Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
十日室(12)
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:*.☆。 6周年記念特別寄稿作品 。☆.*:


「十日室」作:八十八十郎(はちじゅうはちじゅうろう)


(12)


 日曜日は朝から雨になった。
 亜希子は縁側から、遠く近く宿舎を取り巻いている山々を眺めた。
 風が強まると共に、濃い緑の森を縫って白い霧が流れていく。
 昨夜は2件の電話があった。
 ひとつは例によって夫からのもので、もうひとつは小山内薫からの電話だった。
 いよいよ明日から介添えとして室に入ることになる。
 薫は今日、その最後の指導に来るということだった。

 何故自分がこんな不条理に巻き込まれたのか?
 そんな疑問に囚われる亜希子だったが、不思議な事に、それにも増して室の中の碧の存在が自分の心を支配していくのを感じた。
 あの薄暗い岩室の中で、碧はどうしているのだろう。
 冷たい水で身体を清めて、火を絶やさない様に気を配りながら、毎日村の為に祈りをささげているのだろうか。
 早く自分も室に入って、その華奢な身体を温めてやりたい。
 優しい言葉をかけて、美味しいものを食べさせてやりたい。
 そして愛おしい碧を守って、無事に今年の神事を終えさせてあげたい。
 亜希子は静かに目を閉じた。
 自分でも分からない。
 ほんの一時間ほどしか言葉を交わさなかった碧に、何故自分の胸がこれほど締め付けられるのか。
 雨音に混じって、亜希子はふもとから登って来る車の音を遠くに聞いた。

 亜希子と薫は8畳の座敷に向かい合わせに座った。
「どうぞ」
 薫の前に茶托を置く。
「どうも……。ひどい雨になりました」
 薫は胸の前にお茶碗を持つと、外の雨景色を見た。
 壁掛けの時計が午後2時過ぎを指している。
 真希は友人の家に泊まって以来、この宿舎には姿を見せなかった。
 電話では、室に入る前の亜希子を邪魔したくないと真希は言った。
「いよいよ明日から室入りになりましたね」
「ええ」
 抑揚のない薫の口調に、亜希子は短く返事を返した。
「まだ介添えに関して割り切れない気持ちもあると思いますが……」
「まあ、……そうですね」
「ちょっと失礼します。………」
 薫は座布団の上の膝を少し崩した。
「割り切れはしないけど………、室の中の碧ちゃんの事が気になる」
 亜希子は瞳を上げて、薫の顔を見つめた。
「少し十日室のことをお話ししましょう。あなたには、知る権利があるわ」
 亜希子は黙って頷いた。
「あの石室が多くを語られなかったのは、あまり観光的に好ましくない歴史があったからなんです」
「好ましくない……?」
 薫は少し喉を潤すと、静かにお茶を置いた。

「約300年前、若い豪族がこの地を治める役人として赴任して来たんだそうです。仕事も出来まだ意欲にあふれたその役人は、きれいな妻と共にこの地に居を構えました」
 亜希子は薫の話にじっと耳を傾けた。
「2,3年の月日が流れ、若い役人の熱心な働きで貧しかった山の暮らしも徐々に上向いてきました。農業や林業を整備し、より大きな町との交流も盛んになっていったのです」
 亜希子は小さく頷いた。
「そして役人の妻も寺子屋を興し、その教養を生かして村の子供たちに無償で読み書きを教えました。村人たちはこの役人夫婦が村に来たことを心から喜び、特に美しく優しい役人の妻をまるで現世の観音様の様に慕ったということです。ところが………」
「ところが………?」
 薫の表情が曇る様子を、亜希子は訝しく見つめた。
「この夫婦の関係が微妙に狂い始めました。あろうことか………、若く美しい妻は、寺子屋を手伝っていた村娘と恋に落ちてしまったのです」
「え……!」
 亜希子は息を呑んだ。
「まだ年も16くらいのその娘は、病気で両親を亡くし身寄りもありませんでした。慈悲深い奥様に女中として招かれ、自分も読み書きを教わりながら寺子屋の掃除その他のお手伝いをしていたのです」
「で、でも、だからといって………」
 亜希子の呟きに、薫は小さく頷いて続けた。
「その少女は長く艶やかな髪に黒目勝ちな瞳が輝いて、まるで森の精の様だったといいます。深い慈悲の心を与えながら、奥様は若い娘の情念に魅せられてしまったのでしょうか……」
 亜希子は何故か胸が切なくなるのを感じて、小さな溜息をついた。
「いづれにしても狭い村のことで、いつの間にか二人が普通の奥方と使用人の関係ではないことが囁かれ始めました。そして、やがてその事は夫である役人の耳にも入ってしまったのです」
 薫が話を句切ると、再び雨音が二人を包んだ。

「ここからは地元の村史ではなく、役人の私的な文書からのお話です。特に記録が残っている訳ではなく、文書を読んだ人の語り継ぎだと思われますが……」
 亜希子は黙って頷いた。
「最初役人は、そんな根も葉もない噂を信じようとはしませんでした。第一、あんなに優しく貞淑な妻が自分を裏切るなど思いもつかなかったからです。
 ところがある日、お役目で自宅近くを通りかかった時、ふと役人は黙って中を覗いて見ようと思いつきました。やはり何事もない日常を確かめて、安心して役目に戻ろうと思ったのかもしれません。
 足音を忍ばせて屋敷内に入っていくと、離れの湯浴み場の方から声が聞こえました。
 役人が物陰から覗き込むと、たらいの水の横で上半身着物を脱いだ妻の背中を娘が手ぬぐいで拭いていました。
 役人は特に不信感を抱くことはありませんでした。
 夏のことで、汗をかいた主人に女中が手拭いを使うという事は、別段変わったことではなかったからです。
 娘が背中を拭き終えると、今度は妻が肩を抱く様にして少女の華奢な身体に手拭いを使い始めました。
 夏の日差しに少女の長い洗い髪が輝き、まだ固そうな乳房の先の淡い彩りが揺れています。
 まだ子供を産んだことのない妻の上品な胸の膨らみとともに、役人は身を添わせた2人に見入ってしまいました」
 亜希子は唾を呑み込む為に、目の前のお茶を口に含んだ。
 薫は自分もお茶を手に取って、しばらく亜希子が飲み下すのを待った。

