Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
風楡の季節【第11章】
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「風楡(かぜにれ)の季節」作:ハーレクイン


第11章 夏実ひとり2


 落ちた者をそのまま放置するのは危険である。夏実は由美の呼吸と脈拍を調べ、正常であることを確認する。軽い失神だ。短時間で覚醒する。
 夏実は立ち上がり、床に横たわる由美を見下ろす。窓から差し込む陽光に照らされ、横たわる由美は美しかった。その薄く開いた口元からは白い歯が覗き、一筋の涎が糸を引いている。

 夏実は由美から視線をはずし、四月の陽光にあふれる窓外に目を遣る。樹木などはほとんど見あたらない。多くの住宅やマンションが立ち並ぶ都会の光景だが、一つの闘いに勝利した夏実の眼には眩しく、慕わしかった。

 夏実は闘いの興奮の余韻を鎮めるように、狭い室内を行きつ戻りつする。壁際のクローゼットに目が行く。夏実は少しためらったのち、クローゼットの扉を開けた。由美の衣装が目に入る。
 夏実の目が眩んだ。

 由美の衣装には特別なものはない。上は、ほとんどが白を基調とするブラウス。下は普通の膝下丈のスカート、ジーンズ。白いロングパーカーが目につくくらいだ。ごく普通の、年相応の女性の、質素な衣装類である。
 しかし……夏実には、豪華なカクテルドレスの群れを見たように思えた。そもそも夏実には、ドレスだろうがスーツだろうが、女性の衣装に関する知識はほとんどない。生まれて初めて目にする多量の女性用衣装に、夏実の体が一気に熱くなった。

 クローゼットの一番隅に一着だけ、純白のイブニングドレスが掛かっていた。このクローゼット内の他の衣装にはそぐわない、豪華な衣装である。夏実は、最も目につくそのドレスに恐る恐る手を伸ばしたが、その手がなぜか途中で止まる。

(このドレスにだけは触れてはいけない)

 なぜだかわからないが、そんな気がした。
 さまよう夏実の手が、一着のスカートに触れた。オフホワイトのプリーツスカートである。プリーツは全周におよび、その本数は数えきれない。素材は……夏実にわかるはずもない。
 恐る恐るスカートをハンガーから外し、手にする。生まれて初めての手触りだった。
 ジーンズやトレーナー、まして柔道着とは別世界の手触りだった。ほとんど手ごたえがない。うっかりすると指の間から滑り落ちそうだ。

 夏実は、取り出したスカートをベッドの上に置く。ベルトのバックルを外しジーンズを脱ぎ捨てる。あらためてスカートを取り上げ、膝前に広げ、恐る恐る脚を通す。脚が震え、よろけ、倒れ掛かるのを踏みとどまる。

(なんて無様な)

 夏実は心中で苦笑しながらスカートを穿いた。すぐにずり落ちようとするスカートを、あわてて両手で押さえる。夏実の手はようやく、腰の位置にあるホックを探り当て、留める。ジッパーを引き上げる。
 生まれて初めて身に着けるスカートの感触。

(なにも……履いていないみたいだ)

 しかし、両の腿に触れる柔らかい布地の感触は確かにある。その感触を夏実は、表現のしようもない。
 二歩、三歩、夏実は歩む。スカートの裾が膝頭に触れる、掠める、擦過する。夏実の膝が揺れる。これ以上歩けそうもない。

 夏実は、よろめく様にクローゼットに向き直った。ブラウスの群れに手を伸ばす。選ぶ余裕などない。手に触れた一枚の純白のブラウスを引き出す。今、身に纏っているスカートより、さらに手ごたえがなかった。夏実の脳裏をふと、あの羽衣伝説が行き過ぎる。
 タンクトップの上からブラウスを纏い、袖に手を通す。胸前のボタンを留めようとするがなかなか留まらない。指先が細かく震えているのがわかる。

 生まれて初めて女性用の衣装をまとった夏実は、再び狭い室内をおぼつかない足取りでさまよい歩いた。
 横たわる由美の足もとを跨ぎ越し、小さなテーブルの脇を過ぎる。テーブルの上には、コンビニの袋が載っている。先ほど二人で部屋に入ったとき、由美が置いた袋だ。

(あれは……どれほど前のことだったか……)

 ドアに行きつく。意味もなくドアノブに手を掛けた後、室内を振り返る。部屋の中央に横たわる由美。
 夏実は反転し、相変わらず定まらぬ足取りで部屋の奥に向かう。床を踏む足の感覚が次第に希薄になっていく。夏実の頬を、窓から差し込む陽光が変わらず照らしている。
 次第に、夏実から現実感が消失していく。

