2008.7.13(日)
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自らの尿で、ショーツを濡らしてしまった。
思いもかけなかった失態に、美弥子は動転していた。
更に追い打ちをかけるように、そのショーツでトイレを溢れさせてしまった。
何も出来ず、壁際に立ち竦むだけだった。
その時突然、扉が叩かれたのだ。
そう言えばこの個室に入るとき、他の扉はすべて閉まっていた。
隣の個室にも、誰か居たのだ。
若い声なので、同じ学生だろう。
失態を、その人に知られてしまった。
しかも、扉を開けて中に入れろと言う。
美弥子の額に冷や汗が浮いた。
このまま立ち去って欲しいと願った。
しかし、扉は再び叩かれた。
「このままだと、トイレが水浸しになっちゃいますよ!
開けてくれないなら、人を呼んできます」
こんな状況の中で、扉の外に人が集まって来る……。
考えただけで恐ろしい事態だった。
溢れた水は、ヒールの踵を洗っている。
もはや、この人の助けを借りるほかは無いのだ。
「待って」
美弥子は、観念して扉の鍵を外した。
扉が細く開くと同時に、人が滑り込んできた。
その人は言葉もなく、美弥子の顔を見ることもなかった。
俯いたまま扉の鍵を後ろ手に閉めると、直ぐさま四つん這いになった。
何の躊躇いもなく、溢れる便器に腕を突っ込む。
美弥子はその背中を見下ろしながら、ただ立ち竦んでいた。
言葉を発することが出来なかった。
その人は、全裸だったのだ。
少女のような幼い体形をしていた。
白い肌に、背骨が浮いて見えた。
美弥子は呆然としながら、その背骨の列を数えていた。
短い格闘の末、その人の手によりショーツが奪還された。
水が、音を立てて引いてゆく。
助かった……。
その人はゆっくりと立ち上がった。
そして真っ直ぐに美弥子を見た。
その瞬間、美弥子は更に大きく目を見開いた。
知っている顔だった。
知っているどころか、同じクラスの学生だ。
一度も口を利いたことは無いが……。
確か、藤村由美と言ったはずだ。
可愛らしい顔をした、物静かな少女だった。
本来なら、助けてもらったお礼を言うべきなのだろう。
しかし、判らなかった。
なぜこの少女は、全裸でいるのか。
しかもなぜ、こんなにも真っ直ぐに、自分の目を見ていられるのか。
服を着ている自分の方がおかしいのではないか、一瞬そんなことを思わせるほど無垢な視線だった。
美弥子は、耐えきれずに視線を外した。
流れる視角の隅に、少女の下腹部がよぎった。
違和感を感じ、もう一度視線がそこに戻る。
少女の下腹部には、あるべき物が無かった。
性毛が無いのだ。
上から見下ろしているので、性器はほとんど見えない。
恥丘がぷっくりと膨らんだ、幼女のような下腹部だった。
目を逸らさなければと思ったのだが、美弥子の視線は、強い磁力に引きつけられたように、そこから離れなかった。
記憶の底で、泥が噴き上がっていた。
そこから何かが浮かび上がってくる。
深い湖の底を離れた廃船が、ゆっくりと浮揚してくる。
湖面に黒い影が揺らめいた。
そして突然、廃船は湖上に姿を現した。
押し殺していた記憶が、一瞬にして蘇った。
美弥子は後ずさった。
『帰ってきた……。
あの人が帰って来た……』
背中を壁に預け、美弥子は喘いだ。
息が苦しい。
「美弥子、さん……?」
少女が一歩踏み出す。
「ひっ」
美弥子の理性が吹き飛んだ。
「ごめんなさい!
