Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #186
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#186



 俯いた道代に一瞬目をとめた志摩子は、すぐにその視線を外した。道代の頭越しに秀男を見遣り、話の続きを促す。

「ほんで秀はん」
「へい」
「いよいよ出発かいね、斎王はん」
「へい。ちょと繰り返しになりますけんど……宮中で一年、野宮(ののみや)で一年……およそ二年ですなあ。都での精進潔斎を終えはった斎王はんは、今言いましたように天皇さんにご挨拶しやはって、天皇さんの別れの言葉ゆうか、戒めゆうか……。いやあ、儂、思うんでっけど。やっぱし、励ましの言葉やったんちゃいますやろかなあ……『都のかたにおもむきたまふな』」
「ふん」
「まあ、決まり言葉ゆうことになりますやろか。その言葉を受けはって……ほんで、御所を、都を発たはるわけですなあ、斎王はん」
「ふん」
「お、せやせや。忘れとりました」
「もう、なんやのん、秀はん」

 志摩子の体が少し緩んだように見えた。知らぬうちに肩に力が入っていたものだろうか。

「すんまへん。まあ、そない大したことでもないんでっけど」
「まあ、よろし。ほんで? なに、忘れてはったん、秀はん」
「へい。さっきの、別れの言葉言わはる時にですなあ、天皇さん」
「ふんふん」
「用意しといた櫛をですなあ」
「秀はん。くし、て……あの、髪に挿す……」

 髪に挿している櫛に気が行ったのだろうか、志摩子の右手が上がりかけた。

「そないです。姐さんも今、かいらし(可愛らしい)櫛、挿してはりますわなあ」
「……」

 上がりかけた志摩子の手は、櫛に触れることなくゆっくりと下がる。元通り自分の太腿の上に降りた。待っていた左手と軽く組み合わさる。志摩子は、改めて秀男の話に耳を傾けた。その顔は、俯く道代とは逆に、軽く仰向いていた。
 志摩子は天を、道代は地を見詰める。二人の姿勢は逆でありながら、同じようにも見えた。二人とも、一心に秀男の言葉に耳を傾けている。それが二人の姿勢を同じように見せているのだろうか。
 秀男が言葉を継いだ。

「天皇さんはその櫛をですなあ、ご自分の前に、向かい合(お)うて座ってはる斎王はんの前髪に……挿してあげはるわけです。『都のかたに……』て告げはりながら、ですなあ。これ、別れの御櫛(おぐし)、云わはるそうです」

 道代はもちろん、志摩子も声が出ない。
 髪は女の命と云う。その髪を飾る櫛もまた、女にとって命に等しいものなのだろう。その櫛を訣別のしるしに……。

 女として生きよ、ということなのか。それとも、今を限りに女を捨てよという意味なのか。あるいは神のしもべとして、神と人をつなぐものとして忠節を尽くせ、なのであろうか。
 そのいずれであるかの言葉はむろん天皇にはなく、また斎王から問いかけることもなかった……。

 俯き続ける道代は、そんなことを心中で考えた。もちろん、そのようにまとまりのある言葉で考えたわけではなかった。とりとめもなく斎王に思いを馳せる道代に、秀雄の言葉が聞こえた。

「で、いよいよご出立ですわ。斎王はん御一行は九月九日の夜。夜の八時に御所を出やはりました」
「九月九日……。重陽の……菊のお節句ですなあ」

 道代が呟いた。
 道代の呟きは無論問いかけではなかったが、志摩子が道代に応えるように声を上げた。

「おーや、道。ちょとは元気になったかいね」
「あ、へえ……」

 二人の短いやり取りに加わるように、秀雄が説明を続けた。

「九月、ゆうてもむろん旧暦でっさかい、今でゆうと……十月の中頃、になりますなあ」
「秋も半ば、ゆうとこやね。しやけど秀はん。九月九日午後八時、て……そこまできっちり決まっとったんかいね、ご出立の日時」

