Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
続元禄江戸異聞(三十一)
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「続元禄江戸異聞」 作:八十八十郎(はちじゅう はちじゅうろう)


(三十一)


黒麗が屋敷の門から出て行くのを見届けると、お蝶は静かに松の幹から身を起こした。
“よし、今の二人以外に人の気配も無さそうだが、こうなったら一か八か・・。”
暗い中を仕掛けに気を配りながら、お蝶は屋敷の方へとにじり寄って行った。

美夜叉は板張りの間の炉に向かって、夜の静けさの中に目を閉じている。
“空蝉、火術、三十半ばのくノ一・・・。もしや・・、いや・・、間違いない。”
美夜叉はかっと目を開いた。
“お通・・・、何故今頃・・・・?”
二度に渡って配下の攻めを逃れた手際の良さに、美夜叉の脳裏に一人の女の顔が浮かんだ。
もう十年ほど前、美夜叉は将軍家大奥の一件でお通と相対した経験があったのだ。
その時はお通率いる大奥付き公儀隠密に、三人の配下が亡きものにされた。
事が大きくなるのを恐れた依頼主が依頼を取り下げた為、争いはその時点で終わりを迎えたのである。
“ふふ・・、よほどの大金でも絡んだか・・・。 いずれにしても次に空蝉を使った時、お通、お前の最期じゃ・・・。”
美夜叉がそう思って片頬を緩めた時、突然座敷内の鈴が鳴った。
見れば壁に下がった右から三番目の鈴が揺れ、屋敷の奥からごろごろと地鳴りの様な音が聞こえて来る。
「座敷牢かっ!」
美夜叉は大刀片手に立ち上がった。

「しまった、仕掛けがっ!」
お蝶は思わず叫びを上げた。
簪で伊織の閉じ込められた牢の錠を開け、かんぬきを抜き去ったとたん、地鳴りの様な音が響き始めた。
見れば入り口の格子戸の手前に、天井の隙間から鉄の格子が降りて来るのだった。
「伊織様っ、早くっ!!」
「お蝶っ!」
牢の開き戸を開けると、伊織が身を躍らせて飛び出して来た。
伊織はまだ気を失ったままのお美代に向かって叫ぶ。
「済まぬっ、お美代、きっと助けに来る!」
「早くっ、さあ伊織様っ、早くっ!!」
お蝶の叫びに振り返ると、鉄格子はもう床の上三尺に迫っている。
床と鉄格子の間に身を投げ出す様に飛び込むと、伊織はごろごろと床の上を転げた。
片足が格子に挟まれたと思った瞬間、衣を裂く悲鳴を上げて締め付けられた袴が破れた。
「ああっ、伊織様、よかった!」
「お蝶っ。」
二人は目線を交わすや否や、廊下を外へ向けて走り出す。
しかし、曲がりくねった廊下の先に庭の景色が開けた時、その手前に冷たい輝きを右手に持った人影が現れた。
白装束の肩先が、月明かりに鈍く光っている。
「ここまで忍んで来るとは大胆なやつ・・・。」
「あんたが頭領かい! 憚りながら、こんなお化け屋敷くらいで怖気を振るう様な育ちじゃないんでねえ。帰りの駄賃にあんたの首を貰って行くよ!!」
お蝶はそう口火を切ると、懐から短刀を取り出した。
伊織も油断なく、半身に柔術の構えをとる。
間髪入れずに切り込んで来た美夜叉の大刀を、二人は左右に身を翻して避ける。
喉元を狙ったお蝶の短刀を美夜叉の大刀が受け返すと、太刀の重みでお蝶の身体が危うくふらついた。
その隙を衝こうとする美夜叉の右手を伊織が掴む。
見る間に掴んだ右手を背負い込むと、美夜叉の身体を宙に投げ放った。
障子を突き破って、美夜叉の身体が座敷の中へ飛び込んだ。
二人が座敷へなだれ込むと、美夜叉は更に奥へと部屋伝いに逃げ足を使う。
それを追ってお蝶が畳の間へ足を踏み入れたとたん、横の壁から数本の矢が飛び出した。
「あっ!!」
避け切れぬ蝶の左腕を一本の矢が削いで行った。
「お蝶っ!」
「大丈夫、かすり傷です。」
気丈に答えるお蝶の目に、座敷の隅に置かれた伊織の大小の刀が見えた。
「伊織様、これっ。」
「うんっ。」
急いで刀を腰に差した伊織にお蝶は言った。
「この屋敷にはどんな仕掛けがあるか分かりません。残念ですが、頭領を倒す前にあたし達が深手を負ってしまうかも・・。
ここは一旦外へ出て、姫を追うことにしましょう。お美代は生かされている限り、またきっと助ける時があります。」
「うむ、仕方がない。そうしよう・・。」
障子を開けて庭に飛び降りると、二人は風の様に門に向けて走った。
仕掛けの糸を切るごとに、二人の後ろに矢の風を切る音がする。
命からがら門を出た二人は、皓々と月明かりが照らす中を森の中へと走り去って行った。


