2012.1.24(火)
ぼんやりと覚醒した夏実の目に、シャンデリアのような装飾品が映った。
(なんだろう)
しばらく考えていたが、ようやく天井の照明器具だと気付いた。
(そうか、床に仰向けに寝ているのか)
こめかみがずきずき脈打っている。
由美の攻撃によって、一時的に失神していたことはすぐに理解できた。失神と言っても、そんなに長時間のことではないことも長年の経験でわかった。
起き上がろうとしたが体の自由がきかない。
なぜ動けない。体が麻痺でもしているのか。
そうではないことは、全身の感覚器系からの情報や、筋肉の緊張度などから判断できた。
夏実は、両腕がバンザイをするように両耳の脇を通って頭の向こうに伸ばされているのを感じた。引き戻そうとするが動かない。おそらく両手首を合わせて縛られ、何かに固定されているのだろう。
(なるほど、そういうことか)
夏実は首を擡げ、両脚の状況を確認する。
まず目に入ったのは、何も着けていない自らの身体だ。先ほど身に着けた由美のスカートとブラウス。自らのタンクトップとショーツ。すべて剥ぎ取られていた。もちろん由美の仕業にちがいない。
夏実はさらに首を擡げる。腹筋が緊張し浮き上がるのが見える。左脚は足首のあたりで縛られ、さらにベッドの足に固定されている。縛っているのはデニムのジーンズ。自分のジーンズであることはすぐにわかった。
(なるほどねえ)
(あれだけよれよれだとロープ代わりにもなるんだ)
夏実は何となく楽しくなった。
右脚は左脚と別れて大きく割り拡げられ、やはり縛られ固定されている。縛っているのは……おそらくシーツだろう。シーツのもう一方の端は窓の外まで伸びている。しかし窓自体は閉まっている。どのように固定してあるのかは夏実の位置からはわからない。どちらにしても、両腕、左脚と同様、右脚も全く動かせないことには変わりなかった。
夏実は、全裸で、四肢の全てを固定され、両脚を大きく開かされて仰向けで床に寝かされているのだ。
夏実の視線は、自然に自らの股間に向かう。絹糸のように細い、けぶるような一叢の陰毛が、股間の中心を彩っている。
夏実は股間の向こうに目を遣る。入り口のドアが見える。夏実は頭を部屋の奥に、体の右側を窓に、脚を入り口に向けて寝かされているわけだ。夏実はやっと、自分が今置かれている状況を把握した。
(さあ、どうするつもりかな)
夏実は、この後の由美の行動を推測しかけたが、すぐにその思いを振り捨てた。
(何があろうと、何をされようと……)
夏実は由美に全てをゆだねる覚悟だった。それだけのことを由美にしたのだから。
そうでなければ、敢えて由美の反撃を許すはずもない。夏実は先ほどの闘いで、いったんは由美に完勝した。それで十分だった。夏実はようやく、自分がここで、由美の部屋で何をしたかったのかがおぼろげにわかってきた。
(あとは……)
そのとき、入り口付近、夏実から見て左側のドアが開き、由美が姿を見せた。バスルームだろう。この部屋の広さから考えて、おそらくトイレも付属しているはずだ。
「目が覚めた?」
由美は夏実の右脇腹の近くに立ち、夏実を見下ろしながら声をかける。身には白いバスローブを纏っている
「あ、ああ。何だったんだ。
肘打ちか」
「そうよ。見事に決まったわ。
油断大敵ってことよね」
夏実は思わず苦笑する。わざと反撃を許した、などいまさら言っても意味はない。
「ところで、何をするつもりなんだ」
「あなた、私が気を失っている間に色々やってくれたようね」
「いろいろといったって……脱がせて、ちょっと触っただけだぜ」
「ちょっと触っただけねえ。
ま、それはいいでしょ。大したことはされていないのはわかるわ。自分の身体のことだから」
由美は更に夏実を問い詰める。
「ところであなた、私のスカートとブラウス、着たでしょ」
「ああ、ちょっと拝借した」
「何のつもりなんだか。あなた、女装趣味の変態?
