Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #59
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式) アイリスの匣 #59



「へえ、初めてどす」

 平安神宮の大鳥居の足もとは、直径にして5メートル以上はあるだろうか。見る人を圧する巨大な鳥居であった。

「へえ、珍しいですねえ。京都のお人やったら、たいがい一度や二度は来てはる思うんやけど」

 あやめは先日、大文字山に出かけた折、久美に言われた言葉を思い出した。

(ほんっまにあんたは、常識知らずや……ちっとは勉強しよし)

「あの……言い訳みたいになりますけんど、ちっこい頃(幼いころ)からずっと実家の店を手伝(てっと)てたもんですから、京都生まれの京都育ちやのに、京のことはほとんど知らんで……こないだ、久美にも言われました。『常識知らずや』て、『もっと勉強せえっ』て」
「あらあら、厳しいお子やねえ、久美さん」
「いえ、その通りや思います。『京の料理人が京都を知らんでは話にならん』とも言われました。せやから(だから)、今後はお休みもいただいて、せいだい(盛大)京都を見て回ろと思てます」
「わあ、せやったら、またご一緒できますねえ」

 明子は、すかさずあやめの手を取った。

「行きますよ、あやめさん」

 神殿に背を向け、大鳥居に向けて歩き出す。

「え、お参り、しはらへんのどすか」
「しませんよ、そんなん。ほれに、建物や庭は何度も見てますし」

 明子は、繋いだあやめの手に五指を絡ませた。軽く振りながら歩く。道の両側には歩道があるのだが、車道の中央を堂々と歩く。あやめは気が引けたが、明子は悪びれる風もない。
 大鳥居をくぐり抜けた。

「左が京都市美術館、右が府立図書館と、国立近代美術館どす。で、今歩いているのが、平安神宮の表参道、別名、神宮通(じんぐうとおり)ですね」

 明子は観光バスのガイドのようにあやめに語りかける。信号のある交差点に行きついた。信号は赤であった。
 明子は信号の手前で立ち止まる。握ったあやめの手指を、語りかけるように握りしめた。

「なあ、あやめさん」
「へえ」
「あんたはん、大学では何やってはったん」
「へえ、化学どす」
「かがくって……」
「ばけがく、どす」
「はあー、ばりばりの理系どすなあ、すごい」
「ほんな、大したことはやってまへん。明子はんは何やってはったんどすか。お聞きしてよろしおすか」
「ラーゲルレーヴって作家、ご存知?」
「ラーゲルレーヴ……」
「『ニルスの不思議な旅』やったらご存知でしょ」
「あ、知ってます。主人公のニルスが小さな体になって、鳥の背に乗って旅をするんでしたよね」
「あの鳥はガチョウ、名前はモルテンどす。『ニルス』の正式な表題は『ニルス・ホルガションのふしぎなスウェーデン一周旅行』。作者は、1909年に女性初、スウェーデン人初となるノーベル文学賞を受賞したとして名高い作家、セルマ・ラーゲルレーヴですね。うちはラーゲルレーヴが卒業論文のテーマどした」

 あやめは、思わず明子の横顔を見つめた。

「はあー、すごい」
「なあんもすごいことおへんよ。ただの『ニルス』の感想文みたいなもんどした」
「お好きなんどすか『ニルス』」
「昨日一緒やった伯父どすけんど」
「あ、へえ、宝田の旦さん」
「うちが小っこい頃、まだ小学校に上がる前でした。あの伯父が『ニルス』の絵本、買(こ)うてくれましてなあ」
「へえ」
「ほれ以来どすわ。『ニルス』にどっぷり嵌まってしまいました」
「へええ」

 信号が青に変わった。
 明子は、繋いだあやめの手を引く様に、前に一歩踏み出した。

「行きますよ、あやめさん」
「へえ、明子はん」

 二人は手を繋いだまま、交差点を横切った。
 渡った先は、ごく普通の京の町中である。道は一気に細くなった。歩く人は誰もいない。あやめと明子は、変わらず手を繋ぎ、繋いだ手を振りながら、京の裏町の通りを歩いた。

「あ、川……」

 あやめは小さな橋を渡りながら呟いた。

「これは川ちゃいますよ、あやめさん」
「え、ほんでも……」
「これは疏水どす、琵琶湖疏水。琵琶湖の水を京に引きこむための、人工の水路ですね」
「はあー、琵琶湖疏水。ほんまにうちはもの知らずどす。恥ずかしおす」
「ほないなこと、あやめさん……」

 明子は、繋いだあやめの手を改めて握りしめた。
 再び、信号のある交差点に差し掛かる。今度の信号は青であった。渡る。道はさらに細くなった。
 明子は、道案内をするようにあやめの手を握り、二度、三度、左右に道を折れた。
 数軒の建物が軒を並べている。

「あやめさん、着きましたえ」

 明子は繋いだ手を振り、あやめに問いかけた。
 
「何がよろし? 和・洋・中、何でもおますえ」
「へえ、うちはなんでも……」
「何でも、ではわかりまへんがね。今日のお客はんはあやめさんやねんから、はっきりしとくれやす」
「へえ、あの……」
「何にします」
「あの、ほなら、和食で……」
「和食。承知しました」

 明子は、正面の古風な造りの、瓦葺の建物の門をくぐった。あやめが後に続く。明子は訪いを入れる。深紅の前掛けを着けた和装の若い仲居が現れた。あやめは思わず久美を連想した。

「ようこそおこし、宝田はん」
「お昼、お願いでけますやろか、二人どすけんど」
「へえ。座敷がよろしおすか、ほれともテーブルで……」
「座敷の方が静かにいただけますなあ」
「へえ、ほな、どうぞこちらへ。あ、お靴はそこへ脱ぎっぱなしで……」