(ボクは……いったい、何をしているんだろう)

 夏実は再びクローゼットに歩み寄り、開け放した扉の裏に取り付けてある、かなり大きめの鏡に自らを映し出した。上下とも、この世のものとも思えない白い衣装。その衣装を纏う者は……。

 短い髪。
 目尻の吊り上った大きな目。
 大振りの鼻、唇、顎。
 がっしりした首。
 そして……浅黒い肌。

(なんだこれは)
(似合わない……)

 客観的に見れば、それほど不似合というほどでもないのだが、長年、男物の衣装と柔道着に慣れ親しんだ夏実の目には、絶望的なほど滑稽な自分に見えた。
 しかし夏実は、天女の羽衣とまで思えるこの衣装を脱ぎ捨てる気にはなれなかった。

(これが普通の、女性の衣装)
(これが……)

 もちろん校内で、柔道部内ですら、女性らしいスタイルは幾度も見かけているはずだが、これまでの夏実は興味もなく、ほとんど意識していなかった。

(なぜ……)

 今、これほど女性用の衣装が気になるのか、夏実には自分が理解できなかった。しかしその衣装を見たい、衣装に触れたい、衣装を身に纏いたいという衝動を、夏実は抑えられなかった。押えようという意識さえなかった。
 鏡の中の自分から視線をはずし、室内を振り返った夏実の目に、横たわる由美の姿が映る。相変わらずぎごちない足取りで由美に近づく。
 見下ろす。夏実は横たわる由美を見下ろす。突っ立ったまま、身じろぎもせずに見下ろす……。

 どれほどの時間、由美を見つめていたのか。
 夏実の膝が不意に折れる。床に跪く。両手両肘を床に付き、上体を屈め、許しを請うように首を垂れる。その瞬間、昨日の午後、楡の樹の下で同じ姿勢を取った美玖の姿が夏実の脳裏を掠めた。

(美玖、もしお前が……だったなら)

 夏実は、その美玖の姿を振り払うように一気に全身を伸ばす。
 床に横たわる由美に添い寝するように、夏実は横たわる。
 由美の顔に顔を近づける。
 安らかな寝息が聞こえる。

 夏実は由美の口元に唇を寄せ、乾きかけている涎を舐めあげる。舐め上げた唇を由美の口元に寄せる。唇を合わせる。
 夏実の全身を甘美な衝撃が貫いた。

(そうか、ボクは……このひととこうしたかったのか)

 夏実は、改めて横たわる由美を見やり、由美の服を脱がせ始めた。Tシャツを抜きあげブラを外す。ジーンズを抜き取りショーツを脱がせる。
 由美は美しかった。

 由美の胸の膨らみは、夏実のそれと同じようにそれほど豊かなものではなかった。そして、その股間にはあるべき翳りがなかった。無毛の女性器。しかしそれは夏実には珍しいものではなかった。夏実の母の股間も無毛だったからだ。
 しかし由美の身体は……。小振りの乳房も、無毛の股間も含め、その全身は見事に均整がとれ、「我を見よ」「我、女性なり」と無言のうちに主張しているようであった。

 このとき夏実は、なぜ自分の身体があれほど嫌いだったのか、ようやく理解できた。

(ボクは……ボクの体は、全然女の子らしくない)

 夏実は、「女性」への渇仰を初めて意識した。
 その意識のまま、由美の身体をやさしく、しっかりと抱きしめる。改めて由美の唇に、自らの唇を合わせる。その唇を、由美の頬からうなじ、さらに微妙な起伏を示す胸元から、乳房の麓にまで這わせる。由美は身動き一つしない。
 夏実は、由美の乳房の頂点にある薄桃色の乳首に、恐る恐る唇を近づける。舌を伸ばす。舌先で乳首に触れる。由美の反応はない。
 由美の乳首を舐める。唇に含む。含んだままさらに舌先を押し付ける。吸う……。由美の反応は全くない。
 夏実は、さらに由美の下半身、滑らかな腹部から腰、股間、引き締まった太腿にまで唇と舌を這わせた。由美は身じろぎもしない。

 夏実は、奇妙な違和感を覚えた。

(違う……)
(違う、これは違う)
(ボクは、こんな事をしたかったんじゃない)

 では、何をしたいのか。
 由美に身を寄せ、その体に唇を這わせるのは生まれて初めての甘美な体験だ。しかし……何かが違う。
 そのとき、夏実の脳裏を母の姿がよぎる。

(母さん!)

