Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
風楡の季節【第8章】
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「風楡(かぜにれ)の季節」作:ハーレクイン


第8章 夏実と由美2


 翌日夏実は、獲物を求める飢えた狼のように街中をさまよっていた。

(獲物?)

 学校はサボった。
 欠席届など無論出していない。
 学校などもう、どうでもよかった。

(獲物? いや、敵だ)

 夏実は、いつしか心中の思いを声に出して呟いていることに気づいていない。

「何処だ、何処にいる。
 これまで見かけたことはなかったが、これだけ大きな街だ。
 見かけたことのない人などいくらでもいる。
 それとも、よその街の人か。
 それなら、こんなことをしていても無駄だ。
 いや、それはわからない。
 あの人が、この街に住んでいる可能性もある。
 とにかく……家にじっとしていても始まらない」

 夏実は思う。

(そんなに強そうな人には見えなかった)
(あの人は、どういう人なんだろう)
(私は何をしているんだろう)
(でも、あの人の眼は)
(あの人の眼の光は)
(尋常ではない)

 不意に夏実は気付く。

(母さん!)
(母さんだ!)
(母さんじゃないか!)
(あんな強い眼の光は……)
(母さん以外見たことがない)
(あの、おそろしく強かったころの母さんの眼の光だ)
(なぜ……)
(そんなに強そうには見えないあの人が)
(なぜ……)

 夏実は立ち止まる。
 気がつくと、昨日、あの女性を路上で見かけたあの、信用金庫と、保険会社の出張所を隔てる路地の前だった。夏実は、信用金庫の角の壁に背を預けて佇んだ。ぼんやりと、春の空に目をやる。
 今日も雲一つない青空だった。

 夏実の前を白い影がよぎった
 夏実の心臓が跳ね上がった。
 全身が瞬時に反応する。

(あの人だ!)

 一瞬ためらったのち、行き過ぎる女性に素早く追い縋る。

(怖い)

 という思いがよぎるが、体はもう止まらない。
 声をかける。いつも以上のぶっきらぼうな口調だった

「おい、あんた」

 振り向いた女性は、その場で凝固した。夏実のことは覚えていたようだ。
 上は昨日とよく似た白いブラウス。下は七分丈の細身のジーンズ。足元はローヒールのミュール。ラフな服装だ。左手にはコンビニの袋。バッグの類は持っていない。通勤や通学の途中とは思えない。

(やはりこの街に……)

 夏実は自らを励まし、立ち尽くす女性の周りをゆっくりと巡る。
 夏実が背後に回った瞬間、女性は身を翻して駆け出そうとした。その動きを予測していた夏実は、すばやく女性の前に立ちはだかる。声をかける。

「昨日は……。
 こっちの方がビックリして逃げちゃったけどさ。考えてみれば、ボクが逃げる必要なんて無かったんだよね。
 だけど……。まだ信じられないな。そうやって澄まして歩いてると、どこかのお嬢さまにしか見えないもんな。でも、真っ昼間から、道ばたで……やってたんだよね。
 犬みたいにさ」

 女性はもう一度身を翻し、夏実の脇をすり抜けようとした。夏実も再び、女性の前に立ちふさがる。

(なんだ、この人は)
(ほんとにただのお嬢様か)
(強そうには……見えない)

「ひょっとしたら、また見れるんじゃないかと思ってさ。ここに来て見たら……。大当たり!
 そのかっこからすると、この近所に住んでるんだよね。自分の住む街で、あんなことするなんて……。あんた、ヘンタイ?」

 女性は、夏実を押しのけるように、今まで歩いてきた方向とは逆の向きに駈け出そうとする。住まいを知られたくないのだろう。
 夏実は女性の前で両腕を大きく拡げ、行く手を阻む。獲物を追い詰める猛禽類のように。女性はしゃにむに逃れようとする。
 夏実は、脇をすり抜ける女性の腕を掴んだ。

「放して! 人を呼ぶわよ」
「呼んでみろよ。困ることになるのは、あんたのほうだぜ」

 そう言って夏実は、ニヤリと笑った。笑ったつもりだった。女性にはどう見えたろう。

「きのうボクが、ただ見てただけだと思う? あんなの見るの初めてだったから、最初はビックリしたけど……。でも、ハッと気づいて、携帯で動画撮った。わからなかった?」

 もちろん、女性を動揺させるための嘘だ。昨日は、夏実の方にそんな余裕のあるはずがなかった。

「ま、そっちはそれどころじゃなかったろうからね。帰ってから再生したよ。何度も何度も。もうエロいのなんのって……。3回もオナニーしちゃったよ。
 あの映像……。ネットに投稿したら、絶対評判になる。なにしろ、シチュがシチュだからね。白昼、路上での交尾だ。登場人物はアイドル級だし。間違いなくネットが沸騰する。これは誰だってね。あんたも、ほんとは投稿してほしいんじゃないの?
 ヘ、ン、タ、イ、さん」

 普段の夏実は寡黙である。こんなに饒舌な夏実は珍しい。夏実は自分で呆れていた。

(まあ次から次へぺらぺらと……)

 女性は、立ち竦んでいる。視線が夏実を離れ、斜め上方に振れる。記憶を掘り起こしているのだろう。あのとき、夏実が携帯を向けていたかどうかを……。
 女性の視線を取り戻すように夏実は声をかけた。

