Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
単独旅行記Ⅳ・総集編(6)
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 1年をかけて苦労して収穫するより……。
 よその収穫物を奪ってしまった方が、ずっと簡単だからです。
 襲われる方も、黙って奪われてはいられません。
 当然、戦いが始まります。
土井ヶ浜遺跡は、弥生時代前期から中期の墓地遺跡
↑土井ヶ浜遺跡は、弥生時代前期から中期の墓地遺跡。

 社会科の授業で習った縄文と弥生の暮らしのイメージは、まったく逆でした。
 縄文人は、その日暮らしで、獲物の捕れないときは空き腹を抱えて堪えるしかない。
縄文人は、その日暮らし

 弥生人は、集団で農業をし、収穫物を消費しながら安定した暮らしをしていた。
弥生人は、集団で農業をし……

 年貢もありませんしね。

 でも、現実は、逆だったんです。
 弥生時代は、血で血を洗う、富の奪い合いの時代でした。
 さきほどの柩の親子も、おそらく他の集落の戦闘員に襲われ……。
 殺されてしまったのでしょう。

 なぜ、こんな小さな子供まで殺したのか?
 それはもちろん、復讐を恐れてのことです。
 子供を生かしておけば、いつか父の仇を討ちに来るかも知れない。
曾我兄弟の仇討ち
↑これは、曾我兄弟の仇討ち(鎌倉時代初期)。

 敵は、女子供まで皆殺しです。
 このしきたりは、戦国時代まで続きました。
 復讐の連鎖を断つためには、相手を潰滅させるほかはないのです。

 現在の世界で、内乱がいっこうに終結せず、復讐の連鎖が続くのは……。
 中途半端に休戦したりしてるからです。
中途半端に休戦したりしてるからです

 どちらかの勢力が根絶やしにならない限り……。
 戦争に終止符が打たれることはないでしょう。

 話が陰惨になってしまいました。
 展示に戻りましょう。

松戸宿
↑「み」

 これはもう、だいぶ時代が進みましたね。
 飛ばしたんでしょうか?
 今となっては、わかりません。
 どう見ても、江戸時代です。
 港でもあり、宿場でもある感じです。
 ネットを調べてみたところ……。
 どうやら、『松戸宿』のようです。

 『松戸宿』は、水戸街道の『千住宿』から2つ目の宿場町でした。
『松戸宿』は、水戸街道の千住宿から2つ目の宿場町

 ジオラマで、海のように見えるのは、江戸川です。
 対岸の江戸側には、『金町松戸関所』が置かれてたそうです。
『金町松戸関所』
↑今の東京都葛飾区東金町になります。

 江戸川に橋はなく……。
 江戸と松戸を往来する人は、渡し船で行き来してました。
矢切の渡し
↑松戸市の渡しと云えばこれですが……。『金町松戸関所』の渡しは、もう少し上流にありました。

 『松戸宿』近在の農家には……。
 対岸に農地を持ち、自家用船で川を往来する者もあったそうです。

 『松戸宿』は、南北に約1キロほどの範囲に広がっていました。
 松戸はまた、水運による物資集積地としても栄えており……。
 数百軒の家並みが並ぶ、大規模な集落を形成してました。
 物資運搬のための運河としても使われた『坂川』が、市街地の中を流れてました(ジオラマでは確認できませんね)。

「下谷(したや)」と呼ばれた低地
↑「み」

 昔の農村の様子です。
 下総台地(たぶん、左上の薄緑色の部分)と江戸川に挟まれ……。
 「下谷(したや)」と呼ばれた低地です。
 右下に、不規則なパッチワークのように見えるのは、田んぼです。

 一見、豊かそうですが……。
 上のジオラマで、左上の下総台地の縁近くに、黒い線が刻まれています。
左上の緑色の下総台地の縁近くに、黒い線が刻まれています

 これがおそらく、さっき出てきた『坂川』ではないでしょうか。
 この川が、台地の水を集めて、度々あふれたそうです。
 特に収穫前、台風による被害が頻繁にあったとか。
 3年に1度の収穫があればよいほどだったらしいです。

