2014.6.10(火)
「へえ。
乙訓(おとくに)郡は、京都と大阪の府境の京都側です。
阪急、JR、新幹線、名神高速、国道171号線・いわゆる“いないち”、が絡み合うように通っています。天王山(てんのうざん)の麓になりますね。
このあたりは、天王山と淀川との間が狭くなっていますので、これらの交通機関はそれこそ互いに触れ合い、重なり合うように通っています。交通の要衝ですね。
属する町は『大山崎町(おおやまざきちょう)』一つだけどす」
「天王山いうたら、あの、天王山の戦い、の……」
「そうどすなあ」
「へえ、よう知ってはるねえ、あやめさん」
「いえ、とんでもおへん」
明子は、あやめの杯に酒を注ぎ、その銚子で自分の杯も満たした。
「あやめさん、山崎って、サントリーの工場があるんやなかった?」
「へえ、サントリーさんは大山崎町の隣、大阪側の島本町ですね。サントリーさん御自身は『山崎蒸溜所』云うてはりますけんど、これは大山崎町にあるからではなく、島本町山崎にあるからなんですね」
「へええ、ややこしいねえ」
「電車の窓からよう見えますけど」
「せやねえ、うちもよう見ます。特徴のある建物ですから、一目でわかりますねえ」
明子は、侍る仲居に声を掛けた。
「すみません、ウィスキーをお願いします。サントリーの話をしてたら、なんや飲みとなりました」
「へえ、銘柄は何にさせてもらいまひょ」
「あ、お任せします」
「かしこまりました」
若い仲居が笑い混りに頭を下げ、座敷を出ていった。
しばらくして戻ってきた盆の上にはウィスキーの瓶、ラベルには『山崎』とある。サントリーの銘柄である。
それにグラスが二つ、アイスペール、水差しが乗っている。
仲居は盆を畳の上に置き、グラスを座卓に並べる。アイスペールを座卓に置く。添えられたアイストングを手に、ペール内の、少し大きめに砕かれた氷を、二つのグラスの縁まで投入する。
『山崎』の瓶を手に、グラスにウィスキーを注ぐ。氷の縁を流れ、グラスの内を満たしていく琥珀色の液体は、グラスの半分ほどまで注がれた。
仲居が問いかける。
「お水はどないさせてもらいまひょ」
明子が答える。
「あ、うちは結構どす」
あやめも答える。
「うちもそのままで、お願いします」
あやめと明子は、思わず視線を合わせた。微笑み合う。
仲居は、それぞれのグラスを、あやめと明子の前に進めた。二つのグラスは、それぞれコースターの上に乗っている。
「どうぞ」
「おおきに」
「おおきに、ありがとさんどす」
グラスの腹にはすぐに露が浮き、手にするあやめと明子の指を濡らした。
「うわあ,冷たい。気持ちええねえ、あやめさん」
「そうどすなあ」
「ほなら、また乾杯や、あやめさん」
「今度は、何に乾杯しましょ」
「ほれは決まってますやん。『サントリーに』ですがね」
「あ、あはは、そうどすなあ」
「ほなら『サントリーに』」
「『サントリーに』」
「かんぱあい」
侍る二人の仲居は、少し俯いて噴き出すのをこらえながら、にこやかに笑っている。
明子は、グラスのウィスキーを一気に半分ほど飲んだ。
あやめはグラスを手に、明子の飲みっぷりを眺める。
「はあー」
「どないしたん、あやめさん」
「あ、いえ、すんまへん」
「なんちゅう飲み方すんねん、ておっしゃりたいんやろ」
「いえ、そんな、とんでもない」
明子はにこやかに笑った。
「ええんよ。うちはこういう女や」
「そんな……」
「小学生のとき。まだ中学校に上がる前やったなあ。父の買い置きの日本酒をこっそり飲んだんは」
「小学生! はあー」
明子は卓に乗り出すようにあやめに顔を近づける。
「あやめさん」
「へえ」
「あんたさんはいつなん。初めてお酒を飲んだんは」
「へえ……。高校三年の時です。受験勉強しもって、飲むようになりました」
「なんや、あんたさんも結構不良やったんやねえ」
「不良って、明子はん……」
「ほほほ、まあ、よろしやん」
明子は、銚子を取り上げ、あやめの盃に注ぐ。
「あ、すんまへん」
「いちいち謝ることおへんよ、あやめさん」
「へえ……」
「あやめさん」
「へえ……」
「可愛いねえ」
あやめは、思わず顔を引いた。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2014/06/10 10:52
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乙訓(おとくに)郡は、淀川の右岸です。
琵琶湖から流れ出る「瀬田川」。
これに京都北部からの「保津川」、奈良県からの「木津川」が合流します。これを「三川(さんせん)合流」といいますが、合流地点が天王山の麓、大山崎町なんですね。乙訓郡はこの近くになります。
