2011.12.6(火)
インターハイの個人戦で優勝したということは、少なくとも同じ体重のランクでは、夏実より強い女子高校生はいない、ということだ。
夏実の脳裏には、相変わらず同じ思いが繰り返し渦を巻いていた。
(ボクは強くなった、母さんは……弱くなった)
川沿いの堤防上の道をそれた夏実は、夕暮れの街中に歩み入った。夕方の買い物客でにぎわう商店街。
いつもの喧騒、いつもの人混みである。
商店街を少し外れる。
夏実は、この街近辺にいくつかの支店を持つ信用金庫の本店の前を通りかかった。その隣は著名な保険会社の出張所である。信用金庫の角と保険会社との間は、細い路地になっている。信用金庫の建物のはずれに差し掛かった夏実は、何気なく路地の奥に目をやった。
異様なものが目に入った。
とっさには何かわからなかった……。
人だ。
二人の人物がこちらに頭を向け、上下に重なって地に横たわっている。一人は仰向けに、一人はうつ伏せに。
下の、仰向けの人物の髪はショートカット、女性か男性かはこの位置ではよくわからない。
上の、うつ伏せの人物は長い黒髪。上半身にまとうのは白いブラウス。
明らかに女性である
下の人物は身動き一つしない。
上の女性は、両腕で下の人をしっかり抱きしめ、緩やかに、前後に腰を動かしていた。
夏実とて、男女の交わりについて何も知らないわけではない。地に横たわる二人の人物の体勢は、まさに交合の最中であることを示している。
夏実はその場に凍りついた。
「はぅ」
「あぁぁ あぁぁ」
女性の漏らすかすかな、しかし切迫した嬌声が聞こえる。
夏実の脳裏に、先ほど右脚の踝に美玖の唇を押し当てられた時の感覚がよみがえった。その時洩らした声も脳裏に響く。その声が再び唇を洩れそうになるのを、夏実は唇を引き結んでこらえる。そのせいだろうか。あのとき、夏実の小さな肉芽を直撃した鮮烈な感覚が、数倍の大きさで蘇った。
夏実は、自らの体内深くから肉芽の付近に、異様に熱い液体が噴き出すのを感じた。
(やだ、おしっこ!)
そうでないのはすぐにわかった。
その熱さと、噴出する時の感覚は、尿とは全く異なるものだった。夏実は思わず自らの股間を手で押さえた。再び声が漏れそうになるのを、奥歯を噛み締めて堪える。
全身が熱い。
全身で叫び出しそうになる。
夏実の目は、霞がかかったように視野の周辺があいまいになっていく。鮮明に見えているのは、下の人に馬乗りになり、次第に激しく腰を動かし、押し殺した嬌声を漏らす女性の姿だけだった。
夏実は微動だに出来ない。
どのくらいの時間がたったのだろう。
ほんの数秒のようでもあるし、永劫の時が流れたようにも思える。夏実は、下半身が萎えそうになっているのを感じた。
その時、女性が顔を振り上げた。
長い髪の緞帳が割れ、顔が露わになる。
「あ」
夏実を認めた女性の口から短い声がもれた。
夏実は女性の顔を凝視する。
少し垂れ気味の大きな目。
小さな鼻。
小さな唇。
細い顎。
細い首。
日本人形のように端正な、美しい顔だった。
肌は抜けるように白い。
夏実は自らの風貌を思い浮かべた。
短い髪。
大きな目は女性と同じだが、目尻はきかん坊のように吊り上っている。
鼻も、唇も顎も、今夏実が凝視している女性に比べれば大振りである。
首は、長年の鍛錬の成果だ、夏実の体格にすれば太く逞しい。
そして、浅黒い肌。
(なんて、きれいな人)
夏実の、その女性の第一印象である。
そして……。
なにより夏実を捉えたのは、女性の眼の光である。
輝くような、自らを主張するような、なによりその光を目にするものを射すくめるような……、強い眼差しだった。
試合で対する強敵は、例外なく強い眼の光を持っている。
<はじめ!>の合図とともに試合が始まる。その瞬間から、実際に組み合う前から、視線で相手を屈服させようとでもいうような、そんな眼の光だ。おそらく夏実に対する相手も、夏実の眼の中にその光を見てきたのだろう。
夏実は、目の前の女性の、その眼の光に捕らえられた。
捕らえられ、射すくめられ、身動きできなくなった。こんなことは初めての経験だ。
夏実の口から、ほとんど音にならないうめき声が漏れる。
夏実の口元はかすかに割れ、顔は驚愕の表情を浮かべている。
夏実は生まれて初めて、眼前に対する相手に恐怖していた。
「あきゃっ、あきゃっ」
「あがが」
女性が大きく嬌声を発し、その口元から泡が吹き零れた。
女性の上体が徐々に前に傾いていく。
が、夏実を睨み据える強い視線は、変わらずに夏実の瞳を貫いている。
その視線を徐々に覆い隠すように女性の瞼が、下がっていく。
女性の眼の光が瞼の裏に隠れる瞬間、夏実は呪縛から解かれた。
夏実は身を翻してその場から駆け去る。
夏実は、生まれて初めて敵に背を向けた。
コメント一覧
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1. 海苔ピー- 2011/12/06 16:45
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何してるのかな?
