Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
続元禄江戸異聞(十六)
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「続元禄江戸異聞」 作:八十八十郎(はちじゅう はちじゅうろう)


(十六)


掛川に逗留して三日目の夜、羅紗姫の出立を明朝に控えて、野口家では一行を慰労する為の晩餐が開かれていた。
姫と伊織を主賓に据え、一般町民であるお美代でさえも、落ち着かない様子で伊織の脇に座を占めている。
当主斉昭始め所縁の忠臣十二名ほどが、そろそろ酒も廻るにつれ声高に談笑する景色も見え始めていた。
羅紗姫の横で四方山話に花を咲かせていた斉昭は、一同のそんな雰囲気を見回すと口を開いた。
「一同、そろそろ時もよし。今宵は羅紗姫様ご一行をお慰めする為、当家出入りの者による舞いなど披露致したく思う。」
“ほう”と一同顔を見合わせる中、斉昭は満足そうな笑みを漏らしながら腰元たちに目で合図を送る。
ゆかしい琴の音が流れ始め、鼓の乾いた音と共に、上座正面に設えてあった屏風を腰元がゆっくりとたたんでいく。

「おお・・・。」
期せずして座敷の中に感嘆の溜息が上がった。
そこには花魁風の鬘と衣装を身に纏った舞い手が、まるで斜に構えた美人画そのままに、輝くばかりの美しい立ち姿を見せていた。
背の高い伸びやかな身体つきで、白い細面に涼やかな目元を伏せたその風情は、美を通り越して妖しい魅力さえ放っている。
斉昭は隣に座した羅紗姫に小声で囁きかける。
「羅紗姫様には花魁の舞いは如何なものかと危惧致しましたが、この様な席でなければ機会もあられまいと思い、ここだけの座興という事で勝手をさせていただきました。」
「その様なこと・・、とても美しいものでございますね。有難きご配慮と、私この目に焼き付けて参りたいと思います。」
羅紗姫はうっとりと舞い手を見つめながら答えた。
しっとりとした三味と鼓の音と共に、年増の唄い手が渋い声をあげる。

淡雪と 消ゆるこの身の思い寝に
浮名を厭う 恋の仲
乱れしままの 鬢つきや
義理という字は 是非もなく
夢か うつつか
朝からす

舞い手は左右に並んだ一同の中央を、ゆっくりと姫の前へ進んで来る。
伊織たち三人の前まで来ると、ゆっくりと畳に座して深々と頭を下げた。
「拙い芸ではございますが、何卒今宵は、心ゆくまでお楽しみくださいませ・・・。」
静々とした口調でそう言うと、舞い手はゆっくりと顔を上げ、伊織たち三人を見つめた。
伊織はうっとりと舞い手の顔を見ていたが、何故かその表情が訝しげに変化し、改めて確
かめる様にその顔を見つめ直した。
“はっ!!”
しばし伊織を見つめ返していた舞い手の目が、突然驚愕に大きく見開かれた。
「も、申し訳ございません。今宵はこれにて失礼させていただきます。」
慌てて頭を下げた舞い手は、逃げる様に座敷を走り出ていく。
「待ってください!」
伊織は思わずそう叫ぶと立ち上がった。
「陣内殿、顔見知りでござるか?」
何事かと斉昭は立ち上がった伊織に問いかける。
「は、はい。昔少々知った者にございます。斉昭様、申し訳ありませんが、暫時姫君をよろしくお願いいたします。姫、暫時出てまいります。」
「は、はい・・。」
羅紗姫の不安げな返事を聞くや否や、伊織は女を追って外に走り出て行った。

屋敷の門を出て二辻も行かぬうちに、伊織は水月に追いついた。
「静さま、待って、待ってください!」
花魁姿で速く走ることも適わずに、静と呼ばれた水月は柳並木の脇で足を止めた。
「菊ちゃん・・・。」
水月は伊織から斜に眼差しを伏せたまま呟いた。
「静さま、探しましたよ・・・。何故、この様なところで・・・?
ともかくここでは話も出来ません。あそこの待合にでも入って・・さあ・・。」
伊織は水月の手を引く様にして、町筋にぼんやりと提灯を灯した一軒の待合へと向かった。

待合の二階の一室、睫毛を伏せた水月を見つめながら伊織は口を開いた。
「お父様お母様が亡くなられた後、突然渕上家から姿を消されたと聞き、静さまの安否がずっと気にかかっておりました・・。」
「菊ちゃん・・・。」
伊織は遠くを見る様な眼差しで続ける。
「幼い頃両親を亡くした私を、あなたのお父様お母様は、我が子の静さまと同じ様に優しく育てて下さいました。・・私も静さまのことを実の姉のように・・・。」
じっと目を閉じて、伊織は再び口を開く。
「お二人が亡くなられた後、私たちは別々の養子先へと離れ離れになり、私は静さまが居なくなられたことを聞いて、それ以来一日として静さまを思い出さぬ日はありませんでした・・・。」
水月は悲しげな眼差しを畳に向けたまま口を開いた。
「お父様は身に覚えの無い咎の疑いで、詰め腹を切らされました・・。お母様はお父様の後を追って私と一緒に毒を飲まれましたが、何故か私だけが生き残って・・・。」
ふと顔を上げた水月の目が異様に輝いた。
「私は武家社会の非情さ、いえ、この世のもの全てを憎みました。
そんな時、私の恨みを晴らさせてくれる人に出会ったのです。そして私は、その人について渕上の養子先を出奔しました・・・。」
伊織は思いがけない水月の言葉に戸惑った。
「そ、そんな・・、親兄弟の無い私が寂しい時には、静さまは私を抱いて寝てくれました。
そんな優しかった静さまが何故・・・。」
伊織は目頭が熱くなり、自ずと当時の事を思い出した。
静の父は、静が生まれた後もう子宝に恵まれぬ事を知り、その先進的な考えも相まって、静と後に養女にした菊に学問と武芸を奨励したのである。
恨みから養子先を出奔した静とは逆に、菊はそんな世の中の歪を正すべく、そして姉と慕った静を探すべく、男の着物を身に纏い修行に精を出してきたのであった。