農作業に使われた「舟」
↑「み」

 農作業に使われた「舟」です。
 田んぼの中には堀と呼ばれる水路が流れ、収穫した稲は「舟」で運搬したとか。
 なんだか、亀田郷と似てますね。

田植えと収穫時期のスケジュールは、今の新潟市と一緒
↑「み」

 田植えと収穫時期のスケジュールは、今の新潟市と一緒です。
 新潟でも、昔は、稲架木(はさぎ)で稲を干してました。
昭和30年の新潟県北蒲原郡水原町
↑昭和30年の新潟県北蒲原郡水原町(現・阿賀野市)の風景。

 でも今は、ほとんど見られません。
 戦後、田んぼの区画整理で、田んぼが四角に区切られたとき……。
 畦に植えられてた稲架木は、多くが伐採されてしまったのです。
新潟市秋葉区満願寺に残る稲架木並木
↑新潟市秋葉区満願寺に残る稲架木並木。区画整理のとき、26軒の農家が協力して、各地の稲架木をこの農道へ移植したそうです。

 区画整理の目的は、農作業の機械化を進めるためです。
 機械を入れて作業するには、田んぼが四角である方が効率がいいからです。

 残った稲架木にも、別の試練が待ってました。
 戦後に入ってきた、アメリカシロヒトリ(いわゆる、アメシロ)という蛾の幼虫です。
雪の女王のように綺麗です
↑親は、雪の女王のように綺麗です。

 アメリカ軍の軍需物資に着いて渡来したと云われてます。
 稲架木に使われるのは、モクセイ科のトネリコという木です。
 このトネリコの葉が、アメシロの大好物だったんです。
 稲架木は並んでるので、あっという間に被害が広がります。
幼虫は、キモさ抜群です
↑幼虫は、キモさ抜群です。

 葉を食べ尽くされて丸坊主になってしまううえ、アメシロの巣の見た目も悪いので……。
 次々と、伐採されてしまいました。

 博物館に戻りましょう。

「下谷(したや)」の住まい
↑「み」

 「下谷(したや)」の住まいです。
 ↓なんたるかは、説明書きをご参照下さい。
「下谷(したや)」説明書き
↑「み」。

 備えはしていても、雨の時期は怖かったでしょうね。
 避難用の「舟」を、軒下に吊してた家も多かったそうです。

 さて、長々と松戸の歴史を書いてきましたが……。
 実は、これまでの展示を見ることは、今回の目的ではありませんでした。
 順路にあったので、足早に見て通っただけです。

 今回、この博物館を訪ねた目的は、↓です。
『常盤平団地』案内図
↑「み」

 これも、松戸市の歴史の一部としての展示ですが……。
 これまで見てきた展示とは、スケールが桁違いです。

 まずは、『常盤平団地』とは、どういう団地かということから説明します。
 建てたのは、かつて存在した『日本住宅公団』。
日本住宅公団

 1955(昭和30)年に設立された特殊法人です。
 設立目的は、もちろん、住宅や宅地の供給です。
 現在は、独立行政法人『都市再生機構(UR都市機構)』となってます。

 『常盤平団地』は、畑や雑木林だった51万坪の土地を造成して建てられました。
 4階建て中層公団住宅、170棟。
 戸数は、4,839。
 ショッピングセンター、集会所、病院、小学校も併設されました。
 早い話、農村の中に、人工都市が忽然と出現したわけです。
現在の『常盤平団地』
↑現在の『常盤平団地』です。

 「常盤平」の名称は、公募で決められました。
 松戸市の「松」から、常盤の松にちなんだ命名だそうです。

 『常盤平団地』の入居募集が開始されたのは、1959(昭和34)年。
 1962(昭和37)年の10次募集をもって入居が完了しました。
 抽選の最高倍率は、73.2倍だったそうです。
 松戸市の人口は、7万9千人から、11万5千人に増えました。

 また、建設当時は、グリーンベルトという緑地帯を設ける首都圏整備計画が行われており……。
 『常盤平団地』でも、元々の雑木林を残すなど、施策に沿った緑地が確保されました。
 しかし、その後、このグリーンベルト構想は消滅してしまいます。
 そのため、後から開発された『常盤平団地』周辺の地域では、緑がほとんど失われてしまいました。
 皮肉なことに、この地域で最も緑が残るのは、『常盤平団地』となったのです。
緑が残る『常盤平団地』

