2017.5.23(火)
廊下に立つ恭子(のりこ)は屋外の春の陽射しの中にいる。
その陽射しを御簾により遮られる屋内は薄暗い。
御簾の隙間から、兵部の室内を覗き込んだ恭子の目には、しばらくの間、内部の様子がよくは見て取れなかった。恭子はもどかしげに幾度か瞬きをするが、暗さに慣れぬ目はどうなるものでもない。恭子は耳の感覚に集中した。
室内から漏れ聞こえる衣擦れは幾度か途切れながら、変わらず続いている。その音に、時折笹津由(ささつゆ)が兵部(ひょうぶ)に掛ける声が重なる。
恭子の耳は更に研ぎ澄まされた。
「これ、兵部殿」
笹津由の語調が少し変化したように、恭子には思えた。恭子には、時に厳しく聞こえる笹津由の声。苛烈とまでは言えないが、ときに羽目を外しがちな恭子を窘(たしな)め、躾ける。それが役目の笹津由であれば当然のことなのであろうが、このような柔らかい声音は、恭子には珍しく思える事であった。
(笹津由は……)
(笹津由は、兵部さまには)
(かように優しいのであろうか)
(兵部、さま……)
恭子(のりこ)は、思いがけない心の揺らぎを覚え、どことなく落ち着かない思いになった。その揺らぎは、心がざわつく様な心地は妬み、であったろうか。恭子にはまだ言葉にはできないが、その心の揺らぎは嫉妬、としか言い表しようのない感情であった。恭子が、これまでついぞ覚えたことのない、嫌な感覚であった。しかし、その妬みの感情が笹津由に対してのものか、それとも兵部に対してのものなのか……。妬み、などというものを初めて感じた恭子に、その対象の判別がつくはずも無かった。
(いったい何を……)
二人はしておるのか。
知りたさに恭子は、一心に目を凝らした。次第に室内の薄暗がりに慣れて来た恭子の目は、ようやく二人の振る舞いが見分けられるようになった。
(あ……)
笹津由は、恭子(のりこ)に左の半身を向けていた。
兵部は、右の半身を恭子に向けていた。
二人は、恭子に横顔を見せ、互いの顔を向け合っていた。
(お話し中であるか……いや)
恭子は目を見開いた。より光を求めて、ということではない。ようやく判別がかなった二人の、その身繕い、振る舞いの異様さに打たれての事であった。
兵部は全裸であった。一糸も纏わぬ身で胡坐座り、笹津由に向き合っている。
笹津由は袿(うちぎ)一重(かさ)ね。袴は着けておらず、袿の前をしどけなく開け、やはり兵部に向き合っていた。
昼の最中(さなか)にもかかわらず、室内には夜具が延べてあった。上掛けは無く、敷き栲(しきたえ;敷布団)のみ。
兵部と笹津由は昼の日中、延べた夜具の上に座し、全裸と半裸という乱れた姿で向かい合っていた。
(何を……されて……)
おられるのかと、心中、小首を傾(かし)げる恭子(のりこ)の目が更に薄闇に慣れたか。恭子は見て取った。
兵部はその右腕を直(す)ぐに前方、笹津由の開(はだ)けた胸の辺りに伸ばしていた。
笹津由の左右の手が上がる。我が胸前の兵部の手を両手で包み込み、そのまま両手を乳に当てた。むろん、我が乳房である。
笹津由の両手に捉えられた兵部の手は、その笹津由の乳房に宛がわれた。兵部のその手は自然に開き、五本の指はしっかりと乳房を掴んだ。その兵部の手の動きは、笹津由とのこのような戯れが昨日今日始まったものではないことを如実に表していた。
笹津由は、我が乳房と、兵部の片手をすべて両手に包み込んだ。その笹津由の口が軽く開き、吐息交じりの声を微かに漏らした。
「あ……」
「ささ、つゆ……」
兵部が声を上げた。笹津由のそれよりもさらに微かな声であったが、恭子(のりこ)の耳ははっきりとその声を捉えた。恭子が初めて耳にする、兵部の肉が上げる声であった。
笹津由の腰が上がり、膝立ちの姿勢になった。
その動きに引かれ、兵部の腰も上がる。
共に膝立ちとなった二人の上体が自然に近寄る。
兵部と笹津由。年若き殿上人とその乳母(めのと)は、しっかりと抱き合った。
兵部は、まだか細い両腕を笹津由の腰に回す。
笹津由は大きく両腕を広げ、兵部の上体を包み込むように掻き抱いた。
兵部の顔は、笹津由の豊かな両の胸乳の、その谷間(たにあい)にすぽりと収まった。
笹津由が声を漏らす。
「おおっ」
兵部の顔は、柔らかくふくよかな乳房の山肌を、丹念になぞりながら這い上がる。いや、舐め上がる。
笹津由は両手で兵部の後頭部を抱え込み、その登頂をさりげなく導く。登頂の道筋は麓から頂上へ。
登る者と導く者。その呼吸は寸分も違うことなく、見事に合っていた。
「おおおっ」
兵部は登り切った。来し方を振り返れば、山肌にはくっきりと足跡が残っている。兵部の唾液が描いた山道であった。
山肌の収斂するところ。乳房の頂上には、更に乳首が屹立していた。兵部にとっては、記憶の生じ始める更にその以前から、数限りない回数を口に当てた乳首である。上下の唇で吸い付いた乳首である。いつのころからか、舌をも這わせる習いになった乳首である。
懐かしいというも愚かな、我が身の肉ともいえる笹津由の乳首であった。兵部にとっては文字通り、垂乳根の乳首であった。