と、これは志摩子。秀男が応じる。

「そうですわ。なんでか言いますと、斎王はんが伊勢にご到着にならはる日ぃは、お伊勢さんの都合できちんと決まっとったんです。
 先に言うて〔し〕まいますと九月の十五日。この日ぃに、伊勢神宮はんでは大事な祭礼が執り行われます。一年でいっちゃん大事、ゆうてもええ祭礼です。実は、斎王はんの初仕事は、この祭礼を祭祀しやはることなんですな。
 しやから、それに間に合うように逆算して、斎王群行……ほれ、斎王はんのいわば道中行列。これの細かい段取りが組まれてます。後で言いますけんど、途中の旅の日程もみんなきちんと決まっとるんです。
 で、さかのぼって、ご出立の日は必ず九月の九日、ゆうことになるんですなあ」

 秀男の長い説明はわかりやすかった。が、道代と志摩子にとっては初めて聞く、しかも目の眩むような複雑な話である。息を殺し、全身を耳にして聞き入る二人であった。
 志摩子はややあって、秀雄への質問とも、ただの感慨ともつかぬ声を上げた。それは自分も、秀雄の話にも一呼吸置こうというように、話題を少し逸らしたものだった。

「秋十月ゆうたら……お月さんのきれえな頃やわねえ。なあ秀はん、斎王はんのご出立をお月さんが見送ってくれたらよろしやろねえ。ほれがもし満月やったら斎王はん、励まされるように思わはるんやないやろかねえ」
「そうですなあ。九日(ここのか)の月、云いますと……。
 半月(はんげつ)。上弦の月とも弓張り月とも云いますが、この半月がもちょっと膨らんだ頃の月が九日の月になりますなあ。これが夜八時となりますと、ちょうど中天高く、ゆう感じで南の空にかかっとります。が、残念ながら満月ゆうことはおまへんなあ」
「あれ、ほれは残念なことねえ……。しやけど秀はん。あんたそないなこと、よう知ったはるねえ。うちら月ゆうたら、満月と三日月くらいしか知らんわ」

 秀男は、真っ正面から飛び込んでくるような志摩子の称賛に、この男には似合わぬ、少し恥じらうような、少年のような笑みを見せた。軽く咳ばらいをし、話を続ける。

「で、御所を出やはった斎王はんは、ゆうか斎王群行は、まず山科(やましな)を目指さはります」

 道代が遠慮がちに秀男に問いかけた。

「秀はん。山科て……もう京都の外れあたりやなかったですやろか」
「お、よう知っとるのう、お道はん。せや。京都と、その向こうの近江との、国境(くにざかい)みたいなとこやなあ。有名な逢坂(おうさか)の関が近くにあった。このあたりから山越えで、越えた向こうが近江やな」

 志摩子が割って入った。

「もちろん、歩いて……やないわねえ」
「むろんです。斎王はんは立派な輿、そうかれん(葱華輦)云いますけど、これに乗らはって、その輿を屈強な男が何人もで担いで……屈強、ゆうても、そこらの人足みたいな恰好ちゃいます。きちんと御所内での装束、身に着けはって、です。
 そのほかにも大勢の、宮中で働く……おとこし(男衆)はん、おなごし(女子衆)はん、女官はん、警護の衛士はん……。みいんなきちんと正装しやはって……さあ、百人か二百人か、ほれ以上の人数か。
 ほとんどのお方らは歩きですけど、斎王はん付きの……斎王はんといっしょに伊勢にお仕えする女官はんらは輿ですわ。牛車のお方もいやはります。衛士はんのうち、えらいさんは馬ですなあ。荷物を運ぶようけ(沢山)の馬。馬の世話をする者……」

 道代と志摩子は、いつか手を握り合っていた。胸躍る芝居見物をしているような、そんな心持になっている二人であった。演し物は、生き生きと斎王群行の様を語る秀男の講釈……。

「山科過ぎんのは、もう夜中。日ぃ変わっとったかもしれまへん。で、近江に入り、琵琶湖を左に見て、その縁(ふち)をぐるっと回って瀬田ですわ」
「せた……」

 道代と志摩子は同時に呟いた。

「ご存知おまへんか。琵琶湖から流れ出る瀬田川。瀬田川はずうっと南へ流れて、途中淀川と名ぁ変えて、大阪湾に注ぎます。
 この瀬田川を渡る橋が、近江八景の一つ、有名な瀬田の唐橋(からはし)ですなあ。渡りながら左手に琵琶湖がよう見えます。この瀬田で一日目が終わります」

