2013.2.7(木)
奈緒子との出来事から一週間、優美は自分の気持ちに整理がつけられないまま不安定な日々を送っていた。
夫や子供の前ではいつもの様に笑ったり怒ったりしていたけれど、心の中は家族に対する罪悪感に満ちていた。
ドレッサーの前に腰を降ろして、鏡の中の自分を見つめた。
“ごめんね、こんなお母さんで・・・。”
あの時は息子の存在さえ忘れていた。それも同性に挑まれ、身体をゆだねて。
“あの時息子が帰って来なかったら、間違いなく私・・・。”
そうなのだ。間違いなく優美は、奈緒子と快楽の契りを結んでいただろう。
そこまで考えた時、優美は耐え切れぬ様に頭を振ってその瞳を閉じた。
しかし胸を締め付ける自責の念とは裏腹に、先日の出来事は優美の心の奥底に熱い刻印を残していたのだ。
あの日奈緒子が帰った後、優美は何年か振りに自分自身を慰めた。
忙しない奈緒子の囁きが頭に渦巻く中、驚くほどあっけなく優美は絶頂を極めたのだった。
まだ朝方の静寂を破ってリビングの電話が鳴った。
優美が反射的に腰を浮かしたとたん、何故か奈緒子のコロンが漂った。
そしてその後に、何故か優美は奈緒子の吐息の匂いを思い出した。
「副島ですが・・。」
「優美さん? 沢田です・・・。」
奈緒子が優美の返事を待つ間、束の間の沈黙が流れた。
「この前はごめんなさい・・・。でも私、このままお別れしてしまうのが本当につらいの。」
「そ、そんな事言われても、あたしなんて答えたらいいのか・・・。」
プッシュボタンの光を朦朧と見つめながら優美は答えた。
「私、会ってちゃんとお詫びがしたくて。後で伺ってもいい? で、でもあなたが嫌なら、その時もう来ないでってはっきり言ってくれていいの。」
「え・・? もういいのよ、気にしないで。わざわざお詫びだなんて・・・。」
「それじゃあたしの気が済まないの。ほんのちょっとだけでいいの、伺っちゃだめ?」
優美の視野の中で、電話の時計の光がくっきりと焦点を刻んだ。
09:51。
「・・・ええ、いいわ・・・。」
「有難う。もう何もお構いなく。それじゃ後ほど・・。」
優美は当惑していた。
家庭の主婦として何不自由ない暮らし。夫にも愛されて、夫婦関係にこれと言って不満がある訳ではなかった。
むしろ幸せそのものと言ってもよいくらいの生活ではないだろうか。
しかし先日奈緒子の激しい要求に沈みかけた時、痺れる様な喜びを感じたのは確かだった。
もしまた家に上げて二人っきりになってしまったら。
優美は不安だった。そして、その不安の裏返しは・・・・。
優美はそこから先を必死で頭から追い払った。
“わざわざ来てくれてごめんなさい。わたし何も気にしてないわ。もうお互い忘れましょう・・?”
“ええ、ほんとにありがとう。じゃあ、あたしもうここで失礼します。”
玄関のドアを開けて帰って行く奈緒子の姿を想像した。
“そうよ、これで終わり。簡単なこと。”
優美は自分に言い聞かせた。
そして平凡だけど幸せな日々が戻って来る。・・・・・・退屈な。
「あ~、ばかばかっ!」
優美は思わずそう口走って頭を振った。
ピンポーン!