 で、この『松戸市立博物館』には……。
 この『常盤平団地』の1室が、再現されてるのです。
 これだけなら、別段、珍しくもありませんが……。
 『松戸市立博物館』のスゴいところは……。
 団地の建物ごと再現してることです。
 ジオラマじゃありませんよ。
 なんと!
 実物大です。
 よく、こんなものを造ろうと思ったものだと、感心してしまいます。

 実際の団地は4階建てですが……。
 さすがに再現された建物は、2階部分までです。
 再現された1室は、この1階部分にあります。
 もちろん、建物の外階段から、そのお部屋にお邪魔することになります。

 再現された1室に住む架空の家族には、緻密な人物設定までされてます。
 小説を書く身として、大いに反省させられますね。
 こんな細かい設定、考えたことがありませんから。
 ↓以下、『松戸市立博物館』の説明資料の転載です。
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 この2DKの住人を紹介します。昭和35年(1960年)4月に結婚し、そのまま常盤平団地に入居した兼二郎(夫・29才)、陽子(妻・27才)の2人には、翌年4月に真理子(長女・1才)が誕生しました。
 兼二郎は地方都市の商家の次男として生まれ、地元の高校から東京にある大学へ進学、現在は品川にある家電メーカーに勤務しています。趣味は映画と音楽鑑賞、特にフランス映画とモダンジャズを好んでいます。
 陽子は東京の勤め人の家庭の末娘として生まれ、都内の高校を卒業して兼二郎と同じ家電メーカーに勤めていました。
 社内のサークル活動で知り合った2人は、昭和34年の秋に婚約し、翌年の春に予定した結婚後の新居を探し始めていました。
 当時話題となっていた公団住宅の入居募集を新聞で知り、陽子の母の実家が松戸だったこともあって、池袋の丸物デパートに設けられた公団住宅の入居受け付けで常盤平団地の2DKを申し込み、幸運にも入居の資格を得ました。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 入居申込みの受付場所まで設定されてます。
 それでは、ご紹介しましょう
 ↓謙二郎と陽子です(もちろん、モデルですが)。
謙二郎と陽子です
↑残念ながら、こんな写真しか見つかりませんでした。

 さっそく、2人の新居を訪ねてみましょう。

2人の新居を訪ねてみましょう
↑「み」

 夕暮れでしょうか。
 停められたバイクが、良い味出してます。
 もう1度、言っておきますが、完全に実物大です。
 まさに、タイムスリップして、昭和30年代の団地に迷いこんだ気分になります。

 そう云えば、なぜわたしがこの施設を訪ねたか言ってませんでした。
 早い話、わたしは昔の団地が大好きなんです。
 こういうところで生まれ育ちたかったと、心から思います。
 実は、この『松戸市立博物館』を訪ねるのは、2度目なんです。
 最初に来たのは、10年以上前です。
 そのころは『Mikiko's Room』をやってなかったので……。
 写真も撮らず、文章も残してませんでした。

 最近では、古い団地の間取りをリフォームしたりするのが流行りのようです。
 リノベーションって云うんですか?
 ↓ワンルームのフローリングみたいな。
古い団地のリノベーション

 わたしは、ああいう部屋には、まったく魅力を感じません。
 団地サイズの畳(170cm×85cm)の、狭い和室が大好きなんです。

 実はこの『常盤平団地』、まだ立派な現役で……。
 常時、空き部屋の入居募集もなされてます。
現在の『常盤平団地』
↑現在の『常盤平団地』です。入居率はいいようです。都心に通うには、東京西部より、ずっと便利ですからね。

 ただ、空いてる部屋は、ほとんどが4階で……。
 たまに、3階があるくらい。
 1,2階の部屋は、まず空かないようです。
 普通のマンションと逆ですね。
 なぜかと云えば、エレベーターが無いからです。
 団地を出て行くのは、階段の上り下りが辛くなった方たちなんです。
 当然のごとく、3,4階に集中します。
 で、現在、URで入居者が募集されてる部屋は、間取りも表示されてます。
 この間取りが、わたしの理想なんです。
 ↓標準的な間取りは、こんな感じ。
『常盤平団地』標準的な間取り