 道代と志摩子は、ほっと息をついた。長い道中がひと段落し、ようやく休める。斎王群行の人々の気持ちになったような、そんな気のする二人だったろうか。
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コメント一覧
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    • ––––––
      1. 有明の月ハーレクイン
    • 2017/03/14 11:29
    • >「もう、なんやのん、秀はん」
      >志摩子の体が少し緩んだように見えた

       ここは“志摩子はずっこけた”と書きたかったんですが、そうも参りません。読者諸兄姉に置かれましては“ ”に読み替えてお読みください(変な日本語)。


      >「……九月九日午後八時、て……そこまできっちり決まっとったんかいね、ご出立の日時」

       再び志摩子のセリフです。
       実は、今回の斎王話を書くに当たりまして、わたしなりに調べてみましたところ(大した調査でもありません)斎王出立日時はそんなに厳密なものでもなかったようです。
       が、まあ、9月9日の場合もあったようです。で、道代も言ってますように当日は重陽の節句。これはピッタリやんけ(何がや)ということで……。


       あ、しもた(しまった)。
       今、読み返していまして間違いに気づきました(またかい)。
       伊勢神宮の祭礼。
       新斎王の初仕事になる祭礼(名称は次回)の日を「九月の十七日」と書いちゃいました。正しくは9月15日~17日の三日間なんですね。
       管理人さん。お手数ですが以下のように訂正お願いします。

       表示画面の本文70行目

       九月十七日 → 九月十五日


       それにしても“物知り秀男”。高砂やら斎王やらまあよう知ってることです。ただの置屋の下働き、秀男。どこでこんな知識を仕入れたのかと云いますと、もちろん作者がしゃべらせてるんですね。で、作者はネットとテレビが頼り、と。

       あ、ついでですからもう一講釈。
       今回ラストに出てきます近江の『瀬田川』。
       琵琶湖から流れ出て大阪湾に注ぐ、と云いますのは書きました通りですが実は、あの巨大な琵琶湖の流出河川は、この瀬田川一本だけなんですね。流入河川は数百本あるそうですが。


       えらく長くなっております『アイリス』野宮(ののみや)神社の場。次回、秀男の講釈にけりをつけ、小まめのお座敷に向かいたいと思います。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2017/03/14 19:52
    • 表示画面の本文70行目
       直しておきました。
       しかし、画面を見ながら、行を数えたんですか?
       見てる人の画面によって、何行目かは違いますよ。

       瀬田川は、京都に入ると宇治川となり、大阪に入って淀川と名を変えます。
       流路延長は、75kmしかありません(「瀬田川+宇治川+淀川」の合計です)。
       しかしながら、淀川の流域面積は、8,240km2あり、堂々の全国7位です。
       これはなぜかと言うと、流域面積の計算対象に、琵琶湖が含まれてるからです。

       ↓流域面積ベスト10(右側の数字が流路延長)
      1 利根川 16,842km2 322km
      2 石狩川 14,330km2 268km
      3 信濃川 11,900km2 367km
      4 北上川 10,150km2 249km
      5 木曽川  9,100km2 229km
      6 十勝川  9,010km2 156km
      7 淀川   8,240km2  75km
      8 阿賀野川 7,710km2 210km
      9 最上川  7,040km2 229km
      10 天塩川  5,590km2 256km

    • ––––––
      3. 全国に6本HQ
    • 2017/03/14 22:40
    •  ↑「淀川」の本数

      修正
       お手数でした。

      >画面によって、何行目かは違う
       え、遭難、桑南(なんじゃこりゃ)そうなん。
       じゃあ、送付した原稿で訂正すりゃよかったか。


      淀川の流域面積は琵琶湖も含む一件
       それは少しずっこい(ずるい)といいますか……でもまあ、理屈にはあってますね。
       しかし、もし流出河川が2本だったらどうするんだろう。琵琶湖を半分こにするのかね。それとも共有だろうか。
       いや、本流・支流と考えて、本流の方が独り占めかな。

      それにしても、流域面積ベストテン
       淀川が際立ってますな。もちろん流路延長が短い、ということです。おまはん、なんでこないなとこうろちょろしとんねん、と言たくなります。