 強い強い母の姿が夏実の脳裏を行き過ぎる。

(母さん、ボクは……)

 その時、由美が身じろぎした。

(覚醒する)

 夏実は感じたが、改めて由美を制することはしなかった。このまま由美が覚醒すれば、当然反撃してくるだろう。それでも夏実は動かなかった。

 夏実のこめかみに衝撃が走った。
 夏実は失神した。
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コメント一覧
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    • ––––––
      1. Mikiko
    • 2012/01/17 19:43
    •  ひとの手で動くのを見ると……。
       どーも、気恥ずかしくてならん。
       直視できないような、こそばゆさがあります。
       なんでだろうね。
       スカートの場合……。
       “ジッパー”ではなく、“ファスナー”を使うのでは?
       でも、あんまり厳密な区別は無いみたいですね。
       さすがに“チャック”では、具合悪いでしょうが。
       こめかみを打たれると、簡単に失神するんですね。
       ボクシングで云う“テンプル”だもんね。
       骨が薄い場所のようです。

    • ––––––
      2. ハーレクイン
    • 2012/01/17 20:23
    • 経験ないから(そらそうや)わからんなあ。
      >“ジッパー”ではなく、“ファスナー”
      あ、そうなんですか。なんせファッション関係は全く疎いもので。
      今回は乏しい知識を総動員して何とか書きましたが……。やはり無理だったかも。
      ま、確かにこめかみは急所ですが、由美ちゃんの肘打ちが強力だったとも……。
      今回は夏実がフェムに目覚める重要シーン。どうでしょうか。
      次章からは更に「**」に目覚めることになります。
      物語は最終段階。第4コーナーを回って最後の直線。
      ゴールラインは見えているのに、またもや夏実がごね始めました。
      「推敲」どころか、ほとんど全面的「書き直し」を強いられております。管理人さんにはご迷惑をおかけしますが、お許しください。
      掲載中断だけは何としても避ける所存でござる。

    • ––––––
      3. Mikiko
    • 2012/01/17 20:29
    •  スゴい精神力です。
       わたしは、1度書いたとこは、ぜったいに直せない。
       『大菩薩峠』型かも。

    • ––––––
      4. ハーレクイン
    • 2012/01/18 00:06
    • 『由美と美弥子』がすでに3000枚を超え、なお涯も知れぬという大長編小説だからでしょう。
      『風楡』はせいぜい100枚。
      んで、どうしたって「夏実の正体」に整合性をつける必要がありますからね。大変なんだよ。
      あ、『由美美弥』に整合性がないとは言ってませんぜ。

    • ––––––
      5. Mikiko
    • 2012/01/18 07:59
    •  短編は、オチを付けなきゃならないものね。
       そう言えばわたしも、『放課後……』ではオチを意識してました。
       書き直しは、一度もしてないけど。

    • ––––––
      6. ハーレクイン
    • 2012/01/18 12:51
    • オープニングとラストシーンは、早くから決めていました。特にラストシーンは「夏実の正体」ですからね。
      あ、ということは「夏実とは何者か」は、実は執筆開始当初から、すくなくともわたしには分かっていた、とも言えます。
      要は、オープニング当初は、夏実自身、夏実の本質を意識していないわけで、それを明かすエピソードを繋ぎながら、ラストシーンにもっていく、という作業だったわけですね。

    • ––––––
      7. Mikiko
    • 2012/01/18 19:53
    •  テーマを持って書くってのは、大したものです。
       でもその書き方だと……。
       途中で思惑どおりに行かなくなると、難渋するでしょうね。
       わたしは、テーマなど持ってないので……。
       話がどう転がっても平気なのだ。

    • ––––––
      8. ハーレクイン
    • 2012/01/18 20:00
    • 今、難渋しまくっておるのです。
      やはり海苔ピーさん仰せのとおり「誰もサイドストーリーなんて書かない」んでしょうか。これだけ大変だから。
      ま『風楡』の場合、パラレルワールドに逃げたんですがね。

    • ––––––
      9. Mikiko
    • 2012/01/18 20:07
    •  ……ということわざもあります。
       無理やり動かそうとせず……。
       “馬なり”でいいんじゃないの?

    • ––––––
      10. ハーレクイン
    • 2012/01/19 08:42
    • 馬は夏実でっせ。
      こんな駻馬(かんば;暴れ馬)に好き放題させとったら、騎手はあっちゅう間に落馬、それこそどこへ走っていきよるか、分かったものではおまへん。
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