 いいですよね。
 和室が2部屋。
 後は、ダイニングキッチンだけ。
 ちなみに、このダイニングキッチンという言葉は、和製英語です。
 ダイニングルーム(食堂)とキッチン(台所)をくっつけたもの。
 当初は、日本住宅公団の中でだけ使われた符丁だったそうです。

 さて、この部屋、どう使います?
 もちろん、1人暮らしです。
 わたしなら、ダイニングキッチンの左隣の和室を、居間にします。
 夕食の晩酌も、ここでします。
 もちろん、座卓です。
 冬は、こたつ。
こたつで晩酌
↑これこれ。

 テレビを、左の壁際に置きます。
 隣室との壁でしょうから、あまり大きな音は出せません。
 AV鑑賞は、ヘッドホンをしなければなりませんね。
 ま、晩酌時には見ませんからいいです。
 でも、歳を取って耳が遠くなったら、ついついボリュームを上げてしまうでしょう。
 こういう団地暮らしでは……。
 近隣の住人とトラブルになったら、一気に快適さが失われてしまいます。
 外部スピーカーを接続して、それをこたつの上に置けば良いですね。
 テレビの音声は消しておきます。

大きな手元スピーカー ANS-701
価格:5,490円(税込・送料込)




 なお、この和室で食事を摂るのは、夕食だけです。
 朝食は、ダイニングキッチンでいただきます。
 いちいち、和室まで運ぶのが面倒ですから。

 もう1室、床の間のある和室は、寝室に使います。
 もちろん、畳に布団を敷きます。
 歳を取ったら、上げ下ろしが大変?
上げ下ろしが大変

 いえいえ。
 上げ下ろしなんかしませんよ。
 万年床です。
なごむのー
↑なごむのー。

 わたしは、東京の和室のアパートにも住みましたが、常に万年床でした。
 上げるのは、母が上京するときだけでした。
 何を隠そう、現在の寝室も万年床です。
 いちおう、目隠しに古い枕屏風を立て回してます。
目隠しに古い枕屏風を立て回してます
↑わたしのとは形も置き方も違いますが、意図はこういうことです。

 母には、病人がいるようだと不評ですが、これは譲りません。
病人がいるようだと不評

 昼間、寝室を別の用途に使う必要があるのなら、布団を上げるのは当たり前。
 でも、純然たる寝室としてしか使わないのであれば……。
 布団を上げる必要はないのです。
 ベッドだって、早い話、万年床ですよ。

 あ、この部屋には、パソコンも置きます。
 場所は、浴室との境の壁前ですかね。
 問題は、机を入れるかですよね。
 入れるとしたら、畳が痛まないよう、小さい絨毯を敷かなきゃなりません。
ホットカーペット。これもアリですね。
↑こちらは、ホットカーペット。これもアリですね。

 でも、座卓にパソコンというのも、いいんじゃないでしょうか。
座卓にパソコン
↑これは、良さげですね。女性の部屋です。キーボードカバーがなんとも優雅です。

 腰に悪そうですけど。

 ちょっとまた話が脱線しました。
 ところで、この『常盤平団地』、入居するには、収入の条件があります。
 でも、勘違いしないでください。
 市営住宅のように、収入が少ない人しか入れないんじゃないんです。
 真逆です。
 一定の収入、もしくは貯蓄がなければなりません。
 こちらに現在の入居条件が書かれてます。

 簡単に云うと……。
 月収が家賃の4倍あるか、貯蓄額が家賃の100倍あるかのいずれかということになります。
 家賃が5万円とすると……。
 月収は、20万円以上。
 貯蓄額であれば、500万円ということです。
 困窮してる人は、とうてい入居できません。
 入居が始まった当初は、もっと条件が厳しく、家賃の5.5倍の月収が必要でした。
 なので、松戸市役所の若い職員では条件を満たせず、申し込みができなかったそうです。
 実際に入居した人たちは、東京都心部の大企業に勤務する人が大半だったとか。
 つまり、『常盤平団地』に入居できたのは……。
 エリートサラリーマンたちということでしょう。

