2012.11.15(木)
外の光を厚手のカーテンで遮った薄暗がりにの中で、荒い息遣いが部屋の中に響いている。
ベッドの上ではうつ伏せの女が眉を寄せ、切なげな表情で喘いでいた。
その女の背中は肩先まで白いシーツに覆われ、それが奇妙に盛り上がり動いている。
徐々にその盛り上がりが肩先までずり上がると、白い物の下から短髪の女の頭が現れた。
シーツの下で、短髪の女がもう一人の女の背後から覆いかぶさっているようである。
短髪の女は下の女の耳元にしきりと何か囁きかけている。それにつれて二人を包んだシーツに細かい震えが走り、時折急に大きく揺れ動く。
囁かれている女の顔が泣きそうに歪み、胸の奥から忙しなく熱い息を吐き始めた。
何かを囁きながら短髪の女の目が虚ろに光り始め、二人を覆ったシーツに獣じみた動きが加わる。
「あぐうう~~っ! ・・ああああっ! ・・・はうっ! ・・・。」
下の女の口から濁った唸り声が迸り出ると、白いシーツに激しい痙攣が走った。
身体を硬直させた女の指が、わし掴みにベッドに食い込む。
短髪の女は、断末魔の獲物に食らいつく様に背後からのしかかり、その絶頂の表情を見つめていた。
まだ肉欲の余韻が残る中で、短髪の女は獣から母親に変わったように、相手の女の髪を撫でながらその肩先に優しく口づけを繰り返していた。
「ふふ・・・、よかった・・・?」
ベッドでゆったりと身を添わせながら背後から囁く。
まだ悦楽の名残で濡れた女の瞳が、返事の代わりに意味深な笑みを返した。
「よかったの・・? ご主人より・・・。」
「いやっ、そんなこと言わないで・・・。」
女は上向きになり短髪の女の首に両手を廻すと、甘える様に唇を求めた。
「ん~ふふふ・・、ん・・んむん・・・。」
含み笑いが重なり合う唇の狭間に消えていく。
短髪の女の名前は佐々木響子。28歳、独身。
東京都内にあるスポーツクラブで水泳のインストラクターをしている。
ここ三日間ほど有給休暇を利用して、千葉の館山にあるリゾートホテルまで羽を伸ばしに来ていた。
同伴の女性は、インストラクターの仕事を通じて深い関係になった顧客の一人である。
平日の昼間に館山まで響子を追って来ているのであった。
響子は水泳で鍛えたスタイルが周囲の羨望を集めたのみならず、短髪で頭が小さく、長身で肩の張った風貌が何やら中性的な魅力を湛えていた。
クラブの客からは、元少年隊の東山に似ているなどと言われる。
“もう、なにそれ、男じゃない。”といつも笑って答えたが、実際響子自身、恋愛対象として心が動くのは女性だったのである。
好みの女性を見ると胸がときめき、抱きしめてあげたくなる。
そして今日の様に、縁があれば関係を結ぶ相手がいないこともなかったのだ。
しかし女性と愛を交わす時、自分が男性になりきる訳ではなかった。
自分の中の女性が相手を愛して、同時に自分自身を愛しているような気がする。
相手の女性が愉悦の淵に落ちる時、響子自身も震えるような喜びを感じるのだった。
ただ今日のお相手に関しては、仕事を通じた遊び相手だと割り切っていた。
今は身も心も通じ合える相手とは巡り会えないでいる。
響子はゆっくりと唇を離すと言った。
「ご主人とはうまくやっているんでしょう・・? 」
ふざけて反駁しようとする相手の唇を指で制して響子は続ける。
「まさか奥さんが昼間からこんなやってるなんて、旦那さん思いもしないわね。うふふ・・、悪い奥さんねえ・・・。」
「もう、そんな意地悪なことばかり言うんだから・・・。あなたが悪いのよ、・・素敵だし、なんだか優しいし・・・。あなたに抱かれてる時、幸せっていうか・・ほっとするの。」
響子はふと身を起こすと、立ち上がってシーツを身体に巻き付けた。
女の視線を背中に感じながら窓際に歩み寄り、カーテンと共にテラス窓を開け放つ。
午後の日の光に輝いて、初夏の青い海が広がっていた。
白い波頭の立つ向こうから、潮の香りを乗せた風が響子の髪をそよがせる。
「ねえあなた、何時までここにいるの?」
響子は海の方を向いたままその声に答える。
「明日東京に帰るわ。だから今日は少し近くをうろうろしようかと思って・・。でもあなたはもう帰った方がいいんじゃない?夕ご飯の支度に送れるわよ。」
響子はそのまま白いシーツをなびかせながらテラスへ出ると、胸いっぱいに潮の香りを吸い込んだ。
昭和54年 初夏。
戸田奈緒美はタクシーを降りると、旅行バッグの重さも忘れて目を輝かせた。
“へえ~、やっぱしかっこいいホテルだったじゃない。”
海沿いの高台に立つそのホテルは、渋いパステルイエローの塗り壁で南欧風な建物の造りになっていた。
余分な飾り物も無く、建物の周囲には洒落た石張りのポーチが広がっている。
奈緒美は結婚を一か月後に控えて、2泊3日で独身最後の一人旅へ出たのだった。何かと忙しく結婚の準備を進める中、二三日のんびりと自分の時間が持ちたかったのである。
しかしもう明日は家に帰らなければならない。
それだけに最後の宿泊先がパンフレット通りの素敵なホテルだったことが、奈緒美は堪らなく嬉しかった。