朝日の眩しさに眉を寄せて、羅紗姫はうっすらと開いた目を瞬かせた。
「おはようございます。お目覚めになられましたか・・?」
思いがけず近くにお通の顔が微笑んで、姫はもう眠気も吹き飛んで目を開いた。
羽織一枚かけられた身体を、優しくお通に抱かれて寝ていたのである。
「昨夜は寒そうに縮こまって・・、海の上は寒うございますからね。
あんましお可哀想で、あたしが羽織一枚かけて抱いて差し上げたら、それからはもう、すやすやと・・。」
「まあ、有難うございました。」
羅紗姫はみるみるその顔を桜色に染めて答えた。
お通にぴったりと下肢を寄り添わせている事に気付くと、姫は慌ててその身を起こした。
「ああ、わたくし、本当に恥ずかしい・・・。」
「なあに、お若いんだから当たり前ですよ。何も恥ずかしい事なんてありゃしない。」
昨夜姫から全てを聞き及んだお通は、もうわきまえていると言わんばかりに笑って立ち上がる。
岸の方を遠い視線で見やるとお通は口を開いた。
「ほら、四日市の港も賑やかになってきましたよ。そろそろ陸に上がりましょうかね。」
姫がその目線の先をたどると、港には米粒ほどの漁師や人足たちが忙しく立ち回っているようである。
錨を上げた舟は、お通の櫂の捌きで静かに海の上を滑り始めた。

もう桑名もほど近い森の中で、伊織とお蝶は疲れた体を休めていた。
「お蝶さん、傷の具合はいかがです・・?」
伊織は二人だけの時を、もう遠慮なく女言葉で問いかける。
「あ、ええ、なに大した事はありません。」
「でも、もう一度見せて。」
「もう、大丈夫だってば・・。でも、うふふ、じゃあもう一度見てくださる・・?」
伊織はお蝶の左の袖を捲り上げると、左手に巻かれた布きれを解いて傷の具合をみる。
「うん、意外と腫れも来ないし、よかった。しかし念のため、薬を替えておこう・・。」
そう言うと伊織は薬草の葉を口に入れ、唾液で噛み砕く。
それを傷口に塗って布を巻く間、お蝶は痛みで眉を寄せながらも、笑顔で伊織の横顔を見つめる。
「あっははは、伊織様、口が緑になって・・。」
「えっ?・・あ、ああ・・。」
指を差されて笑われた伊織は、慌てて手拭いを掴む。
その手を押さえてお蝶が悪戯っぽく言った。
「だめっ、あたしがきれいにしてあげる。」
お蝶はその笑顔をぐっと伊織の顔に近づけていく。
「な、なにを、汚いでしょうっ?」
伊織はお蝶の意図を察して狼狽えた。
手前一寸で唇を止めたお蝶が、伊織の目を見つめながら言う。
「あたしは伊織様のものは何でもお薬よ・・。伊織様はあたしのは汚いの・・?」
頬を染めた伊織は、慌てて小さく首を横に振る。
「んっ・・。」
お蝶は伊織の両肩を引き寄せてその唇を重ねた。
森の中を抜きぬける風の音を聞きながら、二人だけの静かな時が流れてゆく。
やがて名残惜しげに離れた唇の狭間で伊織が呟いた。
「もう、お蝶・・。」
「だってお薬でしょう? あたし、口の方にも欲しかったんだもの、うふふっ・・。」
伊織は悪戯っぽく笑うお蝶を見つめると、敵に身を許した悪夢を振り払う様に強くその身体を抱き締めた。