 さて、博物館の展示に戻りましょう。

明かりが灯っている部屋が、謙二郎と陽子の部屋
↑「み」

 明かりが灯っている部屋が、謙二郎と陽子の愛の巣(恥ずかし)です。
 1階ですが、窓はかなり高い位置にあるので……。
 外を通る人から、部屋の中が見える心配はないでしょう。

1階の部屋でも、階段を少し上がります
↑「み」

 1階の部屋でも、階段を少し上がります。
 右の壁に設置されてるのは、集合ポストです。

謙二郎と陽子のお向かいさんです
↑「み」

 左側に部屋の扉がありますが、これは謙二郎と陽子のお向かいさんです。
 2人の部屋の扉は、これと向かい合った右側にあります。
 正面の扉には、南京錠が掛かってるようです。
 何でしょうね?

お邪魔します
↑「み」

 お邪魔します。
 手前にある枠のようなものは、この向こう進入禁止の展示柵です。
 和室にソファーを入れてますね。
 『常盤平団地』に入居した若い夫婦は……。
 洋風生活を積極的に取り入れようとしていた世代でしょう。
 実際、パン食の割合が非常に高かったそうです。
 後ほどの写真に、懐かしいトースターが映ってるかも知れません。

↑飛び出すパンに驚く猫。パンしか焼けませんが、やっぱりトースターは、このタイプが楽しいですね。

 左の黒電話が懐かしいですね。
 わが家でも、置き台にレースがかかってた気がします。
置き台にレース
↑「み」

いきなり、ベランダに出てしまいました
↑「み」

 いきなり、ベランダに出てしまいました。
 洗濯機前の柵は、もちろん侵入禁止用です。
 階を縦に貫く排水パイプまで再現されてます。

 実は、この部屋、ベランダからも出入りができるようになってるんです。
 もちろん、本物の住宅ではそんなことは出来ません。
 ベランダにアクセス口を設けたのは、見学時の流れを作るためだと思います。
 おそらくこの施設は、松戸市内の小学生が、社会科授業で見学に来るんじゃないでしょうか。
松戸市内の小学生が、社会科授業で見学に来る
↑やっぱり来てました。でも、『常盤平団地』内での写真がないのです。おそらく先生は、児童が展示物に触ったりしないかの監視に手一杯で、写真を撮ってる余裕がないんじゃないでしょうか。

 団体見学の場合、入口が玄関だけだったら、内部は大混雑になります。
 何人かずつに分けて入れなくてはなりません。
 ベランダから抜けられるようにすれば、見学順路が出来るわけです。

また部屋に戻って、冷蔵庫を撮ってます
↑「み」

 また部屋に戻って、冷蔵庫を撮ってます。
 おそらく、順不同に撮るだけ撮っておいて……。
 原稿を書くとき、部屋ごとにまとめて紹介するつもりだったのかも知れません。
 でも、原稿執筆にそんな余裕はありませんでした。
 自転車操業です。
 掲載直前に原稿を書く感じになってます。
 なので、写真を撮った順番にしかご紹介できません。
 ご了承下さい。

 なお、この冷蔵庫ですが、ある特徴があります。
 ↓わかりますか?
取っ手に、鍵穴があるんです
↑「み」。矢印のところです。

 取っ手に、鍵穴があるんです。
 つまり、鍵が掛けられるようになっているということ。
 子供のつまみ食い防止でしょうか?
 共稼ぎで、鍵っ子が少なくなかったでしょうから。
プロの鍵っ子
↑昭和40年ころ。プロの鍵っ子。

 あと、これは想像でしかありませんが……。
 金庫代わりに使ってた家庭があったのかも?
 でも、出かけるとき、いちいち冷蔵庫に鍵を掛けるってのも面倒ですよね。
 ま、習慣化なんでしょうけど。