「おほおおおっ」
だが、今が今、兵部が笹津由の乳首に今更のように吸い付くのは、無論乳を求めての事ではない。腹を満たすためではない。肉の欲に駆られての事であった。
兵部は吸った。吸い付いた。吸い上げた。舐めた。舐め回した。舌の先から根元まで、その裏までを乳首に押し当て、這わせ、擦り立てた。兵部は、出ぬ乳を絞り出さんとする嬰児であった。苛立たしさに歯噛みする幼子であった。兵部は歯を当てた。上下の歯を乳首に当てた。噛んだ。噛み付いた。噛む、噛む、噛む……。これでもか、これでもか、これでもか。
それでも乳は出ない。出ようはずもない。出ぬ乳に業を煮やした兵部は、自らの唾液を代わりに吐いた。笹津由の乳首は、乳の代わりに唾液に塗れた。溢れる唾液は笹津由の乳房を、頂上から麓へ滴り落ちた。吹き出す唾液は、兵部の口元から零れ、その顎先からやはり滴り落ちた。
兵部は、噛み切る勢いで乳首を噛んだ。
「ひいいいいいいいいい」
仰け反り天を仰ぐ笹津由。その口からは歓喜の歔欷が吹き上がった。いや、それは悲鳴であった。
笹津由は、抱え込んだ兵部の後頭部を、さらに自らの乳房に押し当てた。乳の代わりに乳首そのものを与えよう。そのように見える笹津由の動きであった。
笹津由の両肩を、かろうじて纏っていた袿(うちぎ)が滑り落ちた。腰には細紐の一本すらない。袿は、笹津由が両膝で踏みしめている敷き栲(しきたえ;敷布団)の上に落ちた。笹津由は、兵部と同じく全裸になった。
全裸の二人は、さらに狂おしく互いの上体を抱きしめ合った。
(ほんに、二人は何を……)
まさか乳を飲み、飲ませているわけもなし。笹津由はもう乳など出まい。
恭子(のりこ)はそんなことをぼんやりと考えた。琴を始め、習いごとの多くを毛嫌いする恭子であるが、そのような事はよく承知していた。
我が身の事、我が体の事、我(われ)が女であり兵部は男であること、男の体の事、そして笹津由は我と同じく女であること……。そういうことはよくはわからないながらも何となく承知している恭子であった。
しかし男女の事、肉の事、肉の交わりの事。この世にはなぜ女と男がいるのか、なぜそれ以外はおらぬのか、いや、ひょっとしておるのか。なぜ我(われ)が女であり、笹津由が女であり、兵部が男であるのか……そういうことはよくわかっていない恭子であった。だが恭子は既に暦とした女であった。すでに月のものは見ていた。
女、恭子。
恭子の女の体は、兵部と笹津由の今の振る舞いを垣間見、笹津由の歔欷の声を耳にし、自然に反応した。
コメント一覧
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1. ど素人作家HQ- 2017/05/23 10:07
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斎王恭子(のりこ)
まあ、この時点ではまだ選定されてませんが。
で、恭子の恋人(この時点ではただの幼馴染ですが)兵部、北の兵部卿宮と、その乳母(めのと)笹津由とのまぐわいシーンが始まりました。まだ今回は、軽いペッティング程度です。
で、その二人の様子を覗き見る恭子。
ようやくキャラが定まってきました。一言で言いますと「おちゃっぴい(おませな小娘;広辞苑)でしょうか。
が、まだ男女の事には疎いようでして、今回の経験でその素質が一気に開花することになります。楽しみですね。
ここでお詫びです。
今回の後ろの方に、二か所の横点線で仕切られた部分が20数行あります。いったい何事じゃい、と申しますと登場人物の「視点」の問題なんですね。
「誰の目から見たシーンなのか」ということで、これは「一つの章や節(この場合は連載1回分)は、誰か一人の登場人物の視点で書かれねばならない」「一つの章の中で視点を変えてはならない」という、小説作法の一つなんですね。
わたしはこの『エロマンス』を書き始める前はそんなことは全く知りませんでした。で、このMikiko’s Roomに出入りするようになって、管理人さんに教わったわけです。
この「視点」問題。
これまでは違反を犯さないよう注意してきたわけですが(以前にやらかしてたかもしれませんが)今回の違反は明白。
具体的には、今回の「視点」の主は恭子です。ところが”問題の20数行”の視点が兵部になっちゃってます。
この点を管理人さんに指摘されまして、「この部分を恭子の視点で描き直そう」としたんですが、うまくいきませんでした。で、しょうことなしの“点線挟み”になったという次第です。
まことに無様な仕儀、申し訳ございません。
今後は細心の注意を払って書かせていただきます『アイリスの匣』。変わらぬご愛顧を賜りますよう、お願い申し上げます。
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2. Mikiko- 2017/05/23 19:41