「やっとわかったらしいね、自分の立場が。
 それじゃ、行こうか。あんたの部屋で、ゆっくり話し、しよう。動画も見せてやるよ」

 夏実は、自分でも考えていなかった自分の言葉に動揺した。この女性の住まいに押しかける? 女性の同意がない以上、それは犯罪行為である。
 しかし夏実は止まらなかった。いや、もう自分を止められなかった。

 夏実は女性の腕を引き、先ほど女性が夏実を逃れて駆け出そうとしたのとは逆の方向に向かおうとする。女性は足を踏ん張り、動こうとしない。
 夏実を睨みつける。
 その眼の中に、夏実は昨日の光を見た。

(これだ、この眼の光だ。間違いなかった)

 夏実に腕を掴まれたまま女性は言う。

「うちのマンション、男性は入れません」

 とたんに夏実はなるほど、と思った。妙におかしくなり、これまでの恐れとも高揚ともつかない思いが、少し落ち着く。

「へー、ボク、オトコに見えるんだ」

 夏実は女性の腕を離し、少し下がっていたジーンズを引き上げ、ウェストでベルトを締め直す。トレーナーとTシャツの裾を軽く捲り上げる。女性特有のくびれた腰が見えるはずだ。逆にジーンズの股間には男性特有の膨らみはない……。女性の視線を確認したうえで、夏実は、トレーナーの裾を真下に引っ張る。胸元から、左右の胸の膨らみが見えるはずだ。
 女性は目を見開いた。

「あなた……女性?」
「そうだよ。やっとわかった? 失礼なひとだな。こうすりゃ、もっとハッキリするだろ?」

 夏実は、腕を裾前で交差させると、そのままトレーナーを抜き上げた。グレーのトレーナーの下は、黒のタンクトップ。鍛え上げた肩から上腕の筋肉は発達しているが、華奢な、紛う方なき女性の骨格が見えているはずだ。

「ボクはね、この体が大嫌いなんだ」

(何を言っている)
(そうだ、ボクは自分の身体が嫌いだ)
(なぜボクは、自分の身体が嫌いなんだろう)
(それは……)

「だからいつも、ダブダブの服で隠してきた。
 でも、今日からは違う。脅迫者になったんだからね。こそこそする必要なんか無いんだ」

 夏実は、自分に言い聞かせるように、女性としての身体を誇示する。
 夏実を見つめる女性の雰囲気が不意に柔らかくなった。しゃにむに夏実から逃げようとする姿勢が少し緩む。その女性の変化を察知した夏実は、時間を稼ぐように身支度を整え直す。脱いだトレーナーを腰の後ろに回し、袖を腰前で結ぶ。

「裾がカッコ悪いな」

 夏実のジーンズは裾が上がり、裸足の踝が見えていた。

(踝……美玖……)

 遥かな思いが脳裏をよぎり過ぎる。
 上体を倒し、裾を脛の半ばまで畳み上げる。屈んだ姿勢では、タンクトップの胸元から中が覗けてるだろう。ブラを着けていない胸の膨らみが見えているはずだ。夏実はふと、その膨らみの低さを意識した。
 不意に頬に血が上る。
 怯みを覚える。
 動揺する。
 夏実は、それらの思いを切って捨てるように女性に声をかけた。

「これでいいや。これならマンションに入れるだろ。さぁ、行こうか」

 今度は、間違えようのない笑みを浮かべて、夏実は女性の腕を取る。女性は、黙って歩き出した。数分の後、夏実と女性は瀟洒なマンションの入り口に立っていた。

「へー、ここだったのか。何回か、前を通ったことがあるよ。純粋培養みたいなお嬢様が出入りしてるよね。でも、そのお嬢様も、一皮剥けばとんでもないってことか。他にもいるの? あんたみたいなひと」

 女性は答えずに夏実に声をかける。

「フロントで、入館手続きが必要です」
「へいへい」

 夏実は、わざとおどけて答える。その心臓は激しく脈打っている。フロントでは、紺のスーツに身を包んだ女性スタッフが笑顔で声をかけてきた。

「あら、お友だち?」

 スタッフの問いに、女性は無言で頷く。夏実が、差し出された入館カードに記入を終えると、女性はスタッフのかすかな不審感を含む笑顔から逃れるように、エレベーターホールに向かう。夏実が後を追う。エレベーターを降りた女性と夏実は廊下を左に向かい、一つの部屋の前で立ち止まる。
 ドア右上部の表札には「藤村由美」とあった。
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コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2011/12/27 12:43
    • 今回は由美ちゃんと夏実の「第二種&第三種接近遭遇」です。
      ご本家でいいますと、第61章:脅迫者の619回~624回に相当します。二人の台詞はご本家と同じにしました。
      で、次章からいよいよ、『風楡の季節』のメインテーマである“由美夏バトル”が始まることになります。乞うご期待。
      確信犯的番宣でした。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2011/12/27 19:50
    •  『脅迫者』のシーンを読んでから、この章を読むと興味深いかも知れません。
       619回は、こちら(https://mikikosroom.com/archives/2672007.html)です。
       と、番宣返し。

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2011/12/27 20:58
    • 「微笑がえし」はキャンディーズ。
      “普通の女の子に戻りたい!”と言って彼女らが解散したのは1978年。
      もうそんなになるんや。ひょっとして若い人たちの中にはキャンディーズを知らないお方も……。
      今はAKB全盛やからなあ。
      「微笑(ほほえみ)がえし」は、キャンディーズのラストシングルです。
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