 なお、現在の冷蔵庫ですが、もちろん鍵は付いてないと思います。
 ↓でも、外付けできる鍵が売られており、鍵の需要はあるようです。



 ご家族に認知症の方がおられる場合、冷蔵庫に鍵が必要になるのだとか。
 切ないですね。

ダイニングテーブル
↑「み」

 ダイニングテーブルです。
 このテーブル、わたしも見覚えがあります。
 “デコラ貼り”と云うようです。
 正式名称は、『メラミン化粧板』。
 “デコラ”は、住友ベークライトの商標です。
 長所としては、耐久性、特に耐摩耗性が高く、さまざまな色や柄があり、光沢を持った高級感ある仕上がり、伸縮や狂いが少ない、など。
 短所としては、経年による色褪せがおきやすく、接着端部から剥離して破損しやすいことなど。
 わたしが子供のころ、わが家のコタツ板は、この“デコラ”でした。
 裏と表で模様が違ってましたね。
 表は、普通の木目調。
 裏は、青緑色の大理石風。
 裏を使うのは、お正月中だけでした。
 青緑色の柄が出てるときは、特別な日というワクワク感がありましたね。

 ↓このテーブルで、特に記憶があるのは、筋が入った縁の金属部分です。
筋が入った縁の金属部分
↑「み」

 残念ながら、今は販売されてないようです。
 画像検索しても、まったくヒットしません。
 ↓唯一、ヤフオクで出品されてた、『メラミン化粧板』のコタツ板を発見。
『メラミン化粧板』のコタツ板

 ↓こちらが、木目調の表面です。
こちらが、木目調の表面で

 わが家にあったのより高級な感じです。
 ↓裏面は、かなり強烈な色彩になります。
裏面は、かなり強烈な色彩

 この裏面を、お正月に見てみたかった気もします。

中央にシンクがあるキッチンは、これが最初
↑「み」

 中央にシンクがあるシステムキッチンは、これが最初のようです。
 右がガス台、左が作業台になります。
 ポイントシステムと呼ばれたそうです。
ポイントシステム

 この形式は、当時の家政学の常識から外れたもので……。
 機能を疑問視する声も多かったとか。
 でも、同じ料理を、従来の形式の流しと作り比べてみると……。
 ポイントシステムの効率の良さが実証されたとか。
 それでも、『暮しの手帖』などでは、批判されたようです。
暮しの手帖
↑創刊は、1948(昭和23)年。

 ↓左端に、ジューサーが写ってます。
左端に、ジューサーが写ってます
↑「み」

 この家電は、すぐに使われなくなって仕舞われてしまう率ナンバーワンだったようです。
 わが家には、1度もあったことがありません。
 とにかく、使った後に綺麗に洗うのが大変だったみたいです。

システムキッチンを、別角度から撮ったもの
↑「み」

 システムキッチンを、別角度から撮ったもの。
 左側に、洗面台があります。
 わたしが不思議だったのは、この洗面台の位置です。
洗面台の位置
↑「み」。不思議だったので、アップで撮ってます。

 洗面台の脇に、横桟の入ったガラスの仕切りが見えます。
 ↓これは、玄関の外から室内を撮ったもの。
玄関の外から室内を撮ったもの
↑「み」

 左側に、横桟の入ったガラスの仕切りがありますね。
 つまり、この裏側に洗面台があるのです。
 お風呂は、玄関を入って右手、トイレの先の突き当たりです。
 ↓前に載せた間取り図に、色を塗ってみました。
間取り図に、色を塗ってみました
↑「み」。水色が洗面台です。

 この位置に洗面台があるのは、外から帰ってきた子供に手洗いを習慣づけたり……。
 母親が、歯磨きの様子を見守れるようにする目的があったようです。
 ある意味、合理的だと思いました。

お風呂です
↑「み」

 お風呂です。
 風呂桶は、小判型と呼ばれたもの。
 木製ですが、内釜が組みこまれたガス風呂です。
 排気の煙突も出てますね。
 当時は画期的なシステムだったのでしょうが……。
 浴室内で火を炊くのは、なんだか怖いですよね。
 わたしは、ガス風呂というのを、1度も体験したことが無いのです。
 物心ついたときから、電気温水器から給湯されるお風呂でした。

お風呂やトイレなどの水回りの変遷は、実に興味深い
↑「み」

 踏みこんで撮ってます。
 お風呂やトイレなどの水回りの変遷は、実に興味深いです。

異様にメカニックな構造
↑「み」

 異様にメカニカルな構造が剥き出しになってます。
 水がかかっても、大丈夫だったんですかね?
 裸のお尻があたってしまうこともあったのでは?
 熱くないんでしょうか?
 パイロットコックを開いてパイロットに点火し、本コックを開いてバーナーに点火する手順だったとか。
 さっぱりわかりません。