       しかし、淀川の流路延長。琵琶湖は含んでいないよね。
       だって琵琶湖の長さは単純計算で60㎞はあるでしょう。となると淀川はわずか15㎞ということになっちゃいます。これじゃ海まで届かんよ。

      宇治川
       は、木津川、桂川とほぼ同じ場所で一斉に合流し、淀川と名を変えます。
       これを「三川合流」と云いまして、京都と大阪のちょうど府境あたりです。右岸は京都側が乙訓(おとくに)郡大山崎町、大阪側は三島郡島本町です(どちらも一郡一町)。
       サントリーの山崎蒸留所で有名ですね。
                   (参考文献:『アイリスの匣』#67)

      ここで「アイリス豆知識」です。
       瀬田川は、斎王の時代には「勢田川」と表記したそうです。
       三重県伊勢市にも勢田川が流れていますので、斎王群行にとってはややこしいですね。
       あ、だから琵琶湖の方を「瀬田川」に変えたのかな。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2017/03/15 07:29
    • 流出河川が2本だったら……
       2本の合算面積が、“なんとか水系”となるんじゃないですか。

       木津川、桂川の流域面積も、最下流の淀川の総取りですね。

       淀川の長さ。
       前コメで、淀川の流路延長は、『「瀬田川+宇治川+淀川」の合計』と書いてますぞ。
       琵琶湖から流れ出るところからの長さです。

    • ––––––
      5. ♪病葉を~HQ
    • 2017/03/15 12:50
    •  ↑♪今日も浮かべて 街の谷 川は流れる~
                   (仲宗根美樹『川は流れる』)


      「淀川」の長さ
       琵琶湖の最北。滋賀県・福井県の分水嶺である栃ノ木峠(知らぬ)には「淀川の源の石碑」が設置されているそうです。なんて刻まれてるんでしょうね。
       で、この場所はから淀川の河口までの直線距離は約130km、流路延長に換算すると約170kmになるそうです。

       さらに、木津川、桂川、および琵琶湖への流入河川をすべて含めた淀川水系の支流数は965本で、日本一だそうです(えへん、ぷーい)。この中には、なんと三重県を源流とする河川もあるとか。
       ちなみに、2位は信濃川(880本)、3位は利根川(819本)。

       以上、すべてWikiの引き写しでした。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2017/03/15 19:45
    • 淀川の語源
       宇治川、桂川、木津川が合流する辺りは低湿地で……。
       かつては、巨椋池(おぐらいけ)という大きな水たまり(周囲16㎞2)になってたそうです。
       当然、水が淀んでいるわけで、そこから“淀”という地名が付いたんですね。
       で、合流した3本の河川が、1本となって流れ出す川が、淀川なわけです。

    • ––––––
      7. 三匹の子馬HQ
    • 2017/03/15 22:29
    • 三川合流付近
       右岸に『アサヒビール大山崎山荘美術館』(京都府大山崎町)てのがあります。JRの駅を降り、かなり急勾配の坂道を上った見晴らしのいい場所にあります。
       館内のカフェ(2階だったかな)にはベランダがあり、三川合流の様子が見て取れます。展示美術品はもちろんですが、この眺めも、ここのウリですね。


       こちらのおっちゃん連中にとっては京都競馬場、通称“淀”。“淀の競馬場”ですね。
       この競馬場。
       馬の走る長円形のコース。このコースに囲まれた場所は、そのほとんどが池と云いますか沼と云いますか、に占められています。
       まるで、競艇場かい、てな景色です(ちょっとオーバー)が、この池沼。巨椋池の名残とされています。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2017/03/16 07:24
    • コースが水に囲まれてるのかと思ったら……
       コース中央が、池みたいになってるんですね。
       現在地に移転したのは、大正14(1925)年のようです。
       埋め立てるより、そのまま残した方が安上がりと考えたんでしょうか?
       いずれにしろ、競馬場は、洪水時の遊水池の役割も持っているんだと思います。
       池を釣り堀にしたら、面白いんでないの?

    • ––––––
      9. 白鳥の湖ハーレクイン
    • 2017/03/16 08:35
    • コース中央……
       陸上競技場で云いますと、周回用のトラックが馬の走るコース。フィールドが池、ということですね。
       魚はいません(たぶん)が、白鳥が名物だそうです(皇居のお堀かい)。
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