Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #35
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式) アイリスの匣 #35



「おう幸介、こいつはあやめいうてな、儂の妹や。明日っから別の店に行くんやけど、今日一日だけ一緒の板場でやってもらう。ま、よろしゅう頼むわ」
「幸介はん、すんまへん。お邪魔やろけど、よろしゅう頼んます」
「へえ、あやめ姐さん。こちらこそよろしゅうお願いします」

「よっしゃ。ほなあやめ、これが今夜の献立や」
「えーっと。前菜は『鶏ささ身とアボカドのわさび風味』、椀物が『湯葉と茗荷のすまし汁』、お造りは『マグロ、イカ、タイ』、焼き物が『鮎』、箸休めに、メインは『丹波牛炭火焼』、ご飯が『山菜飯』、で、デザート、と……」
「『前菜』『箸休め』『デザート』、ほれに『ご飯もの』はでけてるよってな。儂、鮎と牛焼きやるわ。お前は碗と刺身やってくれるか」
「ほい、承知。ほんでも兄ちゃん、鮎は……」
「まあ、この時期はのう。しゃあないわな」
「せやねえ」
「いやあ、ほんでも今日は楽でけそうやのう」
「兄ちゃん、あんまり楽したらはよボケるで」
「ぬかせ、お前こそ久方ぶりの板場、手え切るなよ」
「ほんなドジ、小学校以来やったことないわ」
「ああ、そういやお前、子供のころ包丁で手え切ったのう。あれ、いつのことや。血ぃだらだら流して、タオル真っ赤にしとんのに『切ってへん』とか強情ぬかしてのう」
「もう、やめてえや兄ちゃん」

 楽しそうな兄妹のやり取りを聞きながら、幸介は何となくうき浮きしてきた。

 何や、板場に活気出るなあ。
 あやめ姐さんって、凄い人やなあ。

「ほな、幸介。今日はあやめに付いてくれ」
「へい」
「幸介さん、幸ちゃん。ほなとりあえず、ケン、作ってくれる?」
「ああ、あやめ。幸介はまだ包丁、うもう使えんねん。ケンは無理や」
「あ、そうなん。えーと、ほなら。山葵は剥ける? 幸ちゃん」
「へえ、すんまへん。それくらいやったらなんとか」
「よっしゃ、ほなら山葵剥いて、おろしてくれるか」
「へーい」

「かわふ路」の板場は急に活気づいた。わずか三人の戦力だが、何十人もの料理人が立ち働いているような賑わいになった。
 あやめは、薄刃包丁を手に大根を筒切りにし、桂剥きにしていく。幸介は目を丸くして見詰めた。あやめの手元の薄刃包丁から生み出される薄切りにされた大根は、その厚みを全く変えることなく、光を透かして、調理台に置いたボールに滝のような勢いで流れ落ちて行った。

「はあー」

 幸介は思わず嘆息を漏らした。
 こんな見事な桂剥きは今まで見たことない。
 これは、ほんまに人の手になるもんなんやろか。
 幸介は魔法を見せられるような思いだった。

「こら、幸介。手ぇ休んどるぞ」
「あ、へぇーい大将。すんまへん」

 幸介は、我知らず涙を拭った。包丁捌きを見て泣いたことなど、初めての経験だった。

 あやめ姐さん、わし……。わし、頑張りますわ。

「幸ちゃん、刺身皿出して、そこに並べてくれるか」
「へーい、あやめ姐さん」
「ほしたら、ケンと、あと、菊の花飾ってな。うちは魚にかかるよって」
「へい!」

 あやめは薄刃包丁を出刃に持ち替えた。まな板に鯛を置く。いわゆる「目の下一尺」、見事な鯛であった。

「兄ちゃん、ええ鯛やねえ」
「おお、よかろうが。儂が今朝仕入れて来たんや。こないな山ん中で、こんだけの鯛はなかなか無いで」
「こらぁ、捌きがいあるわ」

 あやめは、浮き立つような思いで鯛を捌いていった。腹を開き、頭を落とし、三枚に下ろす。刺身包丁に持ち替え、柵にした鯛を刺身に下ろしていく。
 幸介は、また我知らず、山葵をおろす手を止め、吸いこまれるようにあやめの手元に見入った。
 光を照り返し、流れるように動くあやめの刺身包丁は、見事に鯛の身を切り分けていく。幸介は、自分の身が切り分けられているような、それでいて痛みも苦痛もなく、いや、無上の快感を与えられているような、そんな思いで呆然とあやめの手元を見詰めた。

「こら、幸介。たいがいにせえ。また、手ぇ休んどるぞ」
「あ、へえい、すんまへん大将。ほんでも……」
「ふん、お前の言いたいこと、分かるわ。あやめの包丁捌きに見とれとるんやろが。儂の包丁には、なあんにも感じんくせにのう」
「あ、いや、大将、そんな」
「ま、ええ。ええから、自分の手元に集中せえ。指、すりおろすんやないぞ」