トイレです
↑「み」

 トイレです。
 建設最初から、洋式でした。
 ↓「常盤平団地入居の栞」より。
+++++++++++++++++++++++++++++++++
 洋式便器は、便器に背を向けてお坐り下さい。便座(蓋のようなかんじの額縁式のもの)は、大変壊れやすく、勢いよく降ろしますと、ヒビが入り、約三000円の損失となりますので、取扱いには十分御配慮下さい。
 水洗便所は、綿、新聞紙、吸殻等は絶対禁物です。もし、一戸で詰まらせますと、その階全部が詰まり、大工事となります。そして、その工事費は、直接その該当者が、該当者不明の時は、階段全員の共同負担ということになりますので、よくお気をつけて下さい。
+++++++++++++++++++++++++++++++++

 家賃は、5,350円だったそうですから、便座の蓋が3,000円というのは、超絶高価です。
 今なら、3万円くらいにあたるでしょう。

玄関の上がり框から、外を覗いたところ
↑「み」

 玄関の上がり框から、外を覗いたところ。
 左手が階段です(手すりがわずかに見えてます)。
 向かい側の扉は、お向かいさんですね。
 おそらく、反転した相似形の間取りなんだと思います。

外から玄関内を覗いたところ
↑「み」

 これは逆に、外から玄関内を覗いたところ。
 ドアの内側に付いてるのは、新聞受けですね。
 階下の集合ポストではなく、各戸まで届けてくれたんでしょうか?
 ひょっとしたら、それもサービス競争のひとつだったのかも知れませんね。
 「うちは、ドアの新聞受けまでお届けします」とか言って。

 入口の右手に、穴の空いたボックスが組みこまれてます。
 これは、牛乳箱だそうです。
 ↓お向かいさんの写真に、全貌が写ってました。
牛乳箱
↑「み」

 蓋を開けなくても、届いてるかどうか外から見えますね。
 でも、今だったら危ないですよね。
 毒でも入れられたら大変です。
 牛乳瓶の蓋は紙だったでしょうから、注射器なんか簡単に刺せます。
蓋を開ける道具のようです
↑蓋を開ける道具のようです。

玄関ドアが開いてるところ
↑「み」

 玄関ドアが開いてるところです。
 不思議なのは、その陰になってる、もう1枚の扉です。
 南京錠が掛かってますが、取っ手がチャチです。
南京錠が掛かってますが、取っ手がチャチ
↑「み」。ピンボケですみません。

 簡易的な扉に見えます。
 この扉の向こうは、左右の部屋のキッチンが向かい合ってるところです。
 ↓構造を想像出来る写真がありました。
左奥の炊飯器があるところ
↑「み」

 左奥の炊飯器があるところ。
 白い壁が突き出してます。
 お向かいの部屋のキッチンにも、同じ出っ張りがあるはず。
 つまり、出っ張りは、この写真で見える2倍の横幅があることになります。
 物置かと思いましたが……。
 奥行きは浅く、さほどの物が入るスペースとも思えません。
 それに物置なら、左右の居宅用に別々になってるはずでしょう。
 つまり、共同のものを仕舞っておく場所です。
 これで、ピンと来ました。
 きっと、玄関前や階段の清掃は、左右の家で持ち回りなんです。
 すなわち、そのための掃除道具を入れておく場所なんです。
 たぶん、「掃除当番」と書いた木札に、この掃除道具入れの鍵が付いてるんだと思います。
ごみステーションの当番札
↑これは、ごみステーションの当番札のようです。

 それを、向かい合わせでやり取りするんですね。
 自分の当番が終わったら、お向かいの新聞受けに、木札を入れるんじゃないですか。
 想像ですが、たぶん合ってるんじゃないかな。

玄関の下駄箱
↑「み」

 玄関の下駄箱です。
 けっこう入りそうですね。
 でも新潟では、この作りでは困ります。
 長靴が入らないからです。
 冬場、東京の大雪のニュースをテレビで見ると……。
 ほとんどの人が、革靴やスニーカーのまま歩いてます。
 もちろん、持ってないからでしょう。
 その大きな理由のひとつは……。
 玄関に、長靴を仕舞っておけるスペースがないためだと思います。
 でも、これからの時代、豪雨による冠水が頻発するようになると思います。
 長靴1足くらいは、用意しておくべきじゃないでしょうか。

