舌を這わせた。
「いや、やめぇ……」
「くぅみぃ、耳、噛むよ」
「あかん……いやや、あ……ひっ」
あやめは久美の耳朶を軽く噛んだ。なんども何度も、くりかえし繰り返し噛んだ。時折、囁くように吐息をつきながら、むずかる子供をあやすように、久美の耳朶をあやめは噛み続けた。
「く……み……」
「いやや……いややあ……やめんかい、あや……ひいっ」
「くみ、くみ、くみ、可愛いよ、久美ぃ」
「んんっ……あ……」
久美の全身の緊張が解け、弛緩した。久美はあやめの愛撫に全身をゆだねた。
あやめは、固め技を解くように久美の体から降りた。久美に寄り添い、その体側にぴったり身体を合わせる。先ほどまで久美の下半身を挟み込んでいた両脚を、久美の体に沿って長く伸ばした。両腕は羽交い絞めを解いた。右腕を久美の頭の下に枕のように差し込み、引き寄せる。左手を久美の右肩にあてがい、やはり軽く引き寄せた。
あやめは、伸ばした左足を、改めて久美の腰に載せる。今度は、横抱きに抑え込む体勢である。
久美の四肢はほぼ自由になったが、もうあやめに逆らう意思は見られない。久美も、横向けにあやめに向かい合い、両腕・両脚をあやめに絡める。二人はしっかり抱き合った。
「くふん」
「ふうん」
「ああ、あやめ、あやめえ」
「くみ、可愛いよ」
「あやめえ」
二人の唇がしっかり合わさる。
「あやめ、舌、出して」
「うん、久美も出して」
二人の唇をそれぞれ割って舌が伸びる。
互いの舌が空中で触れ合う。舌が舌を追い、逃げ、打ち、絡み、扱き……。二人の唇の端から、唾液が漏れ、滴り、床に零れた。
「あ、あふ」
「う、ぶ」
「あん、あはああああ」
「ぐぶ、ぶぶぶぶ」
二つの舌が離れる。
顔と顔が少し離れ、互いの視線が絡み合う。
一瞬の間を置いた後、二人の唇は再び激しく合わさった。
「あむ、むむむむ」
「ぐむむむむ」
「ぶぐ」
「むああ」
あやめは、久美の唇から自分の唇を外した。
「いやあ、もっとぉ」
むずかる久美を制し、あやめは問いかけた。
「久美、なに、拗ねてたん」
「もう、ええやん」
「あんたはようても、うちはようないよ。ちゃんと言いよし(言いなさい)」
「もう、ええて」
「あかん。なんで拗ねてたんか、ちゃんと言い。言わなもう、したれへん」
久美は、しばらくあやめを見詰めていたが、あやめに抱きつき、あやめの顎の下に顔を埋め、くぐもった声で答えた。
「あやめえ。あの女。宝田の明子と……ええことしてきたやろ」
あやめは、久美の頭を抱え込み、撫でさすりながら思った。
(やっぱりなあ)
あやめは、久美の耳元で囁いた。
「あほ。なあんもしてへんよ」
「うそや。したやろ」
「してへんて。第一、昨日この話した時、あんたも納得してたやない」
「ほら、あやめが……あやめの料理がまた褒められたて。ほんで、そのご褒美やて……ほんな話やったら、行ったらあかん、なんて言われへんやん」
「なんや、いやいややったん?」
久美は激しく頭を起こし、あやめを睨み付けた。
「いやや、嫌に決まってるやん、ほないなもん! ほんでもうちは、うちは……」
久美の両目から、噴き出すような勢いで涙が溢れた。
「うち……うち……あやめの料理が褒められるんがいっちゃん(いちばん)嬉しいねん。ほの為やったら、うちにでけることやったら……何でもする!」
あやめは、からかい半分だった自分を省みた。
(この子は、久美は、こんなにうちのこと思〔おも〕てくれてる)
(ええ子やなあ)
(ほんまにええ子や)
(ほれに比べてうちは……)
「かんにん、堪忍え久美」
「あやめえ。ええーん、ふえええーん」
久美は盛大に泣きだした。
あやめは改めて久美を抱きしめ、あやすように、宥めるように、その背を左手で軽く何度も叩き続けた。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2015/01/20 09:23
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「なあんもしてへんよ」はあやめのセリフですが、厳密にいいますとこれはウソですね。あやめと明子は、「小鳥がついばむような」ですが口づけをしております。
ま、いまどき中学生でもキスくらいしますから、「なあんもしてへん」はあながちウソとも言えません。
久美の追及は「ええことしてきたやろ」です。これはどう考えてもほんまに「ええこと」でしょうから、あやめの言い訳はセーフ、でよろしいでしょう。
で、あやめと久美は始めるのでしょうか。これは次回を乞うご期待。
今回は軽いつなぎの話になっちゃいました。
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2. Mikiko- 2015/01/20 20:03
