Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #219
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#219



 志摩子の横に立つ道代は、表札を読もうとした。

「おど、る……」

 志摩子は、道代に続いた。

「くま……」

 二人は声を揃えた。

「あん」

 二人の一歩前に出、苫屋と、その表札を確認した秀男が受けた。

「踊る熊、で……あん、はおかしいですやろ」
「おどるくまあん……そないですなあ」

 と道代は、どちらにともなく、呟いた。
 志摩子が続ける。

「あん、は……いおり、とも読めるわなあ」

 秀男が振り向いた。志摩子に目を遣り問い掛ける。

「踊る熊のいおり、ですかいな、意味はまあ通りますけんど表札でおますさかいになあ、たてもん(建物)の名前としては……」
「おかしいわねえ」

 言った言葉を自ら否定する志摩子であった。
 道代がそっと声を掛けた。

「秀はん、その……メモ書きには……」

 書いてまへんのか、と道代が続ける前に、秀男が手のメモを道代に翳(かざ)し、答える。

「そこまでは書いてえへんなあ」
「そない……どすか」

 道代は、ぼんやりと呟いた。
 秀男が教師の口調になった。

「おどる、も、くま、も、訓読みやなあ」
「くん、よみ……」

 秀男は、正面から道代に向いた。

「せや、ほんで漢字にはも一つ、音読みゆうのんがある」
「おん、よみ……」
「せや、くんは訓練のくん、おんは音(おと)と書く」
「くんと……おん……」
「せや、お道はん、あんたの名前の道、やが」
「へえ……」
「みち、は訓読みや」
「くんで……みち」
「ふむ、で、音(おん)やと、どう、やな」
「どう……」
「せや、道は道路(どうろ)ともゆうやろ、そのどう、や」
「へえ……」

 畳み掛けられて道代は呆然となった。
 言われてみれば、で、道(みち)も道路(どうろ)も、これまで数え切れぬほど使ってきた言葉だ。
 しかし、言葉にこのようにきちんと決まりごとがあるとは……。今さらながらに道代は、無学文盲とまではいかないが、ろくに勉強、学問をしてこなかった我が身を顧みた。
 いまさら、ではあろうが、せめて秀男の教えてくれることは、少しでも記憶にとどめよう、と考える道代であった。幼い折の、志摩子の家出騒動の際、秀男に八坂神社の由来を教わった記憶が、鮮やかに道代に蘇った。

(そないゆうたら……)
(さっき、野宮〔ののみや〕はん〔野宮神社さん〕でも……)
(なんや、教わったなあ)
(えーと)
(なんやったか……)
(せや! だいさん!)
(代わりにお参り、の代参)
(ほれで)
(ほれで今度は……みち、と、どう)
(あれ?)
(ほな)
(ほな、うちの名前)
(道代は……えーと、どう、だい……とも読めるんか)
(どうだい……)

 知らぬ間に、道代は軽く笑んでいた。

(どうだい、どうだい……)

 言葉には出さず、幾度か繰り返す道代の夢想は、志摩子の言葉で破られた。

「ほな、秀はん」
「へい、姐さん」
「このたてもん(建物)の読み方……踊る熊のいおり、は訓やろか、音(おん)ですやろか」

 秀男は即答した。

「訓、ですなあ」
「ほな、音やと……」
「踊る、は、よう、ですなあ」
「よう……」
「姐さんらのやらはる、踊りですけんど、舞踊(ぶよう)とも云いますやろ」
「あ、へえ、ぶよう……」
「あの、舞踊のよう、ですなあ」
「ははあ、よう……」

 秀男は、今度は志摩子を教える教師になった。

「熊は……音では、ゆう、ですけんど……これはええ言葉、思いつきまへん、そのまんま覚えとくんなはれ」
「熊(くま)は、ゆう……うーん、忘れそやなあ」

 志摩子は、横の道代を見遣り、声を掛けた。

「よう覚えといてや、道」
「へえ!」

 打てば響く……秀男の言葉を一言も聞き漏らすまい、と身構えていた道代の返答は素早かった。

「なんや道、えらい気合入ってるやないの」
「へえ、姐さん」

 志摩子と道代は、軽く微笑み合った。女の街、祇園で長年、縺れ合う様に生きてきた志摩子、舞妓の小まめと、その付け人道代。その二人だけに通い合う一体感から生まれる笑みであったろうか。
 そこへ、秀男の教師然とした声が掛かる。