あ、女性なんだから、それもおかしいわねえ」
「さあ、何なんだろう、自分でもよくわからない」
「またそれ?
自分のやりたいことがわからないって、どういうこと」
「だから、わからないんだよ」
「私の方こそ、あなたのことがよくわからないけど。ま、それはいいや。
それより、あなた。クローゼットの一番奥の白いドレス、触った?」
「いや。自分でもよくわからないんだけどね。あ、また言っちゃったな。
これだけは触れちゃいけないって気がしてね」
「それはよかったわね。あれに触ってたら、ただで済ますわけにはいかなかったわよ」
「怖いな。ふうん、大事なものなんだ」
「ええ、私の命よりもね」
命よりも大事なもの。そんなものがあるのか、と夏実は思う。
由美がさらに声をかける。
「あなた、私にキスしたり、体を舐めたりしたでしょ」
「あ、ああ。よくわかるな」
「あたりまえよ、自分の身体なんだから」
「ふうん、そんなものかねえ」
「そんなものよ。あなたが同じ趣味だとわかったらお返ししなくちゃ、と思ってね」
「へえ、それは義理堅いことで。同じ趣味って、何をしてくれるのかな」
由美は夏実を見下ろし、問いかける。
「ところであなた、名前なんていうの」
「名前ねえ」
「あなたは私の名前を知ったんだから、あなたも教えてくれるのが筋ってものでしょ」
「それはそうだな。藤村夏実っていうんだ」
「え、同じ苗字なの。ほんと?」
「ああ、自分でもちょっとびっくりした。案外、遠い親戚だったりして」
由美は、くすりと笑う。可愛い笑顔だった。
「それでなつみさん。どんな字書くの」
「季節の夏に果実の実」
「へえ、いい名前ね。歳は、幾つ? 高校生かな」
「この春から高3」
「ふーん、私のいっこ下かあ」
「ということは、あんたは……OLじゃないよな。大学生?」
「そうよ、この春からね」
「そうか、先輩だったんだ。同い年か、下かと思ってた。それは失礼しました」
「失礼って、あれだけのことしといて今更、という気もするけど。まあいいでしょ。それより先輩って、関係ないでしょ。学校が同じというわけでもないんだし」
「人生の先輩ではあるじゃないですか」
「ふうん、体育会系の人って、そんな発想するんだ」
由美はにっこりと微笑む。
「ま、体育会系といえば、私も一応そうなんだけどね。じゃあ、あなたのこと、夏実って呼び捨てにするけど、いいかな」
「どうぞ。
ボクは……いえ、わたしは……由美さん、でいいですか」
「もちろん、いいわよ」
二人は、視線を絡ませ、何かの儀式であるかのように、互いの呼び名を心に刻む。
由美は膝を折り、夏実の傍らに座りこむ。
「で夏実、あらためて聞かせてもらうわよ」
由美は、二人の新たな関係を心に刻み、自らに言い聞かせるように夏実を問い詰める。
「あなた、相当強そうだけど、柔道。どうなの」
「小学生からやってます。去年のインターハイでは個人戦で優勝しました」
「えーっ、すごいじゃない。じゃ、当然黒帯よね」
「中1で初段、中3で二段取りました」
「すっごーい。
全日本とか、オリンピックまで行けるんじゃない」
「オリンピックまではどうですかね。ま、そこそこ自信はありましたけど」
「そんなすごい夏実が、どうしてこんな犯罪まがいのことをしたの。え、それより、自信ありましたって、過去形よね」
「それは……」
「自分でも、よくわからない、かな」
二人は改めて顔を見合わせ微笑みあう。
「ほんとに、説明するのは難しいんです。自分でもまだよくわからないこともあるし」
「わかることだけでいいわよ」
「えーと。実はわたし、この春に高校の柔道部をやめました」
「あら、そうなの、どうして。どっか他の団体に入ったとか」
「そうじゃなくて、柔道自体をやめたんです。もう、半月近く稽古も何もしてません」
「あらあら、それはもったいないわねえ。どうしたの、何かあったの」
夏実は、自分の来し方を振り返り、自分自身に確認させるように由美に語った。
母のこと。母であり、父であり、師であった母のこと。男の子として育てられたこと。自分が母より強くなったこと。美玖とのこと。オナニーを覚えたこと。あの路地で交合している由美を見かけたこと……。
「あの時の由美さんの眼の光、忘れられません。
怖かった」
「えー、怖かったって、そうなの。わたしは『見られた』って思っただけなんだけどね。いく寸前だったし……」