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まだ続いてるんでしょうかね。
当然、全員の指紋も採られるはずですね。
わたしは、以前の会社にいたとき、指紋を採られたことがあります。
会社に泥棒が入ったんです。
ケチな会社だったので、警備会社とは契約してませんでした。
職員通用口のガラスが割られてました。
幸い被害は、机の引き出しの小銭程度でした。
金目のものと言えば、机の上にパソコンが並んでましたが、それは無事でした。
そういうものに疎い人だったんでしょうね。
ワイヤー入りのガラスが、バールで割られてましたから……。
粗暴系の人だったんでしょう。
指紋を採られるのは、興味深かったです。
鑑識みたいな服装の人に指を掴まれ、紙の上で左右に転がされました。
結局、犯人が捕まったという話は、その後聞きませんでした。
ま、小銭とガラス1枚の被害で、まともに捜査はしないわな。
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3. ハーレクイン- 2015/01/21 01:25
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あやめを最後にすべて終わりました。
現場検証・近所の聞き込みも一通り終了。
とりあえず署に戻って捜査会議ですね。
鞍馬の「かわふ路」や、宝田の明子への聞き込みも追々行われるでしょう。
あやめのこの後の動きも気になるところですが、とりあえず捜査会議ですね。
明子とはどうするかなあ。こういうのは勢いというのがあるからね、一度やりそこねるとなあ。
会社の泥棒。
パソを盗み出すのは大変だろ。一人じゃ効率悪いし。ま、単独犯かどうかは判然としませんが。
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4. Mikiko- 2015/01/21 07:40
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あやめだけが外出してて、一番最後になったんでしたね。
「花よ志」の周りには、張り込みも付いてるでしょうね。
ワケありカップルや密談の客は近づかなくなって……。
料亭には痛手ですよね。
捜査会議、楽しみです。
性格の悪い管理官とか、出てくるかな?
会社のパソは、みんなノートでした。
重ねれば、1回で5,6台は運べるでしょ。
ノートの方が、デスクトップより値段も高いし。
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5. ハーレクイン- 2015/01/21 09:18
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ほうなんどすわ。
いつまいでも、うろうろしくさりよって、警察。
ほんまに、商売あがったりどすわ。
(祇園「花よ志」女将 志摩子)
あ、ノートか
頭に無いんだよね、ノート。デスクトップしか使ったことないもんなあ。
そういや、ラップトップなんてのもあったよね。
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6. Mikiko- 2015/01/21 20:00
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今は昔……。
2つ折りにして持ち運べるパソコンを、こう称しました。
“Lap”は膝のことで、膝の上に載せて使えるという意味です。
しかし、持ち運ぶといっても、10㎏近くあったそうですので……。
今のノートパソコンのように、鞄に入れて携帯する用途では無かったようです。
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7. ハーレクイン- 2015/01/21 21:28
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ラップは膝。
そうかあ、「包んで」持ち運ぶ、やないんや
それはwrap。
膝はlap。
ヒップホップはrap。
それにしても10㎏は重いな。
大きい方のコメ袋の重さじゃん。
5㎏袋だと二つ分だよ(当たり前)。
拷問用だな、ラップトップ。
それは「石抱き」だよ。
石抱き用の石の重さは、1枚12貫(45㎏)だったそうです。これを4枚乗せたそうですから180㎏。ホンマかいな、と言いたくなる重さです。
ラップトップ18台分、というとピンときませんねえ。