時系列があってないよ!
この頃は公園のトイレのオナニーでしょ!
本当に自分の思いだけで書いたのね!
普通は本編の時系列を合わせないとダメだと思うよ!
話の筋は良いけどね!
読んでいてしっくりこないんたよね!
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2. ハーレクイン- 2011/12/06 18:17
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夏実の公園トイレオナは、この「第1種接近遭遇」の後。その翌日、夏実が由美ちゃんを脅迫する日の朝のことだろ。
それは次回、第6章じゃ。
ま、どっちにしても、何もかもご本家と同じ流れ、というのは難しいわな。
ご本家には登場しない新人女優との絡みもあるのでなあ。
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3. 海苔ピー- 2011/12/06 19:51
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最初に始めだしたのは「新学期の1ヶ月も経たない頃」そこからトイレオナニーの始まりでしょ!(第653回参照)
時期的ならその事を書くでしょ!
由美に出会ったのは梅雨時だよ!
桜の咲いてる時期では無い!
「何もかもご本家と同じ流れ、というのは難しいわな。」
確かに何もかのがは難しいから、他人は他の作品のサイドストーリは書かないのよ!
いくら本家と同じに書けないと言っても、由美と出会った時期を無視して書くのは駄目でしょ!
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4. ハーレクイン- 2011/12/06 20:19
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サイドストーリーにそんな厳密な制約があるとは知らなかった。
ま、確かに出会いの季節についてはずらし過ぎだなあ。この物語を考えたとき、先ず思いついたのが由美・夏のバトルシーンとそれに続くラストシーン。
その次が冒頭の「桜吹雪の中を怒り狂って歩き過ぎる夏実」だったのだ。この冒頭シーンにこだわったので、物語全体の季節が春になってしまったのだな。
この、プロローグとラストの間に、今回の「第1種接近遭遇と」、街中で「夏実が由美ちゃんを“脅迫”する」シーン、という流れにしたのだが……。
うーん、困ったな。
掲載が始まったいま、書き変えるわけにもいかんし……。
なんとかご寛恕下され。
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5. Mikiko- 2011/12/07 07:48
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海苔ピーは、よく読んでくれてるよな。
こんな読者に恵まれたことを、喜ばにゃいけませんぞ(わたしもだけど)。
実はですね……。
海苔ピーに指摘されるまで、ぜーんぜん矛盾に気づきませんでした。
反省の心を込めて、海苔ピー作『時系列表』を、改めて読み返しました。
ほんとにこれ、労作ですよね。
感謝いたします。
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6. ハーレクイン- 2011/12/07 12:23
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サイドストーリー執筆の作法というのは、ご本家の時系列にきちんと沿って書くものなんですか。
だとすると『風楡』の組み立ては、確かに海苔さん仰せのとおり“反則青切符”ということになりますねえ。
「由美律の野外交接を見た夏実が初めて春に目覚める」という設定にしたかったのですよね。見知らぬ女の便臭で目覚めるよりも……。
つまり、確信犯的な時系列無視。
これは青ではなく“赤切符”だな。
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7. 海苔ピー- 2011/12/07 18:32
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解釈の違いかも
私は裏のサイドストーリーだから本編に添ったサイドストーリーと思ってたので時系列の無視に釈然としなかったのです。
私的には裏は表(本家)のバックにある話だと思っていたので勘違いしました。
HQさんの裏が別次元(パラレルワールド)のサイドストーリーなら厳格な規則はないので、この流れもありです。
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8. Mikiko- 2011/12/07 19:53
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優しいのぅ。
うむうむ。
パラレルワールドとしてサイドストーリーも、確かにありだよね。
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9. ハーレクイン- 2011/12/07 23:28
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結局サイドストーリーの本道は「ご本家の時系列に沿って“裏から”書くということですか。
ご本家の時系列にきちんと沿って書く……あらためて考えてみたんですが、難しそうですね。特に夏実のように謎めいた人物を主人公にしますとねえ。
わたしは、サイドストーリーというのは“ご本家のエピソードの幾つかを裏から書けばいい”程度に安易に考えていたようです。
ということで、後追いの理屈付けで誠に申し訳ありませんが、今回の『風楡』は“パラレルワールドもの”ということでご勘弁を。
SFでも、タイムパラドックスもので収拾つかなくなれば、多元宇宙かパラレルワールドでけり付けますよね。
海苔ピーさん、Mikikoさん、ありがとー。