2014.7.8(火)
刑事が問いかける。
「なんでっか」
「一人だけ、今日、休んどるもん(者)がおます」
「ほう、何ちゅうお方でっか」
「あやめ、ですわ」
「あやめさん、女性ですなあ。仲居さんですな」
「いや、板場の人間ですわ」
刑事は、メモを取る目を上げ、お道を見た。
「ほう、女性の板場はんでっか。それはそれは。で、名字は何と……」
「えーっと、え、と」
「板場のお人の名字をご存じないんでっか」
「いやいや、しっとりま。もちろん知っとりまっけど……普段はあやめ、あやめ言うとりますんで……」
刑事は、右手のボールペンで左手の手帳をぽんぽん叩く。まるで追及しているようである。お道の頭に血が上った。
「あ、あの、あの……」
「どないでっか」
「あの……女将はん。あやめの名字、何でしたかいな」
志摩子は、手にした盃を長火鉢の猫板に叩きつけた。
「板場の人間の名前なんぞ、いちいちうちが知るかい!」
「へっ」
刑事は、ボールペンの尻で頭を掻いた。
「困りましたなあ。そのあたりに詳しいお方は、他にどなたか……」
志摩子は、手酌で注いだ酒を放り込むように口にし、わめいた。
「ああ、もう、うるさい! たいがいにせえ! とざい東西や!!」
お道は顔を上げた。
「あ、東。東中(ひがしなか)どすわ!」
「はあ、ということは、東中あやめさん……と。
で、ご自宅は……」
「あ、うちに住み込みどす」
「ほう。で、今日はお留守ですかいな」
お道は、志摩子の顔を伺いながら刑事に答える。
「へえ。めったに休みとる子やおへんねんけんど、今日は珍しゅうお客はんに招かれて、よそ(他所)いっとるはずどす」
刑事は顔を上げた。
「ほう、どちらへ」
「さあ、それは……」
「では、お客さんいうのは、どちらさんですやろ」
「宝田はんどす。祇園の、呉服商の」
「ほう、それは凄いですなあ。では問い合わせてみます」
「いや、刑事はん。宝田はんいうても旦さんやのうて、姪御さんの方ですわ、明子はん言わはります」
「ほう、ということは宝田明子さん。わかりました」
刑事は立ち上がった。座敷を出ようとする背中に、志摩子が声を浴びせる。
「おう、こら、ポリ公。嗅ぎまわるんは勝手やけんど、うちの商売の足引っ張るような真似したら、ただでは済まんで!」
「へっ」
「宝田はんとうちは、持ちつ持たれつや。この関係を乱すような真似したら、金輪際、許さんで。わかったか! ポリ公!!」
「へえっ」
志摩子の語勢に気押され、刑事はあたふたと退散していった。
「お道! 酒や!!」
「あ、へえ」
お道は、そそくさと志摩子の脇に座り、銚子を手にした。
「ああもう、ほんまに気色(きしょく)の悪い!」
「そうでんなあ」
お道は志摩子の盃に酒を注ぐ。
志摩子は、再び放り込むように酒を口にした。
「お道!」
「へえ」
「ほんまにいったい何事なん」
「へえ……」
「あの死体。おまんも見覚えないんかいな」
「おませんがな」
「店のもん(者)、だあれも知らんのかい」
「そのようでんなあ」
志摩子は、手にした盃で長火鉢の猫板を何度も叩き続ける。
お道は、志摩子をなだめるように銚子を手にした。
「おかみはん……」
志摩子は、お道の酌を受けながら自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「ということは、や。うちの客ではない、と。ほんで、わざわざ外からうちの庭に死体を運び込んだ、と」
お道が言葉を継ぐ。
「または、うちの庭に潜り込んで自殺した……」
志摩子は、再び喚き散らした。
「ああ、もう。全くの嫌がらせやないか。うちの評判、落そいうんかい。ほんまに、けたくその悪い」
「女将さん……」
「お道!」
「へえっ」
「塩は撒いたんかい、塩は!」
「撒きました。表から、裏から、たっぷり撒きました」
志摩子は、酒を口に放り込んで言葉を継いだ。
「なあ、お道……」
「へえ」
「さっきの刑事も聞いとったけんど、今日おらん人間が一人おるなあ」
「へ?」
「警察の取り調べをまだ受けとらん人間が一人おるやろ、いうとるんや」
「女将さん……まさか、あやめのことを言うてはるんですか」
志摩子はお道を睨みつけた。
「実際に今日おらんのんはあやめだけやろが」
「そらま、そうですけんど……まさか」
「まさかもこさかもないわ。どこ行っとんねん、あやめは!」
「へえ。宝田の明子はんのお招きやと聞いとりま」
「宝田……ふん」
志摩子は、煙管の煙を盛大に吐き出した。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2014/07/08 20:00
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投稿をころっと忘れていたよ。
しかし宝田一族。
一介の刑事にも「祇園の宝田」で通じるんですなあ。
すごいなあ。
しかし志摩子女将。
どんどん地が出てきます。
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2. Mikiko- 2014/07/09 07:53
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今朝、初めて読みました。
お道さん。
塩なんか撒いて……。
下足痕は、もう取ったのか?