「ほな……さっきの、踊る熊のいおりは訓読みで……音(おん)やとどないなりますやろ」

 志摩子も道代も、一瞬言葉に詰まった。つい今しがた聞いた秀男の説明は既に霞の中である。記憶の糸を手繰り、文字を、言葉を手繰り寄せる二人であった。

「踊る、は……えーっと、舞踊の……よう、やったか」

 これは志摩子。
 秀男が答える。

「そないですなあ、姐さん」
「熊は……ゆう」

 覚えといてや、と我が主、志摩子に命じられた道代の答えであった。
 秀男が即答する。

「せやのう、お道はん、ほな、続けて読んだら?」

 期せずして、志摩子と道代は、声を合わせた。

「よう、ゆう……」

 最後の庵で迷う二人に、秀男が助け舟を出した。

「庵(いおり)は訓、音読みやと、あん」

 志摩子と道代は、改めて声を合わせた。

「よう、ゆう、あん!」

 秀男は、莞爾として笑った。利発な生徒に対する教師の笑みだった。

「そないですなあ姐さん、お道はん、お見事」

 志摩子が道代の肩に片腕を回し、軽く抱き寄せながら秀男に応じる。

「そらあ秀はん、あんだけ丁寧におせて(教えて)もろたら……なあ、道」

 道代は志摩子に肩を抱かれたまま、秀男の手前、少し身を固くして首肯した。

「ほんまに……」

 三人の間に、しばらく沈黙が下りた。
 志摩子、道代、そして秀男の三人は、目前にある荒屋(あばらや)を改めて見遣り、その表札の墨文字を頭の中で転がした。

 踊熊庵。
 音で、ようゆうあん。
 訓で読み下せば、熊の踊る庵(いおり)……。
 語の響きも、その意味するところも、いかにも異様であった。
 人里を遠く離れた、山の奥のそのまた奥。
 さらに地を離れた仙境、いや、地の底の更に底。
 人外の魔境か、妖(あやかし)の住居(すまい)か。
 果たして人の住むところか。
 打ち捨てられた無人の小屋ではないのか。
 もし住まうものがあれば、それは魑魅か魍魎か……。

 しかし、ここは嵯峨野、竹林の道の只中。
 古刹天龍寺のすぐ脇。
 さらに天龍寺のその向こうには京・嵐山の名勝、渡月橋。
 そして、聖地、野宮(ののみや)の社(やしろ)。
 国の鉄路、山陰本線の嵯峨駅も徒歩の範囲。
 そのような場所に果たして……。

 風が出た。
 葉擦れが起こる。
 竹が鳴った。
 竹が喚(おめ)いた。

(来たか)
(来て、しもうたか)




♪鴨の河原の水やせて
 咽ぶ瀬音に鐘の声
 枯れた柳に秋風が
 泣くよ今宵も夜もすがら
 祇園恋しや だらりの帯よ
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コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2017/10/31 07:59
    • ようゆうあん
       大阪語に「よういわんわ」があります。
       「あきれてものが言えない」の意ですが、他にも各種ニュアンスを含む、いかにも大阪、の語です。

       今回、小まめの志摩子のお座敷の場に設定しました「踊る熊のいおり」『踊熊庵』は、この「よういわんわ」をもじったものです……というのは後付け(おい)。
       遠藤周作センセ『狐狸庵』からの発想です。

       踊る『踊』が一文字目、二文字目は動物名に、で色々考えました。真っ先に思いついたのは猿“踊猿庵”でしたが、猿では「志摩子の恨み」の場としてはあまりに軽い。で、種々検討のうえ、熊にしました。

       問題は、秀男センセの国語の授業。
       生徒が生徒ですから懇切丁寧。ですが『熊』の音読みが「ゆう」を納得させるうまい手を思いつきませんでした。で、センセ曰く「そのまんま覚えとくんなはれ」。
       これでは教師失格ですね。

       書き上げた後、管理人さんから「『熊掌(ゆうしょう)』があるで」と教わりました。いわゆる『熊の手』、中華料理の材料ですね(なんでも食べる、は中華の極意)。
       しかし残念ながら後の祭り、で責任はすべて秀男センセに押し付けることになりました。

       それはともかく、次回、道代と志摩子はいよいよ妖の館、踊熊庵に踏み込むことになります。待ち受けるは魑魅か魍魎か(熊、ちゃうんかい)。
       次回を乞う!ご期待。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2017/10/31 19:55
    • 「よういわんわ」
       笠置シヅ子の『買い物ブギ』に出てきます。
       歌詞では、“わてほんまによういわんわ”と記載されますが……。
       耳には、“わてほんまによいわんわ”と聞こえます。

       『熊掌(ゆうしょう)』。
       文字どおり、熊の掌を煮こんだ料理です。
       わたしがこの語を記憶してたのは、左右の掌、どちらを食べるかというエピソードから。
       どっちがどっちだったか忘れましたが……。
       食べる方の掌は、蜂蜜を掬うのに使うので甘く……。
       逆に、食べない方の掌は、冬眠の間、お尻の穴を覆ってるから臭いんだそうです。
       もちろん、ヨタでしょうが。

       しかし、“踊熊”だと、熊が踊るんじゃなくて……。
       熊を踊らすになるのでは?