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↑こんなのもあります。

奥の四畳半
↑「み」

 奥の四畳半です。
 ベビーベッドが置かれてます。
 謙二郎と陽子は、ベッドの隣に布団を敷いて寝たのでしょう。
 この狭さでは、万年床生活は不可能です。
 奥に見える机みたいなのは、ミシンですね。
奥に見える机みたいなのは、ミシンです
↑「み」

 実はわたし、四畳半の部屋がある家に住んだことが無いのです。
 狭くて落ち着きそうですよね。
 昨年見た『江戸東京たてもの園』の女中部屋には、二畳というのもありました。
昭島市にあった『西川家別邸』女中部屋
↑「み」。昭島市にあった『西川家別邸』。

 執筆したり、寝たりするには、最高の部屋だと思いました。
 内田百閒が建てた家は、三畳間が三間あるだけの家で……。
 百閒は、「三畳御殿」と称したそうです。
内田百閒「三畳御殿」

 集中して執筆するには、狭い方がぜったいいいです。

ミシンと鏡台
↑「み」

 同じ部屋を、別の角度から。
 ミシンの隣の鏡台が懐かしいです。
 子供のころ、母の化粧道具を勝手に使って、叱られたことを思い出します。
 ミシンの前のスツールですが、うちのもこういう背もたれが無いタイプです。
 ミシンは前屈みでかけるので、背もたれは要らないという発想なのでしょうか。
 このタイプのスツールは、踏み台にもなるし、けっこう便利です。

隣の六畳間
↑「み」

 これは隣の六畳間です。
 居間として使われてます。
 奥のテレビ画像は、嵌めこみではなく、ちゃんと映像が流れてます。
 当時の番組のようで、このあたりも凝ってますね。
 なお、このソファーですが……。
 子供が大きくなると、邪魔になる家具の筆頭だったそうです。
子供が大きくなると、邪魔になる家具の筆頭
↑拝借画像です。

 子供部屋を作らなければなりませんからね。
 奥の四畳半を子供部屋にすれば……。
 両親は、六畳で寝なければなりません。
 ソファーなんか置いておけなくなるわけです。
 捨てるのももったいないので、実家に送った人も多かったみたいです。

洗面台のいい写真がありました
↑「み」

 おー、こんなところに、洗面台のいい写真がありました。
 位置がよくわかりますね。
 左側が、扉の開いた玄関です。
 子供たちは、外から帰ったら、この洗面台で手を洗うよう躾けられたのでしょう。

キッチンからベランダを見たもの
↑「み」

 これは、キッチンからベランダを見たもの。
 ベランダは、この展示へのもうひとつの出入り口になってます。
 ベランダに面するのは、キッチンと六畳間。
 ↓ベランダの展示柵に囲まれたところに洗濯機があります。
ベランダの展示柵に囲まれたところに洗濯機
↑「み」

 ガラス戸を開けるだけで、キッチンから洗濯機にアクセスできるわけで……。
 家事動線的には、便利だったと思います。

ベランダの展示用出入り口から、ベランダ奥(六畳間方面)を見たもの
↑「み」

 これは、ベランダの展示用出入り口から、ベランダ奥(六畳間方面)を見たもの。
 左手にある灰色の柵は、本来のベランダ柵です。
 ベランダの突き当たりに扉がありますが、これは物置です。
 けっこう考えられてて便利です。
 でも、火事などでベランダから避難するときは、反対側にしか行けません。
 今のマンションで物置がベランダにないのは……。
 両側に逃げられるようにするためでしょうか?

ベランダの外から、六畳間を覗いたもの
↑「み」

 これは、ベランダの外から、六畳間を覗いたもの。
 実際の団地では、わたしが立ってるところは中空ですから……。
 この角度で覗かれることはありません。
 ガラスの枠が、なんだか脆弱ですね。
 地震があったら、たちまち割れそうです。
 日本の高度成長期が、ずっと右肩上がりで来れたのは……。
 大都市圏での地震が、その間に無かったことも大きな要因だと思います。
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