ホテルのロビーに入って行くと、思わず奈緒美は上を見回した。
そのロビーは3階まで吹抜けになっていて、ぐるりと手摺が廻らされた周囲には、レストラン・バー・ショップなど色んなスペースが吹抜けの空間に向けて開け放たれていた。
奈緒美は浮き浮きした気分でそれらに視線を巡らしながら、円を描くようにその中央へとさ迷い込んで行った。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2012/11/15 09:15
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ふむ。
昭和団地妻、先にやられちまったかな。
佐々木響子と戸田奈緒美。
舞台も時も、どう繋がるのかまだ判然としませんが、その分、先が楽しみですねえ。
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2. Mikiko- 2012/11/15 19:45
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Wikiから、主な出来事を抜き出してみました。
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1月13日、初の国公立大学共通一次試験実施。
1月25日、上越新幹線の大清水トンネル貫通(貫通当時は世界最長のトンネル)。
1月26日、大阪の三菱銀行北畠支店で猟銃事件(三菱銀行人質事件)。
3月4日、中央競馬で9年連続首位騎手の福永洋一が落馬。脳挫傷負い騎手生命を絶たれる。
3月5日、日本テレビの朝の情報番組『ズームイン!!朝!』(司会:徳光和夫)が放送を開始。
3月28日、アメリカのスリーマイル島原子力発電所で放射能漏れ事故。
4月2日、テレビ朝日『ドラえもん』放送開始。
4月7日、第51回選抜高校野球大会は、箕島高校(和歌山)が2年ぶり3度目のセンバツ優勝。
4月14日、西武ライオンズ球場完成。
5月4日、イギリス、保守党の党首サッチャーが首相に就任。
6月2日、空白の1日事件に伴う出場停止処分が明けた江川卓投手(巨人)が後楽園球場での対阪神戦でプロ初登板。
7月1日、ソニーがヘッドホンステレオ「ウォークマン」を発売。
7月11日、日本坂トンネル火災事故。
7月17日、三重ノ海が第57代横綱昇進。
8月21日、第61回全国高校野球選手権大会は、箕島高校(和歌山)が春夏連覇(3回戦で、星稜高校と延長18回の激闘)。
9月3日、「昭和の名人」と称された落語家の六代目三遊亭圓生死去。
9月28日、NECがパソコン「PC-8001」発売。
10月6日、広島が4年ぶりのセ・リーグ優勝を決める。
10月16日、西宮球場で行なわれたパ・リーグプレーオフ、近鉄が阪急に勝利し、初のパ・リーグ制覇を決める。
11月4日、日本シリーズで広島が近鉄を4勝3敗で下し球団創設30年目で日本一に輝く。第7戦の江夏の21球が語り草となる。
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簑島の春夏連覇、江川のプロデビュー、日本シリーズでの江夏の21球。
野球史的には、記憶に残る年なのかも。
大相撲では、優勝力士を初場所から並べると……。
北の湖、北の湖、若乃花、輪島、北の湖、三重ノ海。
現理事長、北の湖の全盛期でしょうか。
総理大臣は、大平正芳。
時代を思い出すのに便利なのは、歌謡曲。
ずらっと並べてみましょう。
●渥美二郎「夢追い酒」、ジュディ・オング「魅せられて」、さだまさし「関白宣言」、八代亜紀「舟唄」、西城秀樹「YOUNG MAN」、小林幸子「おもいで酒」、村木賢吉「おやじの海」、山口百恵「しなやかに歌って」、サザンオールスターズ「いとしのエリー」、甲斐バンド「HERO」、松坂慶子「愛の水中花」、沢田研二「カサブランカ・ダンディ」、ゴダイゴ「銀河鉄道999」、ツイスト「燃えろいい女」、桑名正博「セクシャルバイオレットNo.1」、アリス「チャンピオン」、千昌夫「北国の春」、ばんばひろふみ「SACHIKO」、岸田智史「きみの朝」、金田たつえ「花街の母」、BORO「大阪で生まれた女」、桑江知子「私のハートはストップモーション」、円広志「夢想花」、布施明「君は薔薇より美しい」、牧村三枝子「みちづれ」、竹内まりや「September」、チューリップ「虹とスニーカーの頃」、五木ひろし「おまえとふたり」、森進一「新宿・みなと町」、八神純子「ポーラー・スター」、柳ジョージ&レイニーウッド「雨に泣いてる」、敏いとうとハッピー&ブルー「よせばいいのに」、久保田早紀「異邦人」、YMO「テクノポリス」
けっこう、今もって歌われてる曲が多いんじゃないでしょうか。
久保田早紀の「異邦人」はいいですよね。
うーむ。
八十郎さんは、なぜにこの年を選んだんでしょう。
何か思い入れがあるんでしょうか?