 あやめは椀物に取り掛かった。
 碗は日本料理の花だ。その出汁と味付けが命だが、あやめはとりあえず椀種の準備を始めた。

 まず、干し湯葉を戻す。次いで、茗荷を刻む。
 
「幸ちゃん、鰹節、削ってくれるか」
「へい! あやめ姐さん」

 さあ、ここからだ。昆布を布巾で拭い、鍋に入れる。火を付ける。湯が滾る寸前に昆布を引き出す。幸介の削った鰹節を鍋に入れる。火を止める。鰹節を濾しとる……。
 鍋の出汁を味見した後、醤油、味醂、砂糖、塩で味付けする。改めて火を付け、茗荷を入れ、ひと呼吸おいて湯葉を入れる。

「どないや、あやめ。でけたか」
「はいな、兄ちゃん。こんなもんやろ」
「ほうか」
「いやあ、あやめちゃんやないの。いつもんてきはったん」

 けたたましい声が板場に響いた。
 お運びの時子だった。「くらま」の藤子と同様、子供のころからあやめを可愛がってくれた人だ。

「お時さあん、ご無沙汰してますう」
「御無沙汰やないで、あやめちゃん。何年になるん。ほうか、もんて来たんか。これで『かわふ路』も安泰やなあ」

「お時はん。ほな、これ頼むで。今日は飲んべはんばっかりみたいやからなあ。とりあえず前菜と酒、頼んますわ。んで、様子見て椀物、持(も)て行(い)とくんなはれ」
「碗は、あやめちゃんどすか」
「せや。あとで皆にも味みてもらおかのう」
「ほほ、ほれは楽しみどすなあ」

 お時は、若手のお運びをてきぱきと指図し、座敷に料理を運んで行った。
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コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2013/10/29 10:05
    • えー、今回、この物語が始まって以来初めて、本格的なあやめさんの料理が披露されることになりました。献立は刺身と碗物。特に珍しい料理ではありませんが、日本料理の技術の基本と真髄が問われる献立であります。
      ただしもちろん、作者は料理についてはど素人。「なにをアホ書いとんねん」とお笑いください。
      先日、NHKテレビの「美の壺」という番組で、刺身特集をやっていました。
      「刺身というのは、魚を適当に切る、というだけの料理ではない。包丁使い、器の選択、盛り付け、などなどに細心の心配りをする日本料理の神髄なのだ」という趣旨でした。
      いろんな刺身が登場しましたが、最後に出てきたのが鹿児島名物「キビナゴ」。これを手開きにし、大皿に見事に盛り付けたキビナゴの刺身。その見事さに、不覚にも涙が出てきちゃいました。料理とは、味はもちろんですが目でも味わうものだ、ということを実感させていただきました。
      ありがとー、NHKさん。HQ、今後も精進させていただきます。あ、この番組に登場した刺身の一つ、『アイリス』にパクらせていただきます。宜しくどうぞ。
      で、この機会に、「何を今さら」という言い訳をさせていただきます。
      #32から京都編が始まりました『アイリス』、登場人物の台詞は、今のところ全て京都語ということになります。
      が、実はわたくし、大阪語は得意中の得意でありますが、京都語はさほど詳しくありません(おい!)。京都語のつもりが大阪語になっているであろう台詞は大いに考えられます。読者諸兄姉におかれましては、なにとぞ笑ってお許しいただき、その上でご教示いただければこれ以上の喜びはございません。
      ま、しかし、言葉というのは難しいですねえ。得意と申し上げた大阪語にしましても、地域により、年代により異なります。まして、千年の歴史を誇る京都においてをや、と言うところでしょうか。
      今後細心の注意を払って書かせていただきます。宜しくご愛読賜りますよう、お願い申し上げます。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2013/10/29 20:38
    •  それは面白そうでしたね。
       見ればよかった。
       11/1の放送(BSプレミアム)は、『江戸の蕎麦』だそうです。
       これは見なくては。
       刺身の『ケン』というのは、初めて聞きました。
       『ツマ』だとばかり思ってた。
       ↓千切りにした大根のことを、『ケン』と云うんですね。
      http://temaeitamae.2-d.jp/top/t6/b/japanfood3.06.html
       桂剥きしてから作るってのも、初めて知りました。
       ↓“桂剥き”の語源は、諸説あるようです。
      http://temaeitamae.2-d.jp/top/t6/b/japanfood3.03.html
       こういう技術をみると……。
       和食が、ユネスコの無形文化遺産になるってのも、わかりますよね。
       ↓寿司職人は、板場に入る時間に向けて、手の温度が低くなっていくそうです。
      http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1129012/1150718/60536279