合流後は「淀川」となり、わたしの今の住まいのすぐ近くを過ぎ、大阪平野を流れて大阪湾に流出します。
「淀川」
わたしの故郷の川です。
それにしても、明子とあやめの飲み方。
尋常ではありませんね。
ま、まだ氷がグラスに入っていますから「ロック」ということになるのでしょうが、ほとんど「ストレート」に近いですね。
以前に書きましたが、モダンジャズに「ストレート・ノウ・チェイサー」という名曲があります。
「チェイサー」は“追いかける者”。
つまり、生のウィスキーを飲んだ後で飲む水、ということですね。
で「ノウ・チェイサー」ということは、この水すら飲まない、ということ。
なんちゅう飲み方すんねん、明子&あやめ。
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2. Mikiko- 2014/06/10 19:47
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川の流れが淀んでいることから付けられた名だそうです。
湿地帯だったんでしょうね。
なんと、淀川の支流数は、965本で日本一。
2位は信濃川の880本、第3位は利根川の819本です。
すごいですね。
ウィスキーのロックは、胸焼けします。
こんな飲み方したら、それ以前に潰れてるわな。
最後のシーンは、壮大なゲロ合戦ってのはどうだ?
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3. ハーレクイン- 2014/06/10 21:00
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淀川の支流数は日本一!
日本最長流の信濃川を上回るとはすごいな。
しかし……そんなにあるかなあ。
なんぼなんでも、と思って調べてみましたら、琵琶湖に流入する河川も含めた、いわゆる「淀川水系」の本数ですね。
ロック。
氷を入れたグラスにウィスキーを半分ほど注ぎ、同量の水で割ったものを「ハーフロック」というそうです。
確かに飲みやすそうですが、なんか軟弱やなあ、という気もします(明子)。
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4. Mikiko- 2014/06/11 07:43
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淀川は、琵琶湖から流れ出る唯一の河川だそうです。
なので、琵琶湖に流入する河川は、淀川の支流ということになるんですね。
ちなみに、琵琶湖に流入する河川は、460本だそうです。
淀川が琵琶湖を出てからの支流は、500本程度というわけですね。
ハーフロック。
初めて聞きました。
単なる水割りだと思いますが。
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5. ハーレクイン- 2014/06/11 15:26
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わたしもそう思います。
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6. ハーレクイン- 2014/06/13 12:53
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ウィスキーに切り替えたはずなのに、明子に酒を酌させてしまいました。
申し訳ありません。
たいがい、酔うているようです。
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7. ハーレクイン- 2014/06/15 12:37
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わからんようになりました。
マジに頭がおかしくなっとるようです。
『アイリス』68。
原稿はできとるのですが……。
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8. Mikiko- 2014/06/15 12:46
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↓のメールフォームから投稿してください。
https://mikikosroom.com/archives/2574468.html
ファイルの添付は出来ないので……。
「メッセージ」のところに、『アイリス #68』の本文を貼り付けてください。