2017.8.1(火)
「は、む……」
恭子(のりこ)は、知らず声を漏らした。
いや、声ではなかった。
人の言の葉ではなかった。
皇女(ひめみこ)恭子は、声にならぬ声を漏らした。
それは喘ぎであった。
呻きであった。
恭子の女の肉が生まれて初めて漏らす、生々しい肉欲の証であった。
笹津由は膝立ちである。
その笹津由に向かい合う恭子の姿勢も自然、膝立ちになった。
互いに膝立ち、口と口を合わせる二人は、その両の腕(かいな)で相手の上体を抱え込んだ。
恭子は、左右の腕で笹津由の胸のあたりを抱え込む。その両の掌を、笹津由の剥き出しの背の中程にしっかりと当てた。
その恭子の両腕ごと、笹津由は同じく両の腕(かいな)で恭子の上体を包み込んだ。この上なく愛しいもの、珠かと思える皇女を、笹津由は優しく、強く、しっかりと抱きしめた。
四本の腕は絡み合う蛇(くちなわ)か。いや、互いが互いを縛する縄か……。
そも、くちなわ(蛇)は朽ち縄……。四匹の白き蛇は四筋の縄かと見え、恭子(のりこ)と笹津由、互いの上体を水も漏らさぬかに引き寄せた。そして……口。
密着し動かぬ上体を余所(よそ)に、四枚の唇は……。
いや、先ほどまで互いが互いを確かめるよう、触れ合い、往き交い、止まり、また動いていた唇は、今は動きを止めていた。二つの上体と同じく、離れてなるか、と密着していた。
二つの口、唇は開いていたがその開きは見ては取れない。見えぬ隙間を通り抜け、笹津由の肉塊、舌は恭子の口内深くに侵入していた。
「う、ふ」
恭子(のりこ)が再び呻いた。
先程は漏れた、知らず漏らしたという風情であったが、この呻きは心中の思いを吐露していた。恭子は、あふれる思いをたっぷりと乗せ、呻いた。
(なんと)
(なんと……)
(なんと心地よき)
(かように)
(かように心地よきものとは)
(かように、口吸いとは)
(かようにも心地よきものか)
(唇の)
(笹津由が唇の)
(なんと)
(なんと柔らかき)
(なんと滑らかに)
「お、ふう」
(加えて)
(舌……)
(笹津由が、舌)
(知らなんだ)
(知らなんだ)
(口吸いとは)
(このようなことまで)
(ただ)
(ただ唇を合わするだけであると)
(ただそれだけであると)
(思うていた)
(知らなんだ)
(誰も、教えてくれなんだ)
(笹津由も)
(教えてはくれなんだ)
「ぐ、ぶ」
(舌……)
(舌が……)
(舌が、我が口内を……)
(舌が、動く)
(舌が、撥ねる)
(舌が……)
(笹津由が舌)
(舌が、我が舌を……)
(おおおお)
「ぐ、ぶうう」
(いや)
(今、教えてくれておるのか)
(そうなのじゃな)
(ささ……)
(師よ)
(母よ)
(わが、垂乳根の……)
「むう、う」
(しかし)
(しかしこの心地よさは)
(これは)
(聞いて、わかるものではない)
(これは、言の葉にては分らぬ)
(口吸い成してみて)
(成してみて初めて分る事)
(そうじゃな)
(そうじゃな、母よ)
「う、ぶ」
(それにつけても)
(笹津由が舌)
(なんと)
(なんとよく)
(よく動くことよ)
(堪らぬ)
(変幻自在)
(さような言の葉ありしが)
(まさに……)
「ふうう」
(蹂躙)
(そのような言の葉も)
(まさに)
(まさに蹂躙……)
(それが)
(それがまた)
(その思いが更に心地よし)
(お)
(おお)
(垂るる……)
水も漏らさぬという風情に合わさる二つの口、四枚の唇。その狭間をすり抜け、一筋の無色透明な液が漏れ零れ出た。
その液は、透明ではあるが澄んではいない。細かな泡を無数に含んでいた。
その液は、無色ではあるが水ではない。粘性に富むその液は、軽く仰向く恭子(のりこ)の口元からゆったりと流れ下る。恭子の頬を、顎を、喉元を伝い降り、衿元から胸の内に吸い込まれて行った。
その液は……唾(つはき)。
恭子と笹津由と、二人の唾が溶け合い、混じり合い、一体となった……確(しか)と抱き合う二人を象徴するかのような、二人の絆の証であるかのような、液。絆の液はいつ絶えるとも知れず恭子の口元から漏れ零れ続けた。
笹津由が口を引こうとした。
敏(さと)くもその気配を感じた恭子は、離れてなるか、とその笹津由の動きを追った
憤(むずか)る嬰児をあやす様に、笹津由は恭子の背を片手で軽く数度叩いた。
笹津由の手の動きの意図は、確かに恭子に伝わった。
恭子の口は、それ以上は笹津由のそれを追わず、二人の口が少しく離れた。恭子の唇と笹津由の唇と、その間を繋いで唾(つはき)が糸を引いた。唾の糸は、二人を繋ぐ吊橋かと見えた。
唾の糸を拭いもせず、笹津由が恭子に囁いた。
「姫……」
「あい」
「どうじゃな」
「…………」
「おそらく初めてにて有られようが……」
「今の……口吸いに御座るな」
「ご存知に有られたか、口吸いなる言の葉」
「あい」
「左様か」
「いつ、どこにて聞き覚えしかは存ぜぬが……」
「さも、有らん」
「あい」
笹津由は、恭子(のりこ)の目を正面から捉えた。さらに問いを重ねる。
「では、姫よ……」
「あい」
「口吸いなる振る舞い、何のために為するものかは……如何に」
「なんの……ために……」
「左様」
「それは……」
絶句するしかない恭子であった
「ならば、姫よ」
「あい」
「どうであったかの」
「どう……」
「どのように感ぜられたか、ということじゃが」
恭子(のりこ)は目を上げた。先ほどの笹津由に習うよう、正面から笹津由を見返しながら即答した。