「やがて互いの身体を拭き終えると、娘は妻の手を引いて母屋への廊下を歩き始めました。
 そしてその時、役人は初めて2人に不審なものを感じたのです。
 何故なら、手を引かれた妻の顔が微かにはにかみ、次第に薄赤く火照っていくのが見て取れたからでした。
 2人の姿は寝所の中に消えました。
 しばらく考えた後、役人は意を決して家に入り、奥の襖から寝所を覗いたそうです」
 薫の話を聞きながら、亜希子は身体が熱くなるのを覚えた。
「それから役人はどうやって役所に戻ったか思い出せなかったそうです」
「2人はもう深い関係だったんですね」
「ええ、そういうことです」
 薫は感情を抑えた簡単な返事をした。

「真面目で心から妻を愛していただけに、それから役人は人が変わったようです。
 話し合いで別れさせようとしたのは勿論、いろんな方法で妻と娘を離そうとしました。
 しかし心から結びついてしまった妻と娘は世間を忍んで逢瀬を重ね、危うく心中まで起こしそうな状況になってしまいます。
 役人の心は次第に歪み始めました。
 そしてとうとう役人は山の中腹にある自然の祠を改造し、娘を幽閉する為に今の石室を作ったのです。
 これは罪を償わせるとか、改心を迫るとかいう意味合いより、復讐心に満ちた行いだったと思われます」
「まあ………」
 亜希子は両手で頬を覆った。
 何故か心が凍るような感じを覚えた。

 外はますます雨脚が強くなりそうだった」。
 2メートルと離れていないのに、少し声を上げないと話が聞こえづらいのだ。
 亜希子は立ち上がって縁側の手前の障子を閉めた。
 2人の姿が薄暗がりに沈んだ。
「そして今の十日室の慣習に繋がっていくんですか……?」
 再び座布団を使いながら亜希子は薫に尋ねた。
「ええ、そうです」
 簡潔な答えを聞いても、亜希子は薫に対してまだ納得のいかない事があった。
「そんな地元興しに向かない話を、何故マスコミの私にするんですか?」
 薫はゆっくりと亜希子へ視線を向けた。
「あなたには介添えも引き受けていただいたし、きっとそんな傷に塩を塗るようなことはしないと思います。
 そして実をいうと、私にも分からないけど、何だかあなたは特別な人に思えたの……」
 亜希子は何やら薫の心が動くのを見た。
 しかしすぐにいつもの理知的な顔に戻ると薫は口を開く。
「室に入るのが、いい記事を書くチャンスとは限らないでしょう?」
「え? それどういうこと?」
「いえ、碧ちゃんとあなたにとって、十日室はもっと厳粛な、大事な意味を持ってるって言いたかったんです」
 まだその真意が測りかねて、亜希子は薫の顔を見つめた。
「ま、それよりどうして十日室の神事に繋がったか続けましょう」
 2人は一瞬縁側の方へ視線を向けた。
 山から吹き下ろす強風が縁側の硝子戸を揺るがし始めていた。
十日室(11)目次十日室(13)



コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2014/08/02 10:17
    • 薫さんの解説が続きます。
      役人の妻と村娘ねえ。
      えらく簡潔なまとめだなあ。いやいや、話はまだ続きます。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2014/08/02 13:53
    •  昔はむしろ、今よりもあったんじゃないでしょうか?
       大奥とか。
       とにかく、妊娠のおそれが無いのが一番でしょう。
       実際、女性を専門にたらしこむ女性も存在してたようです。
       以前にも書きましたが、岡本綺堂『半七捕物帳・唐人飴(http://www.aozora.gr.jp/cards/000082/files/1019_15031.html)』に、下記の一節があります。
      『常磐津文字吉という師匠は不思議な女で、酒屋の亭主を旦那にしているが、ほかに男の弟子は取らないで、女の弟子ばかり取る、それには訳のあることで、本人は女のくせに女をだますのが上手。ただ口先でだますのでは無く、相手の女に関係をつけて本当の情婦(いろ)にしてしまうのです。こんにちではなんと云うか知りませんが、昔はそういう女を『男女(おめ)』とか『男女(おめ)さん』とか云っていました』

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2014/08/02 17:17
    • さあ、昔はどうだったのでしょう。
      今はAVの世界では普通ですよね。
      ていうか、こちらの方が多いんじゃないでしょうか。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2014/08/03 09:04
    •  男性同士の衆道も、今よりはずっと一般的だったみたいです。
       男女間の関係では、不義密通とか、女犯とか、いろいろ罰則も厳しかったのに対し……。
       同性間では、緩やかだったからでしょうか?

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2014/08/03 20:07
    • 男女間の関係は今同様にややこしかったようですが、衆道は結構大っぴらだったようです。とりわけ僧侶の世界では。
      ま、そのあたりは分からんでもありません。
      わたしは「堪忍して下さい」、ですが。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2014/08/04 07:44
    •  武士の世界で普及してたからでしょうか?
       戦場などでは、女性がいませんでしたからね。

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2014/08/04 12:59
    • どうしても土日(どにち)室に見えてしまうわたし。
      すまぬ、八十郎さん。
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