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2017/10/31 22:16
    • よいわんわ
       早口でしゃべると↑こうなります、よういわんわ。

      >熊を踊らす
       わてほんまによいわんわ。

       熊以外に、虎や狼も候補に挙がりましたが、これではあまりに“いかにも”ですね。
       特に狼だと“踊狼庵”で“ようろうあん”。下手したら“養老院”になっちゃいます。
       ♪わてほんまによいわんわ。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2017/11/01 07:26
    • 踊る動物
       やっぱり、狸でしょうか。
       「踊狸庵(ようりあん)」。
       なかなか趣があります。

       ↓熊では、マレーグマが面白いです。
      https://www.youtube.com/watch?v=KPJdrUhRRYc

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2017/11/01 09:21
    • 踊狸庵
       狐狸庵センセさえいなきゃあなあ、です。

      ♪つ つ 月夜だ
      みんな出て 来い来い来い


      マレーグマ
       『ベルクマンの規則(Bergmann’s rule)』「同類の低温動物の体は、寒い場所ほど大きい」の実例として、よく引き合いに出されます。

       ホッキョクグマ>ヒグマ>ツキノワグマ>マレーグマ

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2017/11/01 19:44
    • 違いがわかる男
       遠藤周作は、「白い人」で、1955(昭和30)年に芥川賞を受賞してます。
       狐狸庵先生ものは、1963(昭和38)年から書き始めたようです。
       志摩子たちの現在時間は、これより前でないの?
       「遠藤周作が名乗った『狐狸庵』は、この嵯峨野にある『踊狸庵』をもじったものと云われている」と書けばいいではないか。

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2017/11/01 23:07
    • 小まめ時間
       1950年代の初めころ、と考えています。

       ですから、狐狸庵先生ご登場よりずっと前になりますね。
       そういう意味では、“踊狸庵”を用いても、物語の内で「パクリや!」の謗りを受けることはないでしょう。
       そらそうです、小まめのころには『狐狸庵』は実在しなかったわけですから。

       問題は読者。
       今が今、『アイリス』をお読みになっている方は、『狐狸庵』も“踊狸庵”もご存知ということになるわけで、「あの野郎、臆面もなくパクリおって、工夫のない奴め」と思われてしまうではありませんか。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2017/11/02 07:39
    • 本編でしれっと書いておいて……
       コメントで謝っとけばいいんです。

    • ––––––
      9. ハーレクイン
    • 2017/11/02 08:53
    • 空(そら)っ惚(とぼ)ける
       「しらばっくれる」「白を切る」「知らん顔の半兵衛」。
       いろいろありますが、どうもしっくりきません。
       あ、「面従腹背」(違うって)。

       やはり、『熊』で行きます(もう掲載済みだって)。

    • ––––––
      10. ハーレクイン
    • 2017/11/02 17:23
    • 踊熊庵異聞 ←あゝしつこい。
       今日、読んだ小説の登場人物。
       物語内のハンドルネームが『古猿庵(こえんあん)』でした。げげ、ですね。
       まったくの脇役ですから……作者め、考えるのがめんどくさくってパクった、と見ました。
       人気あるなあ、狐狸庵センセ。

    • ––––––
      11. Mikiko
    • 2017/11/02 19:57
    • 古猿庵
       宮部みゆきでしょうか?

       わたしは最近、通勤の車中、スマホで『青空文庫』を読んでます。
       著作権の切れた作品だけなので、最近の作家は読めません。
       今、読んでるのは、江戸川乱歩。
       文章は少し古くさくなりましたが、十分面白いです。

    • ––––––
      12. ハーレクイン
    • 2017/11/02 21:17
    • その名はミヤベ 当たりです。
       『ペテロの葬列』ですね。
       1980年代ですから、もう40年ほど前になりますか。ペーパー商法で名を馳せた?豊田商事事件。
       これにねずみ講を絡めた架空の悪徳商法を題材に取った物語。『火車』の系列になりますか。いや、かなり違うか。

      青空文庫
       スマホで読めるんですか。
       マジに導入を考えてみるかな。

    • ––––––
      13. Mikiko
    • 2017/11/03 07:58
    • スマホ
       わたしは本体を、ヤフオクで買いました。
       10,800円(税込)。
       それに、データ通信だけ出来るSIMを入れて使ってます。
       料金は、月々、521円(税込)の固定です。

       スマホは、電車で読めることはもちろん、寝転がって読めるのも利点です。

    • ––––––
      14. ハーレクイン
    • 2017/11/03 10:15
    • >寝転がって……
       文庫本も寝転がって読めますが……パソやタブレットでは無理でしょうね。
       しかし、1万円もするのか……。携帯の本体はタダだったけどなあ。

    • ––––––
      15. Mikiko
    • 2017/11/03 12:01
    • タダより高いものはなし
       それは、月々の通信費で稼ぐシステムだったからです。

    • ––––––
      16. ハーレクイン
    • 2017/11/03 13:59
    • 高い通信費
       確かに、毎月1万円近くしてました。
       よく知らないまま、ホイホイと契約しちゃったもんなあ。もう、解約しましたが。
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