 三和土に靴を脱ぎ置き、仲居に続いて板張りの廊下を奥へ向かう。廊下はすぐに畳廊下に変わった
 一つの座敷の前で立ち止まった仲居は、廊下に膝を突いてガラス障子の取っ手に手を掛け、引き開けた。

「どうぞ」

 仲居は、明子とあやめをふり仰ぎ、入室を促す。
 室内には巨大な座卓が一つ。座布団を敷いた座椅子が二台、座卓を挟んで向かい合わせにセットしてあった。

「どうぞお座りやして。今、お茶をお持ちします」
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #58】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #60】

コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2014/04/15 09:46
    • 平安神宮の大鳥居。
      表参道。
      京都市美術館。
      京都府立図書館。
      国立近代美術館。
      琵琶湖疏水。
      それに『ニルスの不思議な旅』
      美しい景観、なつかしい思い出が続きます(自分で書いてるんですがね)。
      わたしも、叔父に買ってもらった絵本で、本の世界に引き込まれたような気がします。なんの絵本だったか、全く記憶にないのですが(恩知らずめ)。
      ああ、やはり書き忘れましたなあ、二人が入った料亭の屋号。
      後で出てきますが、この店の屋号は「ひいらぎ」いいます。
      どうぞご贔屓に。
      ほれにしても、京の料亭で昼食。一体、なんぼ取られるんやろ。
      さすが、明子はん。宝田一族ですなあ。
      ♪……わたしの心に 鐘が鳴る
        白い京都に 雨が降る……
          (渚ゆう子『京都の恋』)

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2014/04/15 19:44
    •  修学旅行で行ったっきりですが……。
       どこに行ったのか、とんと覚えてません。
       鹿を見た気がするのだが、あれは奈良だったんでしょうね。
       嵐山に行ったような……。
       あ、二条城の鶯張りは歩いたかも。
       建て付けが悪いだけじゃないかと思ったものです。
       京都の料亭で、何が出るのかわかりませんが……。
       自腹で入る気は、さらさらありませんね。
       でも最近、妙にタケノコが食べたいです。
       母にリクエストしてみよう。

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2014/04/15 22:09
    • 大原は、鞍馬と同じく鞍馬山の麓です。街道は途中で、鞍馬方面と大原方面に分岐しますが。
      しかし、大原(京都市北東部)に行って嵐山(市西部)に行って二条城ですか(市中央)。えらく忙しい旅行ですね。
      鴬張りは、東山の知恩院のも有名です。
      京の料亭で昼食などバチあたりな真似は……宝田一族のようなお大尽のやることです。
      タケノコは今が旬。
      「食べてくれー」と呼びかけているのでしょう。
      わたしんちの近くのスーパーにも、ででーんと並んでいます。
      明日はタケノコにするかな。あく抜きがめんどいんだけどね。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2014/04/16 07:55
    •  行ってません。
       歌ってみただけです。
       大原と嵐山の位置関係は、まったく知りませんでした。
       離れてるんですね。
       大原は、滋賀県の方でしょうか?
       今朝は、筍のお味噌汁でした。
       歯ざわり最高。
       やっぱり、味に占める食感の役割は大きいです。
       歯は大事にしたいものですね。

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2014/04/16 10:53
    • そうです。
      東にひと山越えれば近江、湖西地方ですね。比叡山の麓と云えばよろしいでしょうか。
      ですから、わたし達大阪人から見れば、嵐山はすぐそこ、大原は遠いなあ、という感覚ですね。
      筍の味噌汁。
      うわあ、美味しそうですねえ。
      こりゃあ、今夜はやはり筍だな。
      歯触りも大事な「味」の一つ。
      これ。
      フライングだぞ。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2014/04/16 19:44
    •  京都の料亭では、歯触りのある料理が出されるのかな?
       スルメでしょうか?
       座敷に石炭ストーブが持ちこまれ……。
       舞妓さんが焼いてくれるのかも知れん。
       一酸化炭素中毒にご用心。
       そういえば、ストーブ列車って、換気もしてるんでしょうか?
       タケノコは1㎝くらいの厚切りで、噛むたびに歯が喜びました。

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2014/04/16 21:46
    • 柔らかいものもお出ししますし、歯触りのあるものもお出しします。
      どうぞよろしゅうに。
      ストーブ列車の換気。
      隙間だらけの車両で、必要ないんじゃないか。
      あ、しもた。
      筍を買うの、忘れた。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2014/04/17 07:34
    •  強制排気が出来ないので、スルメの臭いが籠りっぱなしになります。
       換気するとなると、窓を開けるしかないようです。
       地元の人は、乗らないんでしょうね。

    • ––––––
      9. ハーレクイン
    • 2014/04/17 11:01
    • ははあ。
      それで夏に走らせるのか、ストーブ列車。
      全く意味がわからん、ストーブ列車。

    • ––––––
      10. Mikiko
    • 2014/04/17 19:49
    •  ストーブで燗を付けさせろとか言うヤカラがいるそうです。
       煙の出る食べ物を載せられると、ほんとに困るんだとか。
       窓を開けなきゃなりませんからね。
       ストーブ列車料金の300円ってのは、半分迷惑料じゃないの。

    • ––––––
      11. ハーレクイン
    • 2014/04/17 21:34
    • ははあ。
      ま、気持ちはわからんでもないが、そんなことを言い出すからには、たいがいべろんべろんなのでは。
      アテンダントのお姉さんに抱きついて逮捕されたりして。
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