Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #62
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式) アイリスの匣 #62



 あやめは、年配の仲居に問いかけた。

「このグジ、どこのんですやろ」

 京都では、アカアマダイを「グジ」と呼ぶ。京料理にとって、ハモと並んで重要な食材であった。

「へえ、丹後どす」

 京都府北部、日本海に面する景勝の地である。

「丹後……京都のお魚どすねえ」

 あやめは続けて、甘鯛の横に添えてある蓴菜(ジュンサイ)を口に運んだ。
 ジュンサイは、スイレンやヒシと同様、浮葉植物である。浅い沼沢の底泥中に地下茎を張り、水面に向けて茎を伸ばし、水面に浮かべるように葉を広げるのでこの名がある。葉の中央から空中に突き出すように若芽を伸ばすが、この若芽を食用とする。
 北海道から、九州、沖縄まで広く自生し、また栽培されるが、各地で減少・絶滅している。原因は、水質の悪化である。

 京都でのジュンサイの産地は、京都御所の北方4㎞、もう京都盆地の北のはずれと云ってもいい位置にある「深泥池(みどろがいけ、みぞろがいけ)である。
 各種の貴重な動植物が生息する沼沢であるが、ここでも水質の悪化により、ジュンサイは一時絶滅が心配されるほどであった。しかし、近年、地元の人々の努力により水質が改善され、ジュンサイも復活しつつある。

 ジュンサイの食味は、なんといっても食材とする若芽や若葉を覆う寒天質にある。
 あやめは、ジュンサイを2、3切れ、口に入れた。寒天質のぬるりとした感触が口内の粘膜を刺激する。次いで歯で噛み締める。少し歯ごたえがある。この二通りの食感の落差が面白い。ジュンサイの最大の持ち味であろう。
 味は……ほとんどない。まるで水のような味わいである。あやめは、ジュンサイの故郷、浅い沼沢地を思い浮かべた。侍る仲居に問いかける。

「ジュンサイは、京もんですやろか」
「へえ、深泥池どす。いっときは無くなるんやないかと気がもめたもんどすが、このごろようやく増えてきたようどして」
「それは、よかったですねえ」

 深泥池のジュンサイは、寒天質が非常に厚くぽってりとしている。他県のものにない大きな特徴であった。


 明子があやめに声を掛けた。

「あやめさん。なんや、すっかり無口にならはりましたなあ。お料理に夢中どすか」

 侍る仲居も声を掛ける。

「ほんまに、なんや怖ろしいほど集中してはりますなあ。ほんに怖(こお)うおす」

 あやめは顔を上げた。碗を下ろす。

「あ、す、すんまへん。つい……」

 明子が再び華やかに笑った。

「ほんまに、根っからのお料理人さんどすなあ、あやめさん。ほんでも、もうちょっと気楽に構えはることも大事や思いますえ」
「すんまへん、すんまへん。失礼しました」
「もう、そないに謝ることやおへんがな。さ、お酒いきまひょ」

 明子は銚子を取り上げ、あやめの杯に注いだ。

「おおきに、明子はんも」

 あやめは碗中のアカアマダイの身、ジュンサイ、散らした三つ葉まですべて口に入れ、味わい尽くした。碗出汁を一滴残らず飲み干す。
 あやめは陶然となった。
 甘露……そんな言葉が頭をよぎった。
 それは、鞍馬の「かわふ路」にいた頃の幸介が、あやめの椀物を味わって思い浮かべた言葉だ。が、そんなことがあやめにわかるわけもない。
 若い仲居が、盆を捧げて座敷に戻ってきた。

「あやめさん、次のお料理、来ましたえ」


 刺身である。
 明子が声を上げた。

「うわあ、お造り。すみません、お酒もう二本、いただけます?」

 碗物を味わううちに、先ほどの二本の銚子は空になっていた。

「酒。へえ、かしこまりました」

 若い仲居は返事し、座敷を出ていった。

 明子やあやめのような若い女性としては、尋常の酒のペースではないのだが、料亭「ひいらぎ」の仲居達は慣れているのか、平然と酒を運んでくる。
 運んできた仲居は、座卓に銚子を置きながら、明子よりもあやめに目を遣った。あやめはその視線を意識した。

(えらい勢いで飲む女子〔おなご〕やなあ、て思われてるんやろなあ)
(そういや、こんだけ飲むのは久しぶりやなあ)

 あやめは職場に住み込みの身である。そんなに飲むわけにはいかない。

(そういえば、久美ともほとんど飲んだことないなあ)
(あの子、どれくらい飲めるんやろ)

 明子は、新しく来た銚子をすかさず取り上げた。

「さあ。いきまひょ、あやめさん」
「す、すんまへん。頂戴します」
「もう、そないに畏まることおへんがな。気楽に行きまひょ。あやめさん」

 そう言われても、宝田一族はおろそかに対せる相手ではない。それでも、料理が進むにつれ、しだいに酒がまわるにつれ、あやめの緊張感は徐々にほぐれていった。
 刺身皿に目を遣る。二皿。
 まず、ヒラメの薄造り。皿の表面の模様が透けて見える。
 もう一皿は、マグロの中トロと伊勢海老。砕いた氷を鉢に盛り、その上に載せてある。涼感たっぷりの一品であった。
 いずれの刺身も、見ただけでその新鮮さがわかる。
 あやめは箸を伸ばし、ヒラメの一切れを取った。醤油は付けない。そのまま口に含んだ。