そんな伊織の様子を、水月は初めて目を上げて見つめた。
「菊・・・、私もあなたの事を、一日たりとも忘れたことなどありませんよ・・・。」
伊織は思わず顔を上げて水月の顔を見た。
少しやつれはしたが、そこには子供の頃と同じ様に優しい静の顔があった。
「静さまっ! ・・姉さまっ・・・!」
伊織はもう堪らずその名を呼ぶと、水月に抱き付き、その胸に顔を埋めた。
水月は優しく、そしてしっかりと伊織の身体を抱き締めた。
伊織は泣き濡れた顔を上げると水月に言った。
「静さま、これからは私と一緒に暮らしましょう。私はそれを夢にまで見ておりました。
ただ、今は大事なお役目の途中。それを終えましたら、きっとお迎えに上がります。」
それを聞くと水月は固く目を閉じ、更にしっかりと伊織の肩を抱いた。
やがて目を開いた水月は、意を決した様に口を開く。
「菊、残念ですがそれは出来ません・・・。」
伊織は静の胸から身を起こすと言った。
「な、何故です静さま! やっとお会い出来たのに、なぜその様な・・・。」
水月はじっと伊織の目を見つめて答えた。
「あなたの気持ちは何物にも代えがたく嬉しく思います・・。ですが人には各々生きていく定めというものがあるのです。
あなたとは、いずれまた会う時が来るかもしれません。
でもその時には・・・、決して私を姉だなどと思ってはなりませんよ。
よいですか、・・・菊。」
「そ、そんなっ・・! いやっ、嫌ですっ!」
伊織は身体を揺すって叫んだ。
「菊っ! 姉さまの言う事が聞けないのですか!
貴女は今まで立派に学問や武芸を修めてきました。私はその事をとても誇らしく思い
ます。しかし私には、また私の歩むべき道があるのです・・・。
よいですね、菊・・・。」
「姉さま・・・、うう・・、わあああ・・・。」
水月は泣きじゃくる伊織の身体をしばし強く抱き締めると、また優しい姉の笑顔に戻って囁いた。
「今宵は貴女に会えてとても幸せでした。
これからはもう、私はあなたの姉ではありません。ですが、あなたは一人で立派に生きて行けるはず・・・。」
見上げる伊織の目から、また新たな涙が次々と零れ落ちた。
「さあ、もう戻りなさい・・。皆さまが心配していますよ。」
伊織は優しい姉の顔を胸に刻むと、名残惜しげにその胸から泣き濡れた顔を上げた。


「The 吉原」
※挿入歌及びオープニングテーマ『淡雪(「The 吉原」より)』栄芝(唄)& 近藤等則(jazz tp)
続元禄江戸異聞(十五)目次続元禄江戸異聞(十七)




コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2012/04/05 08:14
    • 伊織ちゃんと水月は幼馴染ぃ!
      伊織ちゃんは菊ちゃん、水月は静姉さま。
      幼いころは同衾もしていたと。
      うーむ、なんとなんと。
      >静「……あなたとは、いずれまた会う時が来るかもしれません。
       でもその時には……、
       決して私を姉だなどと思ってはなりませんよ
      んじゃ、水月はすでに腹をくくっているわけだ。さあ、伊織ちゃんにそこまでの覚悟ができるか。
      これは楽しみだわ
      あ、いや、「楽しみ」と言っては二人に悪いなあ。
      で、八十郎劇場。
      今回はなんと挿入歌入り。
      タイトルは、な、なんと『淡雪』
      ♪淡雪と 消ゆるこの身の思い寝に
       浮名を厭う 恋の仲
       乱れしままの 鬢つきや……
      これは早速聞かねば、いそいそとクリックすると、
      「このURLは無効です」
      な、なんですとー。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2012/04/05 20:39
    •  お話って、こうやって作るんだ。
       物語が、一気に膨らみますね。
       うーむ。
       φ(..)メモメモ。
       『淡雪』の件、すんませんでした。
       YouTubeを探したところ……。
       「The 吉原」に入ってる歌はいくつか見つけたんですが、『淡雪』はありませんでした。
       で、CDの購入ページに視聴コーナーがあったので、そのアドレスを載せたんですが……。
       何で無効になったんだ?
       わたしが見つけたときは、ちゃんと聴けたのに。
       でも、イントロしか視聴できませんでしたので、あんまり参考にはなりません。
      http://www.youtube.com/watch?v=rsUgzDBBbFE
       ↑YouTubeの『深川節』です。
       どんな雰囲気なのかだけは、伝わると思います。

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2012/04/05 22:25
    • 聞きました。なるほどねー。
      端唄や小唄を新しいアレンジで唄い、演奏すると。
      唄は、端唄栄芝流家元、栄芝(えいしば)姐さん。これは凄いわ。
      演奏は近藤等則(としのり)さん、楽器はトランペット、シンセサイザー。
      アルバム「The吉原」には、有名な『さのさ』も入ってました。
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