「で、怖かった自分が許せなかったんです。それで……」
「ふーん。
要するにリターンマッチを挑まれたわけか、わたしは」
「はい。
で、由美さんを締め落として……あ、すみません」
「いいわよ別に。少しわかってきた。
夏実、あなたさっき手加減してたでしょ。投げ技とか、使わなかったし」
「はい、すみません」
「別に謝ることないけど。そっか。
段持ちでもない私が、異なる競技とはいえ二段のあなたに、勝てるわけないもんねえ。
あ、ひょっとして、私に反撃させたのも、わざと?」
「そ、そうです、すみません」
由美は思わず嘆息した。すべてはこの子、夏実の手の内での出来事だったのか。それにしてもわからない。勝っておきながら、その後わざと負けるとは……。
「ね、夏実。私のブラウスとスカート、着たわよね。あれはなんなの」
「それはわかります。ていうか、さっきやっと自分でもわかりました。わたし、着たかったんです。女の子の服」
「さっきあなた、男の子として育てられたって言ったよね。それ、嫌だったんだ」
夏実はあらためて、自分自身の問いに答えるように、心中の思いを語る。
「ああ、いえ。嫌というわけではありませんでした。でも心の底では嫌だったのかもしれません。『自分でもよくわからない』というのは、このことでもそうなんですよ。嫌だったのか、そうではなかったのか、本当に自分ではわかりません。
でも……由美さんの服を着させてもらったということは、少なくとも『着たい』という気持ちはあったんでしょうね。
それと……わたし、ずっと自分の身体が嫌いだったんです。なぜかはわかりませんでしたが、さっき由美さんの服を着させてもらって気づきました。わたしの身体って、全然女の子らしくないですよね。由美さんの服も似合わなかったし」
言葉を止めて、夏実は由美の顔を見つめる。由美が改めて嘆息する。
夏実には由美の心中のつぶやきが聞こえたような気がした
(なんて複雑な子なんだろう)
コメント一覧
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1. Mikiko- 2012/01/24 20:41
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いちおう、初段ですぞ(第332回『https://mikikosroom.com/archives/2671666.html』)。
ま、パラレルワールドなんだから、いいけどね。
今回、ちょっと引っかかるのは……。
最後の部分。
視点の主が、夏実から由美に変わってます。
一般的にこれは、タブーとされてること。
読者は普通、視点の主に身を置いて読んでますから……。
途中でそれが変わると、混乱しちゃうわけです。
感情移入ができなくなって、心が離れてしまう場合もあり……。
書き手にとっても不利なのです。
わたしがこの暗黙のルールを知ったのは……。
『由美美弥』を書きはじめてから。
その経緯については、『わたしがエロ小説を書きはじめたわけ(https://mikikosroom.com/archives/2697991.html)』で詳述してます。
もちろん、章を改めれば問題ありません。
なので、「由美は改めて嘆息した」以降は……。
次章に送った方が良いのではないでしょうか。
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2. ハーレクイン- 2012/01/24 22:25
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知ってました。
すみません、確信犯です。
まさか夏実に三段や四段を持たせるわけにもいきませんのでね。
といって由美ちゃんが初段だと、二段の夏実とイメージ的にあまり差がないような気がしましてね。実際の実力は桁違いなんだ、ということを強調したかったのですよ。
ごめんね、由美ちゃん。
あー、やっちゃいましたねえ。視点の問題。
ま、これまでにも何回もあったんですけどね。
そのたんびに、視点の主だろうが他者であろうが、心中の独白はすべて(……)で表現する、という方法でごまかしてきたんですが。
さすがに今章のラスト4行は言い訳効きませんね。
書き直しとか、可能ですか?