(美味しい……)

 刺身の命は一にかかって新鮮さである。そして切り方。特にヒラメの身は弾力に富むので、かなり薄く切らねばならない。中トロは厚く、イセエビは飾り切りにしてある。いずれも見事な刺身であった。
 あやめは、刺身の一切れずつを口に運び、時折、添えられたケンも口にしながら、刺身皿を味わっていった。ケンはダイコンとニンジン。菊の花が添えてある。

 あやめが明子に声を掛けた。
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #61】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #63】




コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2014/05/06 11:15
    • どうも一般的な名称ではないようです。
      グヂ(京都・舞鶴・大阪)、クズナ(大阪・福岡・壱岐)、とWikiにはありました。
      グヂはともかく、クズナは知らんなあ。
      蓴菜(ジュンサイ)はどうなんでしょう。
      こちらではスーパーにも売っていますから、絶滅の危機は乗り越えたと思いますが、ま、わたしはパスですね。何が美味いのか全く分からん。
      京料理にとっては重要な食材のようですが。
      で、次の料理は定番といえば定番ですが、刺身。
      まずはヒラメの薄造り。
      わたしが、初めてヒラメを食べたのは20代前半。
      務めていた進学塾の塾頭のおごりでした。
      なんや、味もしゃしゃりも無いなあ、というのが感想でした。
      すまぬ、ヒラメくん。
      マグロの中トロ。
      これは、誰にでもわかる美味さですね。
      イセエビもね。
      刺身皿。
      ケンを召し上がらないお方も多いようですが、料理人さんの苦労も思いやり、是非お召し上がりください。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2014/05/06 12:44
    •  知り申さんかった。
       ↓日本海側では青森まで生息しており、もちろん新潟でも捕れてました。
      http://www.van-rai.net/nigyoren/sakana/amadai/amadai.htm
       塩焼きで食べてみたいですね。
       じゅんさいは食べたことがあります。
       新潟市には、その名も『じゅんさい池』という池があり、じゅんさいが繁茂してるそうです。
       典型的な食感を味わう食品じゃないでしょうか。
       でも、家庭料理として食べる習慣は、新潟には無いようです。
       刺し身。
       新潟の名物では、寒ブリでしょうかね。
       とにかく、脂の乗りがスゴいです。
       醤油皿にちょっと漬けただけで、醤油に脂が浮くほど。
       舌くらいの厚さに切った刺し身は、至福の味だそうです。
       新潟では、白身の刺し身は、あまり話題にならないようです。
       新潟で、“ケン”などと言ったら……。
       雉の鳴き真似をしてるとしか思われません。
       間違った使い方らしいですが、“ツマ”と呼んでるようです。
       新潟でこれを食べるのは、ホームレスだけじゃないですか。
       カラスも食いません。

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2014/05/06 14:22
    • 独特の体形をしていますよね。
      誰でも一目見れば覚えるでしょう。
      で、もちろん食べても美味しい。
      いい魚です。
      ほう、新潟の「じゅんさい池」。
      見てみたいですね。
      京都の深泥池といい勝負かな。
      じゅんさい。たしかに、そんなに食べて美味しいものではありません。
      趣味的な一品でしょうね。
      日本海の寒ブリ。
      たしかに、脂の乗りは凄いですよね。
      ただ、脂の味が勝ちすぎて、肝心の肉の味わいはどうなのかなあ。
      「ケン」は剣、“細長いもの”という意味です。
      もちろん、「ツマ」ともいいます。
      妻、褄、端。
      刺身の「はしっこ」に添えるものという意味ですね。
      作った料理人さんに思いを馳せ、また栄養的にも、ケンは食べましょう。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2014/05/06 18:52
    •  ↓佐渡近海には、コブダイという奇怪な魚が棲んでます。
      http://blog-imgs-69.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20140506184910f27.jpg
       あれは、食えるんですかね?
       ↓新潟市にある中央卸売市場『中央食堂』の寒ブリ。
      http://blog-imgs-69.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20140506184148566.jpg
      ↑右側の白いところ、脂が載ってますね。

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2014/05/06 23:26
    • もっとずっと小さくて、これと似た魚は見たことあります。下顎が突き出ているんですね。名前は記憶にありません。
      いやあ、美味しそうですねえ、寒ブリ。
      でも、もう旬は終わりです。冬を待ちましょう。
      ヒラマサ、カンパチ、ハマチはこれから。夏の魚ですね。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2014/05/07 07:40
    •  今ごろなんでしょうか?
       きのう見た『おんな酒場放浪記』で、初鰹の刺身が出てました。
       色は臙脂色で、脂身は少ないみたいですね。
       ほんとに、美味しいのかね?

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2014/05/07 10:32
    • 初鰹。
      「目には青葉 山時鳥(ほととぎす)初松魚(かつお)」という、ご存知の句がありますが、ま、江戸っ子の勢いだけの句でしょうね。
      初鰹の旬は4・5月、戻り鰹は8・9月だそうです。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2014/05/07 20:19
    •  “薬食い”の一種だったんでしょうね。
       初物は、寿命が伸びると云われてたそうですから。

    • ––––––
      9. ハーレクイン
    • 2014/05/07 22:02
    • 寒中の保温・滋養のために獣肉を食べること。
      滋養となる物を食べること。
      広辞苑第六版
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