防犯カメラも無いだろうから、足跡は重要な手がかりですぞ。
ヘタすりゃ、証拠隠滅を疑われます。
今朝は一時、ネットが繋がらなくなって焦りました。
空が夜のように真っ暗で、BSも映りません。
モデムをリセットして、しばらくしたら繋がるようになりました。
と、安心してたら……。
今度は、雷で停電。
見事に、パソコンが落ちました。
停電は一瞬だったので、恐る恐る立ちあげたところ……。
どうやら、無事でした。
新潟市には、大雨洪水警報が出てます。
今までの空梅雨がウソのようです。
会社、行きたくないけど……。
今日は、忙しくて休めません。
長靴だな。
ブラジル。
あまりにも悲惨な結果になりましたね。
飛び蹴りをかましたコロンビアの選手は、命を狙われるんじゃないでしょうか。
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3. ハーレクイン- 2014/07/09 11:09
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もちろん取りました。
そのあたり、手抜かりはおまへん(京都府警)。
ネットが繋がらなくなる。
実質、大したことじゃないんだけど、でも焦るよね。
普段通りのことが出来ない、というのは本当に焦ります。
台風が来ています、8号。
何で新潟が影響大きいのですかね。
ブラジル。
ぼこぼこにやられましたね。
ま、たまにはいいんじゃないでしょうか。
3位決定戦。やる気出んだろうなあ。
それにしても、ドイツ強し!
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4. Mikiko- 2014/07/09 20:17
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一番、アリバイがはっきりしてるんでないの?
仲居さんが、ほとんど侍りっぱなしでしたから……。
こっそり抜け出すことも出来ないと証明されるはず。
決勝は、ドイツとオランダでしょうかね。
これで連想するのは……。
「この帽子、ドイツんだ?」
「オランダ」
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5. ハーレクイン- 2014/07/10 02:52
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そのとおりですね。
ただ、現時点の警察、および「花よ志」から見れば所在不明ですからねえ。これをネタにもう少し引っぱろうか、と。
無理かな。
ぬけぬけと、古典的ギャグをかますのはやめてくれ。
アルゼンチンも強いぞ。
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6. Mikiko- 2014/07/10 07:39
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死体を持ち込むのは、かなり大変。
保冷車みたいなトラックを、裏口に付けるかね。
でも、近所の人が見てたら……。
刑事の聞き込みで、しゃべられるわな。
一番安全なのは、生きたまま、向こうから来てもらうことでないか?
つまり、人に見られないよう、裏口から入るように命じるわけ。
てことは、やっぱり、内部の者の犯行ですな。
オランダVSアルゼンチン。
PK戦のようです。
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7. ハーレクイン- 2014/07/10 13:43
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死体の搬入、または自殺者の侵入は昨夜遅く、「花よ志」閉店後と考えればええんでないの。
で、裏庭だから昼近くまで発見されなかった、と。
どや!
WC準決勝、オランダVS.アルゼンチンのPK戦。
4-2でアルゼンチンの勝利です。
決勝戦はドイツVS.アルゼンチン、14日(月)04:00キックオフ。
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8. Mikiko- 2014/07/10 20:27
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決めてませんのかいな。
閉店後ということは……。
当然、裏木戸には鍵が掛かってるわけですよね。
本人が鍵を持ってたか……。
内部の誰かが、合鍵を渡しておいたか……。
あるいは、内部の誰かが、鍵を開けておいたか。
よし、わかった!
http://blog-imgs-47.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20130813185145449.jpg
この屍体は、『花よ志』の元従業員です。
辞めた後も、裏木戸の合鍵を持ったままだったのです。
どや!
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9. ハーレクイン- 2014/07/10 22:44
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「花よ志」の庭の裏は、すぐ鴨川です。
しかも土手といいますか、川岸の塀、および「花よ志」の裏庭の塀がむやみに高いので、こちらから庭に侵入するのはキングコング(古っ)か、鼠小僧(古うぅっ)でもない限り不可能です。
庭に入るには、母屋を通り抜けるか、お隣さんとの間の路地から侵入するしかありません。
この路地の入口も、「花よ志」の玄関も、表通りに面しています。
表通りは、京の繁華街の一つ「木屋町通り(きやまちどおり)」ですね。
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10. Mikiko- 2014/07/11 07:48
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それならきっと……。
『花よ志』の裏庭には、ハマスが掘った地下通路の入口があるに違いない。
その通路は、海底を貫き、パレスチナまでつながってるのです。
殺されたのは、イスラエルの工作員でしょう。
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11. ハーレクイン- 2014/07/11 09:20
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ストーリーを作ってんじゃねえよ。
それにしてもパレスチナ対イスラエル。
落としどころはどこなんでしょうか。全く先が見えません。
わたしが生まれた頃からの紛争だもんなあ。
いや、それ以前。何千年もかけての対立だな。
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12. Mikiko- 2014/07/11 21:02
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勝った方は、負けた方の残党を、女子供を含め、1人残らず皆殺しにしました。
もちろん、報復を怖れてのことです。
報復の連鎖を断ち切るためには……。
片方が根絶やしになるしかありません。
中途半端な和平を繰り返してる限り……。
戦いは永遠に続くでしょう。
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13. ハーレクイン- 2014/07/11 22:32
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宗教問題だからねえ。
難しいよね。
「花よ志」の庭に侵入するのは難しくないよ。
路地の入口の木戸の鍵は、子供の力でも押し破れるくらいちゃちなものなのです。
あ、書いちゃったよ。