「さあ、そろそろ出立しよう。」
伊織は再び眉を吊り上げた若侍の顔で立ち上がる。
「ええ。」
お蝶は笑顔で答えながら、そんな伊織を眩しげに見上げたのだった。
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コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2012/07/19 09:33
    • お通姐さんは元公儀隠密。
      しかも大奥付き。
      じゃ、お蝶さんはそのころの配下、か。
      よく抜けられたなあ、二人とも。
      公儀隠密って、抜け忍は許さないんだろ。
      警報装置にあっさり引っかかるお蝶さん。
      (セコムしてますか)
      伊織ちゃんにしてはめずらしく、即断即決。
      お美代ちゃんを置き去りに、座敷牢を飛び出す伊織ちゃん。
      いい判断だ。
      今が今、お美代ちゃんは救いようがない。ぐずぐず躊躇っていたらお蝶さんの身まで危ない。
      美夜叉対、伊織&お蝶。
      美夜叉の大刀に、果敢に短刀で立ち向かうお蝶さん。
      おおおおー、伊織ちゃんは柔術の心得があるのか。ま、武士としては当然の嗜みだが。
      で、見事、美夜叉を投げ飛ばす伊織ちゃん。技は……<一本背負い投げ>だろうなあ。まあ、派手な技を。
      たまらず逃げる頭領美夜叉。
      で、ここは敵地。深追いはならぬ。
      矢の手傷くらいで済めばもうけものだ。
      引け、引けい。
      で、桑名宿近くの森にひそみ、傷の手当、と称していちゃつく伊織とお蝶。
      なんかこの二人、逃げ出す時もそうだったが、呼吸がぴったり合ってるなあ。何度もやってると、こうなるんだよなあ。
      四日市沖の羅紗姫とお通。
      >昨夜姫から全てを聞き及んだお通
      って、何を聞いたのかなあ、お通姐さん。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2012/07/19 19:42
    •  桑名と言えば……。
       縁もゆかりも無いわたしでも知ってるフレーズ。
       『その手は桑名の焼き蛤』
       『恐れ入谷の鬼子母神』と並ぶ、地口の両横綱と云えるのではないでしょうか。
       ま、現在、これらを日常的に使ってる人は、まずいないでしょうけど。
       地口になるくらいですから、桑名の焼き蛤は、昔から名物でした。
       『東海道中膝栗毛』にも……。
       「桑名につきたる悦びのあまり、めいぶつの焼蛤に酒くみかはして」という一節があるそうです。
       今でも、焼き蛤のお店は繁盛してるようですが……。
       蛤は、桑名産とは限らないみたいですね。
      http://blog-imgs-53.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20120719165508bf0.jpg

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2012/07/19 21:30
    • 焼き蛤、焼きはま、というのはおまんこの隠語だそうです。
      聞いた話や、ほんまかどうかは知らんで。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2012/07/20 07:44
    •  確かに、そっくりだけど……。
       ハマグリは、似てるかね?
       そうそう。
       その名も、ニタリ貝というのがあるそうです。
      http://blog-imgs-53.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/2012072006381785d.jpg

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2012/07/20 09:51
    • 別名、ムラサキイガイ。
      食用として利用される一方で、代表的な海洋汚損生物ともなっており、「世界の侵略的外来種ワースト100」にも選定されている。
      大小さまざまな個体が集団で生活するので、防波堤、ブイ、船底などに多量に付着し、船舶の航行の妨げになる。
      カキなどの養殖筏や発電所の取水設備などに大量に付着し、被害を与えることがある。
      記憶喪失性貝毒や麻痺性貝毒、下痢性貝毒など多種の貝毒を蓄積する事が報告されている。
      長期間に渡り毒性を保ちやすく、麻痺や下痢などの食中毒を起こすことが多い。
      日本国内の場合、商品として出荷されるものは検査体制が確立しているため、売られているものを食べる場合は危険性が少ないが、天然のものを捕獲して食用とする場合は注意が必要である。
      なんとも、凄い貝です。
      おまんこと同様、君子危うきに近寄らず、ですなあ。
      桑名桑名。
      あ、いや、桑原桑原。
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