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視点の主の件
わたしも、『由美美弥』を書き始めるまでは、まったく知らないことでした。
その辺りの経緯は、『わたしがエロ小説を書き始めたわけ(https://mikikosroom.com/archives/2697991.html)』に記しました。
これから小説を書こうという方には参考になるかと思います。
視点問題は、「ルールだから守らなきゃならない」ということではありません。
「好きなように書いたっていいじゃねーか」という方には、何の制約もありません。
ただ、視点を固定すると、格段に読みやすくなるんです。
視点がころころ変われば、読む方も疲れてしまいます。
感情移入もしにくい。
途中で投げ出される可能性が高くなる。
つまり、視点の主をはっきりと意識して固定した方が、読んでもらえる確率が高くなるわけです。
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3. 健康のためHQ- 2017/05/23 20:39
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↑書き過ぎに注意しましょう
視点の固定
今回の件で云いますと(もう、ええって)恭子が覗き見した映像?を、そのまま素直に書けばよかったんだよなあ。
それを「ちょっとでも細かいとこまで書きたい」が先走って、恭子の目には映らないはずの(兵部じゃないと見えないはずの)とこまで書いてしまったんですね。で、さらに調子に乗って兵部の内心の思いまで書いちゃった、と(んなもん、恭子にわかるはずなかろうがよ)。
しかし、そんなことより(おい)問題は、ついつい始めてしまったこの斎王エロ話、早く切り上げたいんですよね。
それはなぜかと尋ねたら(誰のギャグだっけ)資料調べが大変なんですよ。当時(平安期のつもり)の服装とか、習俗とか、慣習とか、建物の様子とか、それに言葉遣いとか。たんびに調べるわけですが、なかなか厄介です。ようわからんことが多いし。これが大作家先生なんかだと、担当編集者が資料を集めたり調べたりしてくれるわけで、なんとかカッコつくんですが……。
ということでございまして、可及的速やかに(これ、一時流行ったよなあ、今の「忖度」みたいに……)小まめ話に戻りたいと思います(聞き飽きたわ)。
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4. Mikiko- 2017/05/24 07:33
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それは何かと尋ねたら……
『笑点』の大喜利です。
「××のようで、××でない」
ベンベン!
「それは何かと尋ねたら……」
忖度。
ほんとに、耳障りです。
特に蓮舫が言うと、耳障り度が3割方アップします。
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5. あやめのようでHQ- 2017/05/24 10:28
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↑あやめでない
菖蒲のようで菖蒲でない
それは何かとたずねたら
ベンベン由来
Wikiによりますと……、
「上方落語『豊竹屋』作中に『○○のようで○○でない……それは何かとたずねたら』という掛け合いがあり、これが独立して大喜利などで使われるようになった」だそうです。
曰く、
「ミカンのようでミカンでない、ダイダイのようでダイダイでない、それは何かとたずねたら」
「キンカン、キンカン」
党首蓮舫
人気急降下のようです。
やはり見栄えだけではアカン、ということでしょうか。
都知事はどうなんでしょうね(失礼ですが、見栄えがいい、というわけではありません)。
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6. Mikiko- 2017/05/24 19:46
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都議会議員選挙
7月2日です。
楽しみですね。
民進党は、議席ゼロの可能性もあるとか。
すでに、野田幹事長が責任を取って辞めることが既定路線だそうです。
開票速報、衛星放送でやってほしいです。
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7. 解散総選挙HQ- 2017/05/24 22:03
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↑は、いつかな
好きだね、選挙
そんな他国の議員選挙に、そこまで入れ込めるもんかね。
こちらでは、やはり統一外で兵庫の尼崎市であるようです。来月だったかな。