ごめんなさい、先生。
許して……。
美弥子を許して」
美弥子は、蘇った記憶の中に、一瞬にして引きずり込まれていった。
★作者注)次回の25回から173回までは、美弥子の回想シーンとなります。今回の続きは、174回です。★
自らの尿で、ショーツを濡らしてしまった。
思いもかけなかった失態に、美弥子は動転していた。
更に追い打ちをかけるように、そのショーツでトイレを溢れさせてしまった。
何も出来ず、壁際に立ち竦むだけだった。
その時突然、扉が叩かれたのだ。
そう言えばこの個室に入るとき、他の扉はすべて閉まっていた。
隣の個室にも、誰か居たのだ。
若い声なので、同じ学生だろう。
失態を、その人に知られてしまった。
しかも、扉を開けて中に入れろと言う。
美弥子の額に冷や汗が浮いた。
このまま立ち去って欲しいと願った。
しかし、扉は再び叩かれた。
「このままだと、トイレが水浸しになっちゃいますよ!
開けてくれないなら、人を呼んできます」
こんな状況の中で、扉の外に人が集まって来る……。
考えただけで恐ろしい事態だった。
溢れた水は、ヒールの踵を洗っている。
もはや、この人の助けを借りるほかは無いのだ。
「待って」
美弥子は、観念して扉の鍵を外した。
扉が細く開くと同時に、人が滑り込んできた。
その人は言葉もなく、美弥子の顔を見ることもなかった。
俯いたまま扉の鍵を後ろ手に閉めると、直ぐさま四つん這いになった。
何の躊躇いもなく、溢れる便器に腕を突っ込む。
美弥子はその背中を見下ろしながら、ただ立ち竦んでいた。
言葉を発することが出来なかった。
その人は、全裸だったのだ。
少女のような幼い体形をしていた。
白い肌に、背骨が浮いて見えた。
美弥子は呆然としながら、その背骨の列を数えていた。
短い格闘の末、その人の手によりショーツが奪還された。
水が、音を立てて引いてゆく。
助かった……。
その人はゆっくりと立ち上がった。
そして真っ直ぐに美弥子を見た。
その瞬間、美弥子は更に大きく目を見開いた。
知っている顔だった。
知っているどころか、同じクラスの学生だ。
一度も口を利いたことは無いが……。
確か、藤村由美と言ったはずだ。
可愛らしい顔をした、物静かな少女だった。
本来なら、助けてもらったお礼を言うべきなのだろう。
しかし、判らなかった。
なぜこの少女は、全裸でいるのか。
しかもなぜ、こんなにも真っ直ぐに、自分の目を見ていられるのか。
服を着ている自分の方がおかしいのではないか、一瞬そんなことを思わせるほど無垢な視線だった。
美弥子は、耐えきれずに視線を外した。
流れる視角の隅に、少女の下腹部がよぎった。
違和感を感じ、もう一度視線がそこに戻る。
少女の下腹部には、あるべき物が無かった。
性毛が無いのだ。
上から見下ろしているので、性器はほとんど見えない。
恥丘がぷっくりと膨らんだ、幼女のような下腹部だった。
目を逸らさなければと思ったのだが、美弥子の視線は、強い磁力に引きつけられたように、そこから離れなかった。
記憶の底で、泥が噴き上がっていた。
そこから何かが浮かび上がってくる。
深い湖の底を離れた廃船が、ゆっくりと浮揚してくる。
湖面に黒い影が揺らめいた。
そして突然、廃船は湖上に姿を現した。
押し殺していた記憶が、一瞬にして蘇った。
美弥子は後ずさった。
『帰ってきた……。
あの人が帰って来た……』
背中を壁に預け、美弥子は喘いだ。
息が苦しい。
「美弥子、さん……?」
少女が一歩踏み出す。
「ひっ」
美弥子の理性が吹き飛んだ。
「ごめんなさい!
ごめんなさい、先生。
許して……。
美弥子を許して」
美弥子は、蘇った記憶の中に、一瞬にして引きずり込まれていった。
★作者注)次回の25回から173回までは、美弥子の回想シーンとなります。今回の続きは、174回です。★