玄関のチャイムの音に優美はドキッとした。
インタホンのモニターに、薄いベージュのツーピースに身を包んだ奈緒子の姿が写っていた。
務めて自分を落ち着かせながら、ゆっくりとした足取りで玄関へ向かう。
玄関ドアを開けると、少し恥ずかしげな微笑みを浮かべた奈緒子が立っていた。
「この前はごめんなさい。あなたの気持ちも考えずに・・。」
「あ・・、奈緒子さん、じゃ玄関の中にどうぞ。」
優美は急いで奈緒子を玄関ホールに招き入れた。
ドアが閉まるのも持ち切れない感じで奈緒子は口を開いた。
「ごめんなさい、この前は私自分を見失ってしまって・・・。もう正直に言うわ。わたしって、こんな女なの。」
優美は奈緒子の眼差しからふと目を伏せた。
「あなたはちゃんとした家庭の主婦だし、本当に魅力的な女性よ。女らしくて優しくて、それに立派なお母さんで家事も上手だし、私尊敬さえしているのよ。」
「そ、そんなこと・・・。」
優美の呟きに押し被せる様に奈緒子は続ける。
「それなのに、この前はあなたを怒らせたと思って・・・。でもあなたは私をからかって笑っていたでしょう? あなたの顔、とても可愛かった。わたし安心したら、もう自分を押えられなくなっちゃったの・・・。」
優美は瞳を上げて奈緒子を見つめた。
「ごめんなさい、また勝手にこんなことしゃべっちゃって。あなたには思いもつかなかったでしょ? わたしはこんな女なの、ごめんなさい・・・。」
奈緒子の顔から笑みが消えた。微かに震える細い眉が悲しみを現わしていた。
「これ、またお菓子買って来たの。よかったら坊やと食べて。」
優美は白い箱を差し出す奈緒子の顔を見つめた。
「あの奈緒子さん、よかったらちょっとお茶でも飲んで行って。その後わたしもお買い物に行くから。これからはもう、学校のバザーで年に一度くらいしかお会い出来ないでしょ・・?」
優美の言葉は、それまで考えていたものとは全く違っていた。
「でも・・・、ほんと? 私、嬉しい。じゃ、ちょっとだけお邪魔するわ。」
奈緒子の顔を見て、そのまま帰すに忍びなかった。
彼女も苦しんでいたのだ。
一緒にお茶を飲んでお別れすれば、少しは彼女の気持ちに報いる様な気がしたのである。
そこが優美の優しいところだった。
優美はキッチンの流しに向かって、新潟の実家から送ってきた果物をむいていた。
リビングのソファーに座ったまま、奈緒子は優美の背中に話しかける。
「でもほんとによかった、あなたと気まずいままにならなくて。私のこと迷惑に思ってらっしゃるかもしれないけど、ありがとう。」
「そんなこと言わないで。もういいの。お茶飲んでおしゃべりしましょう。」
「優美さん、優しいわ。年下だけど私のお姉さんみたい。」
「あら、そんなことないわ。こんな頼りないお姉さんじゃ仕方ないでしょう? 私こそバザーで泣きそうになった時、助けてくれた奈緒子さんが頼もしかったのよ。 ちょっと憧れちゃった。」
優美はそう言った後、ハッと思った。
「うっそ~、もう・・・。」
奈緒子がソファーから立ち上がる気配がした。
「あら、本当よ。」
「そんなこと感じてくれてたなんて気づかなかった。その時は夢中で・・。」
奈緒子の声が近づいて来る。
「ほんとに嬉しかった。そして凄いなあって思った・・。」
優美は自分の声が少し上ずるのをどうする事も出来なかった。
「嬉しい。あたしお手伝いしながらだけど、あなたのことずっと見てたの。素敵な人だなあって。どうしてもあなたの為にやってあげなくちゃって。」
もう奈緒子の声は優美のすぐ後ろに聞こえた。
優美の肩が小さく震えた。
“だめ、やっぱりだめよ。”
空唾を飲みながら、その呟きは声にならなかった。
もう優美の身体はそれを予想し、奈緒子を待っていると言っても仕方がなかったのだ。
「あっ!」
優美は両脇を抜けて来た奈緒子の両手に、後ろから抱きすくめられていた。
男のように荒々しさは無く、優しくそして情熱的に。
手から果物ナイフが滑り落ち、シンクの中で金属的な音を響かせた。
「だめよ、奈緒子さん。もうやめてっ・・。」
優美は抱かれる感触に背を反らせながら弱々しく抵抗した。
まだ頭の中にはこの禁断の誘惑から逃れようとする理性が残っていたのだ。
「ごめんなさい、優美さん。でもどうして? どうしてだめなの? あなたが悪いのよ。あなたが可愛いから、あなたが優し過ぎるから。」
「ああいやっ。やめて、もうだめ。」
「ねえ、いや? ほんとに、いやなの? ね、お願い、好きなの。許して、あなたが好きなの。お願い・・・。」
後ろから抱かれているため、唇を奪われることはなかった。
しかし奈緒子は優美を抱きしめたまま、白く滑らかな首筋にキスの雨を降らせ、上気した赤い耳たぶに唇を擦り付けて懇願する。
30歳を過ぎた優美の身体は女らしい膨らみを帯び、陸上で鍛えた奈緒子の身体が全身でその柔らかみを愛撫しているかのようだった。