団地妻は……。
もうちょっと前の時代でもいいんじゃないの?
昭和四十年代後半とか。
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3. ハーレクイン- 2012/11/15 22:06
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列記していただきましたが、特に思い入れのあるのは……。
●共通一次試験(今のセンター試験)スタート。
●福永洋一の落馬(わたしは競馬をやってたわけじゃないけど、この事故は衝撃的だった)。
●スリーマイル島原発事故(この事故の僅か12日前に公開された米映画『チャイナ・シンドローム』は原発事故がテーマ。あまりのタイミングの良さに、この映画は記録的大ヒット作となる)。
●“鉄の女”マーガレット・サッチャー首相就任(1985年、イギリス‐アルゼンチン間のフォークランド紛争時に、アルゼンチンに対し宣戦布告したのはこの人)。
●江川卓、プロ初登板(これについては書くことがあり過ぎるので書かない)。
●日本坂トンネル火災事故(日本坂トンネルは静岡県の静岡市と焼津市の間の、東名高速道路のトンネル)。
●日本シリーズで広島が近鉄を破り優勝。江夏の21球(この時優勝できなかった近鉄は、唯一日本シリーズでの優勝経験のない球団となった。近鉄球団はもう存在しないので、未来永劫、優勝は不可能。いや、そうでもないか。近畿日本鉄道が、再びオリックス球団を買い戻せば……いやあ、それはないやろ)。
●大相撲優勝力士の若乃花は二代目(初代は“栃若”“土俵の鬼”。三代は“若貴”“お兄ちゃん”)。
●総理大臣、大平正芳はこの二年後に死去。
歌謡曲は……。
●ジュディ・オング「魅せられて」、さだまさし「関白宣言」、八代亜紀「舟唄」、サザンオールスターズ「いとしのエリー」、松坂慶子「愛の水中花」、桑名正博「セクシャルバイオレットNo.1」、金田たつえ「花街の母」、BORO「大阪で生まれた女」、久保田早紀「異邦人」
久保田早紀のヒットは「異邦人」一曲だったけど、長く歌い継がれる曲でしょうね。まだ音楽活動は続けているようです。
なるほど、これだけいろいろ列記すれば、八十郎さんの思い入れが見えてくるかも……ということかあ。
八十郎さんが語ってくれれば話は早いんだけど、ま、次回以降で明かされるかもしれんしね。
昭和四十年代後半というと、私の学生時代だなあ(♪ツタの絡まるチャペルで……)。
ま、今のとこ『リュック』に手いっぱいで、団地妻で悩むのは、ずっと先の話だなあ。
(おい、「ずっと」って、まだやるつもりかい『リュック』)
おおよ。まだまだ続きまっせ。
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4. 八十郎- 2017/03/05 18:38
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何故昭和54年かというお尋ね。
もうとっくにご興味も無いどころか御記憶もないでしょうが、一浪した上に留年した私が社会人になった年です。(笑)
”身体の涙”で、国電という言葉に時代を感じるとMikikoさんがおっしゃった時、いつの間にか年月が過ぎたことに気が付きました。
団地妻もですが、SMfanや表紙が地味で買いやすかった”サスペンスマガジン”など懐かしく思い出します。
(何故かマネキン人形の写真)
”思い出すのはいいが、懐かしくじゃいかんよ。”
なんて、光谷東穂さんや九十九十郎さんの声が聞こえる気がします。
パソコン変換も無い時代に皆さん難しい漢字をお使いになって、いい場面も辞書片手に読む始末でした。(笑)
ネット購入などない時代でしたから、爺さんがやってる本屋(せめて婆さんがレジの本屋)を探して買うておりました。
本を探すと同時に、本屋を探すのも大変だったんですねえ。
こんなことを書きこむと喜ぶ方もいらっしゃるかもしれませんが、Mikiokoさんや百合の園の方たちは怒りそうなのでそろそろ失礼します。
ピント外れに書き込みをしまして、申し訳ありませんでした。
では、また。
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5. Mikiko- 2017/03/06 19:45
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この回の投稿は……
4年4ヶ月前でしたね。
今回、読み返して、わたしにとって衝撃的だったのは……。
コメントに、こんなに力を入れてたのかと云うことです。
なんで、こんな時間があったんでしょう。
ていうか、やっぱり心構えの問題ですかね。
♪あの時君は若かった~
海よりも深く反省……。
でも、あのコメント量を復活させるのは、とーてームリです。
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6. 過去のコメはHQ- 2017/03/07 04:01
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↑書き捨て
わたしが驚いたのは
自身のコメで「まだやるつもりかい『リュック』」と書いていることでした。
そうかあ、もうそんなになるのか。
これはマジに、死ぬまでに完結できんかもしれんなあ『センセイのリュック』。
ところで八十八十郎さん。
>一浪した上に留年
御同様です。