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2013/10/29 22:01
    • ああ、関西以外ではあまり使わない言葉かな。
      これは注釈がいったなあ、うっかりしていました。
      ご紹介のサイトさんにもあるように、ツマは「刺身の端(妻・褄)を飾るもの」という意味です。
      ケンは「細長いもの(剣)」ですね。
      あやめさんのケンづくり作業は、桂剥きにするところまでしか書きませんでしたが、その後適当な長さに切り分け、極細切りにしてケンの完成です。
      ケンは、大根以外に様々な野菜を使います。三種類くらいで刺身皿を飾ると華やかですね。
      ケンを食べない人が多いですが、料理人さんの苦労を思い、是非残さず食べましょう。栄養的にもね。
      桂剥きは包丁使いの基本。これが出来るようになって一人前です。
      グルメ漫画『美味しんぼ』にも出てきます。
      精進されよ、幸介くん。
      寿司職人さんの手の温度の変化。
      これは凄いですね。
      長年握っていると、そういう風に体が出来上がっていくのでしょうか。
      あやめさんに寿司職人の修業もやらせてみようかな(そんなことしとったら死ぬまでに完結できんぞ)。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2013/10/30 07:42
    •  食べませんなー。
       というか、お刺し身自体、食べませんし。
       スーパーのお刺し身に付いてるケンは、もちろん機械で作ってるそうです。
       ↓『かつらむき機』までありました。
      http://www.fukuji.net/tyouriki/daikon/
       料亭ではまだ、人が作ってるのでしょうか?
       確かに、包丁の腕を磨く鍛錬としては、最適かもしれません。

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2013/10/30 09:33
    • ケン切り機とは称さないようです。
      ま、大量に作るには便利この上ないでしょうね。
      料亭では、人が作っています(と思います)。
      少なくとも、鞍馬の「かわふ路」では人が作っています。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2013/10/30 19:44
    •  人力製作は無理でしょうね。
       ↓手動“かつらむき機”の動画がありました。
      http://www.youtube.com/watch?v=aCJNRhUjEyU
       ↓16,500円です。
      http://item.rakuten.co.jp/murauchi-dvd/4963451150006/
       これで十分やーん。
       ↓食べ残しのケンで作る一品。
      http://cookpad.com/recipe_request/4483

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2013/10/30 22:12
    • かつらむきだけでなく、アダプターを付け替えてケンづくりまで出来るそうです。
      ま、確かに便利ですが、包丁捌きは上達しませんな。
      ケンで作る一品。
      お、おもろい、いただき。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2013/10/31 07:22
    •  ↓板前さんによる“かつらむき”をどうぞ。
      http://www.youtube.com/watch?v=3HDro-KP9Wo

    • ––––––
      9. ハーレクイン
    • 2013/10/31 09:07
    • さすが、手練の技ですね。
      かつらに剥いた後、ケンづくりまでやってはります。
      このあたり、結構複雑な手順ですが、実に理にかなってます。プロの技というのは、代々、長年にわたって受け継がれてきたものなんでしょうね。
      いやあ、すごい。

    • ––––––
      10. Mikiko
    • 2013/10/31 19:32
    •  Wikiによると、諸説あるようです。
      1.能の装束のひとつ「かずら帯」(幅3cm、長さ2m程の細長い絹の帯ではちまきの様に額にまいて後ろに長く垂らすもの)からついたという説。
      2.平安時代から室町時代の行商人「桂女(かつらめ)」の用いた、細長い白布で頭を包んだ衣装に由来したという説。
      3.木質が柔らかく彫刻などに用いられる桂の木に由来したという説。
       わたしが選ぶなら、「2」でしょうか。
       「桂女」は、遊女も兼ねてた場合があったようです。

    • ––––––
      11. ハーレクイン
    • 2013/10/31 20:49
    • 広辞苑では、2.を用いていますね。ちなみに、この装束を「桂巻き」と称するとか。
      かつらむきのコツの一つに、「剥きにかかる前に、大根を極力綺麗な円筒形にしておく」というのがあるらしいけど、UPされた板さんはそんな面倒なことはしていません。歪みのある大根をどんどん剥いて行きます。2,3周もすると綺麗な円筒形になっちゃいます。
      ほんとにすごい。
      これなら、ニンジンだろうがジャガイモだろうが、たいていの野菜はかつらむきにできちゃうんじゃないかな。

    • ––––––
      12. Mikiko
    • 2013/11/01 07:57
    •  厚めに剥いてますから、あれで歪みを取ってるんでしょうね。
       上達のコツは、最初から薄く剥こうとしないことだそうです。
       厚めでもいいから、切れてしまわないように剥くことの方がキモだとか。
       ジャガイモは、ポロポロ折れちゃうと思いますけど。

    • ––––––
      13. ハーレクイン
    • 2013/11/01 09:00
    • 皮を剥くという意味もありますから、少し厚めですね。
      わたしは、この一回り目(皮)は切り落としちゃうものと思っていましたが、件の板さんはそのまま平然と二回り目に入りました。ここからは薄くなるわけですが、切れもせず一つながりでした。
      かつらむきでは、途中で切れるというのが、最も避けねばならないミスのようです。
      ジャガイモのかつらむき。
      薄いんだから折れないと思いますが、どうでしょう。
      自分でかつらむきが出来れば、やってみればわかるんだけどなあ。とうてい出来んよ。

    • ––––––
      14. Mikiko
    • 2013/11/01 20:59
    •  切るという意識を捨てることだそうです。
       大根を、ぶれないようにクルクル回すことだけを意識せよとのこと。
       そのためには……。
       まずは、包丁を良く研いでおかねばならんわけですね。
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