奈緒子の左手が優美の腹部をしっかりと抱え、右手は片手に少し余るかと思われる胸の膨らみを抱いた。
優美はふっくらとはしていたけれど、胸の膨らみはそれほど大きい方だとは言えなかった。
いわゆる幼児体型で、優美は密かにそれにコンプレックスさえ感じていたのだ。
しかし奈緒子はそんな優美に、自分には無い女らしさと可愛らしさ、そして優しさを感じていた。
「好き、好きよ優美さん・・。お願い、許して・・。」
奈緒子はうなじから耳元に唇を這わせながら、そううわ言の様に囁き続ける。
優美は首筋から響く様な快感が走り、背中に奈緒子の胸の膨らみを感じながら、もう立っていられない状態になりつつあった。
優美を現実と結び付けていた微かな理性が、ふと音も無く解き放たれた。
危うく崩れ落ちそうになりながら、優美は荒い息とともに口走った。
「嫌、ここじゃ嫌・・。お願い、ここじゃだめ・・。」
それを聞いた時、奈緒子は身体が震えるような喜びを覚えたのである。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2013/02/07 08:44
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奈緒子さんを拒絶するつもりだった優美さん。
>「あの奈緒子さん、よかったらちょっとお茶でも飲んで行って」
>優美の言葉は、それまで考えていたものとは全く違っていた。
これが運命の分かれ道だったなあ。
奈緒子さんは、この優美さんの一言を引き出すのに全霊を傾けたんだろうね。
で、首尾よく上がり込む奈緒子さん。「やったー」なんて、内心で思っていたのでは。
>奈緒子は優美の背中に話しかける。
>奈緒子がソファーから立ち上がる気配がした。
>奈緒子の声が近づいて来る。
>もう奈緒子の声は優美のすぐ後ろに聞こえた。
優美さんの背後から徐々に迫る奈緒子さん。なんか、サスペンス物みたいだなあ。
振り向けない優美さん。
ここで振り向かせてしまえば奈緒子さんの負け。
振り向かせずに優美さんにたどり着けば奈緒子さんの勝ち。
>優美は両脇を抜けて来た奈緒子の両手に、後ろから抱きすくめられていた。
で、奈緒子さん見事勝利! 再び「やったー」だろうね。
しかし、わたしも大好きなシチュなんだけど、相手を背後から抱きすくめての愛撫って、ほんとに興奮するよね。なんでだろうね。
『身体』今回の名台詞。
優美「嫌、ここじゃ嫌・・。お願い、ここじゃだめ・・。」
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2. Mikiko- 2013/02/07 19:42
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あれで終わったら、小説にならんでしょうが。
わたしが書くとしたら……。
奈緒子は、優美の飲み物に睡眠薬を入れますね。
で、優美が気がついたときには……。
素っ裸で縛られてる。
それを見下ろしながら……。
優美は、ゆっくりとディルドゥを装着するのでした。
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3. ハーレクイン- 2013/02/07 20:20
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下剤は使うわ、ほんとに薬物の好きなおなごだのう。
「いや、やめて、お願い」と、恥じらい、ためらう相手を徐々にその気にさせていく過程が楽しいのではないか。
>気がついた時には素っ裸
って、風情が無いぞ、風情が。恥じらう相手を少しずつ脱がせていくのがエロいのではないか。
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4. Mikiko- 2013/02/08 07:42
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“少しずつ”。
こういうのは、勃たなくなったジサマの趣向ですね。
野生動物を見てもわかるように……。
ギンギンになった若い衆は、一刻も早く突っこみたいものです。
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5. ハーレクイン- 2013/02/08 09:28
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それは、自然界で命がけでおまんこする「野生のサル」の行動だろ。
「裸のサル」では、そんなにがっついたりせんのが正しい行動だ。前戯には、最低1時間はかけたいものだなあ。