でしたら、少し修正させていただきたいのですが。
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3. 海苔ピー- 2012/01/24 23:54
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本編で夏実の名字て出てたけ
コメントでネタでどうのこうのて話に出ていいだけだった気がするんたけど
どうだったけ…
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4. ハーレクイン- 2012/01/25 00:09
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仰せのとおり『由美美弥』本編では夏実の名字は出ていません(と思います)。
夏実に名字をつけようと思ったのは、今作の新人女優さん、皆、名字をつけたんですよ。
服部美玖、川西恵、南香奈枝。
その方が存在感が増すかなあと思いましてね。
で、ついでだから、深い意味はないのですが、勝手に夏実の名字もつけてやろうかと思ったのですよ。
Mikikoさんから「やめよ」との御沙汰もありませんでしたのでね。
夏実「わたしは『ついで』かい!」。
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5. 海苔ピー- 2012/01/25 03:00
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オリジナルの隣で書くなら、もう少し自分本位で書くをやめて欲しい♪
いくらパラレルワールドでもマナーぐらい考えて書いてね♪
読者を混乱させない話を書いてね♪
作者 公認で書くのだから あれ て 考える事させないでね♪
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6. Mikiko- 2012/01/25 07:42
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> ハーレクインさん
答案じゃないので……。
もちろん、書き直しは可能です。
『「やめよ」との御沙汰』も何も……。
そういう相談は、ひと言も無かったではないか。
ま、パラレルワールドなんだから……。
かまいませんけどね。
でも、おんなじ『藤村』ってのは、どんなもんでしょうかね?
けっこう珍しい苗字だと思うけど。
こうなると……。
本編の方で、別の苗字つけたくなるのぅ。
> 海苔ピーさん
“♪”の割には、キビシイですねー。
ま、本編との相違については……。
お互い、突っこんでいくことにしましょう。
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7. ハーレクイン- 2012/01/29 13:53
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毎度ご愛読いただき、誠にありがとうございます。
読者の皆様に少しご承知いただきたく、コメさせていただきます。
今章、第12章の末尾4行は以下の様になっております。
①《言葉を止めて、夏実は由美の顔を見つめる。由美が改めて嘆息する。
夏実には由美の心中のつぶやきが聞こえたような気がした
(なんて複雑な子なんだろう)」》
この部分、元原稿、および初掲載の時点では、次のようになっておりました。
②《由美は改めて嘆息した。なんて複雑な子なんだろう。
しかし……。由美は思う。
(私を裸にして、キスしたり触ったりしたということは)
(この子は仲間だ、それは間違いない)》
この部分について、今章、第12章に頂いたMikikoさんの最初のコメに、以下のご指摘があります。
>今回、ちょっと引っかかるのは……。
>最後の部分。
>視点の主が、夏実から由美に変わってます。
>一般的にこれは、タブーとされてること
このご指摘については、これまで多少破綻しながらも注意して書いてきましたが、今章でついにやっちゃいました。
前記②のように書いちゃったんですよね。
で、管理人さんにお願いして、掲載後ではありますが①のように修正させていただきました。
管理人さんからは「この4行を次章の冒頭に移せば?」と勧告されましたが、そうすると次章を由美の視点で書くことになります。次章も夏実の視点で書きたかったので①のようにさせていただきました。
で、Mikikoさんの「ご指摘コメ」は、②に対して書かれたものなので、本文が①に修正された後ではよくわからないコメになってしまいます。
ということで「事情ご説明コメ」を書かせていただきました。
ややこしいことをやってしまいました。
“なあにをやっとるんだ、このど素人が”
へへえ、申し訳ございません。
で『風楡の季節』。
昨年末あたりのコメでは「1月中に完結」と申し上げましたが、どうも終わりそうにありません。
いたずらに引き延ばしているわけではないのですが、夏実が最後に来て「うちはそんな女ちゃう!」とごねております。これを何とか抑え込まないとゴールインできません(私の得意技は、袈裟固めの変化技「肩固め」)。
もうしばらくおつきあい願います。
作者 拝