「気持ち良きに御座りました」
「気持ち良ろしき、と」
「あい」
「ふむ」
笹津由は、軽く首を振った。縦に、である。笹津由は、弟子の応(いら)えに満足する師の如く、頷(うなず)いた。
恭子は、間をおかずに問い返した。
「師よ」
「何かの」
「師も……お気持ちお良ろしきにあられましたか」
「無論」
こちらも即答する笹津由であった。
恭子は重ねて問い掛ける。
「師よ」
「おう」
「ならば師よ。口吸いとは、何のために為するものにありましょうや」
さきほどの笹津由の問い掛けを、そのまま投げ返す恭子(のりこ)であった。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2017/08/01 08:58
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>教えてくれなんだ
『口吸い』を教えてくれなかったという、皇女恭子の慨嘆と云いますか、恨み言と申しましょうか……。
まあこれは、現在?の恭子の年齢(今の中学生くらい、のつもりです)から云いますと微妙なところです。
当時の慣例?から言いますとそろそろ……ともいえるのでしょうか。既に『月のもの』は見ている恭子でありますし……。
ということでございまして、その恭子の恨みを埋め合わせますかのような、笹津由センセの実践的性教育講座。いよいよ本格的に始まりました。
くどいようでがまずは定番『口吸い』です。
接吻、キス(英)、ベーゼ(仏)、キュッセン(独)……各言語、必ずこの語はありますようで、人類に普遍的な愛の戯れ、なのでしょう。
無論、『性教育』ということになりますと、接吻だけで済むものではありません。何回を費やすことかわかりませんが「行くとこまで行く」恭子と笹津由。エロシーン満載の『アイリスの匣』平安京編。
次回、乞う!ご期待。
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2. Mikiko- 2017/08/01 20:01
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口吸い
欧米では、挨拶代わりにキスをしたりします。
でも日本の口吸いは、完全に性行為だったようです。
なので、往来でキスをするなんてことは、絶対にあり得ません。
往来で犬が番ってるようなものですから。
星新一のショートショートに、キスを扱った秀逸なものがありました。
『親善キッス』。
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3. ハーレクイン- 2017/08/01 21:43
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往来でキス
やはり、肉食系のなせる業でしょうか。
男どうしでもやるそうですが、これは抱き合って頬ずり程度。
しかし、旧ロシアでは男どうしでも口を合わせあったとか。たまりませんな。
『親善キッス』
星新一はほとんどを読んでるはずなんですが、これは記憶にありません。ま、あれだけの数ですから……。
そういえば、星新一『ショートショート1000』なんてのがあったはずです。
さらにそういえば古いところで、ダニー飯田とパラダイスキング『電話でキッス』なんてのがありました。↓歌詞の一部、
♪電話じゃものたりない
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4. Mikiko- 2017/08/02 07:24
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路上キス現場
わたしは、1度だけ見たことがあります。
↓顛末は、『単独旅行記Ⅲ(24)』で書きました。
https://mikikosroom.com/archives/8160187.html
電話で物足りたら、変態です。
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5. ハーレクイン- 2017/08/02 14:39
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路上まぐわい
を、みたことあります。
犬の、ですが。
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6. Mikiko- 2017/08/02 19:41
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ムリに引き離そうとすると……
悲痛な声で鳴くそうです。
バケツで水をかけましょう。
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7. ハーレクイン- 2017/08/02 21:35
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近所のおっちゃんらは……
尻尾を引っ張ったりしてました。
周りはまさに黒山の人だかり。おっちゃんおばちゃん、ガキどもが円陣を組んで見守ってました。
無論わたしもその輪の中に……。