2017.3.2(木)
朝凪の海辺に立ち並んだ竿の間に捌かれたタコや魚が気だるそうにぶら下がっている。
もう朝の仕事を終えたのか、かごを抱えた漁師のかみさん連中が何やら声高に笑いながら遠ざかっていった。
しかし誰もいなくなった海辺に何処からか場所に似合わぬ若い女が姿を現した。
少々派手な着物を緩く纏った案配は、どうやらそこいらの町屋に奉公している女の様子ではない。
くるりと見回した先に何かを見つけて、突然その女は小走りになった。
目立たぬように小さく竿に結ばれた白手拭いを掴み取ると、再び急ぎ足で町の方へ引き返していく。
やがて砂地から土へと地べたが変わる辺りで、女の姿は一軒の小さな漁具小屋の中へと消えた。
「おかえり……どこ? ……あ、あんた? ………あんた! どうしたのその目は!!」
女は薄暗い中に眼帯を付けた飛燕を見つけて叫んだ。
「元気そうだね……」
壁を背にして座ったまま飛燕はつぶやいた。
女は裾を乱してそばに走り寄る。
「ね、どうしたのこの目は! やられたのかい!? もう見えないの? ねえったらもう!!」
「そんなに近づけば、どのみち見えやしないよ」
肩先に取りすがった女を、飛燕は肩を揺すって振り払う。
呆然と見つめる女に、飛燕は無造作にアゴをしゃくった。
「そっちに、そっちに離れて立て」
覚束ない足取りで立ち上がった女を、飛燕は首をかしげる様にして片目で見つめる。
「脱げ……」
「え……?」
「脱いであたしに見せておくれ。殺し合いの合間も、あたしはお前の身体を時々思い出すんだ」
その言葉を聞いた途端、柄にもなく女の顔に羞恥の色が浮かんだ。
崩れ気味の丸髷を両手で整えると、緩めの帯を解いて派手な着物を脱ぎ捨てる。
腰紐を解きながら何故か女は飛燕に背を向けた。
なで肩がゆっくりと赤い襦袢から脱ぎ出ていく。
「いつも客にそうしてるのかい……椿?」
「なんだって!」
突然振り向いた女は、鬼気迫る形相で飛燕を睨みつけた。
「そんな名前を呼ばないで!」
その顔をじっと見つめ返しながら、静かに飛燕は口を開く。
「あたしの目は半分になったけど、お前は変わらない……。咲、きれいだよ……」
目を怒らせた女の顔がみるみる泣き顔に変わる。
「もう、あんた! ……会いたかった」
夢中で抱きついてくる咲を抱きとめると、飛燕は脱げかかった襦袢を乱暴にその身体から引き剥がす。
三十路前の匂い立つような女の裸体が藁床の上に転がった。
弾む乳房に獣のようにかぶりつきながら、飛燕は片手で自分の黒装束の紐を解き始めた。
十年ほど前、咲は飛燕が役目先で手篭めにした女だった。
当時まだ何も知らない田舎娘だった咲は、そこいらでは見たことのない無頼な女に興味を持った。
頼りがいのある姉のように慕った飛燕に突然犯された時、咲は声も出ないほどの恐怖と喪失感を覚えた。
しかしずるずると身体を許すうちに、次第にその冷たさの陰に隠れた女の優しさに溺れていった。
やがては操を奪ったその女と睦み合う時、目くるめく肉の喜びさえ覚えるようになっていったのである。
一方人情を捨て去ったはずの飛燕にしても、ただの田舎娘と思った咲と逢瀬を重ねていくうちに、その猛々しい情念に次第に惹かれていったことも確かであった。
二十歳を前にして不幸にも身売り奉公に出た咲は、時折訪れる飛燕を心待ちにする暮らしを続けていた。
今回の大仕事で長く会えなかった飛燕を前にして、椿という源氏名を捨て、愛する女との再会に胸を躍らせる咲だったのである。
「はあはあ……ああ……んぐうう……ああああ……」
薄暗い漁具小屋の中で、咲の生々しい呻きが再び昂まり始めた
柔らかみを帯びた肌がうっすらと桃色に染まり上がって、恥ずかしくも大股を広げた狭間で飛燕の引き締まった尻が弾んでいる。
くびれた腰のうねりに伴って、恥丘の前にあてがった飛燕の右手が咲の濡れたものを抉りこんでいるのだ。
たまらず咲が飛燕の乳房に手を伸ばすと、飛燕は左手で捻り上げるようにしてその手を土間に押し付けた。
激しく咲の身体を苛みながら、いつも飛燕は自分が触られるのを嫌うのである。
自分の股間からは熱い露が溢れているにもかかわらず、咲がそれに触れるのを飛燕は許さなかった。
「うぐううむ……」
まるでお仕置きでもするかの様に、汗ばんだ脇の下から乳房の上を飛燕の唇が這い回る。
しかし激しく責め苛まれながらも、咲は飛燕の優しさを感じていた。
容赦なく濡れたものを指で蹂躙されても、そこに激情に任せた恐怖を覚えることはなかった。
女同士でなければ分からない身体の感触が、二人の情事をよりいっそう激しいものにしていたのだ。
「あううう~………あんたあ……」
咲は泣き声を上げた。
「いいのか?」
「ああ~ん……いいの、いいのよう!」
その甘え泣きは快感のほとばしりであると同時に、咲が絶頂を極めかかる合図でもあった。
「こうか……?」
弾む乳首を無造作に吸い含むと、鍛え上げた飛燕の全身の肉が躍動し始める。
組み敷かれた咲の上で、背中から腰の筋肉が汗に濡れ光って蠢く。
「ああそうだよう……あんた……ああいい! ……ああもうだめ! ああもう外しそう!!」
激しく同性に蹂躙されながら、咲は否応もなく飛燕に合わせて腰を振った。
音を立てて乳首を吸い離すと、飛燕は咲の顔をじっと見つめる。
「んぐうう……ああっ! ……あんた! ……ああだめ!!」
間近に飛燕が見下ろす前で、椿の裸体がブルブルと震えた。
「あぐううう……!!」
突っ張った両足の指が強張って広がる
しどけなく唇を開くと、咲の眉間に深い縦皺が刻まれた。
「はあ、あっ……!」
飛燕の指を食い縛ったまま土間から尻を持ち上げると、弓なりの裸体に二度三度と極みの痙攣が走る。
咲の浅ましい断末魔の顔を飛燕はじっと見つめた。
「うぐうう………」
不思議なことに燃え上がった咲の身体を抱きながら、飛燕もその口から低い唸り声を漏らしたのである。
咲は藁床から半身を起こすと飛燕の身体に自分の着物をかけた。
再び身を横たえて仰向けの飛燕の肩に頬を乗せる。
「ねえ……、もうそんな危ない仕事はやめておくれよ。あんた一人ぐらい、あたしがどうやってでも食べさせてあげるから。……ね?」
相変わらず黙ったままの飛燕を咲は上目遣いに見上げる。
「あんたの仕事がらみの口利きだとは思うんだけど、置屋の待遇がずいぶん良くなってさ。上がりの割戻しまで見なおしてもらったんだよ。だからさあ……」
咲の顔から肩先を引くと、飛燕は不意にその身体を起こした。
「あたしからこの仕事を取ったら何が残る」
「え……?」
立ち上がって装束を付け始めた飛燕を咲は呆然と見つめた。
「あ……、あたしがいるじゃないか」
衣装を着こむ飛燕の手が止まった。
その両手がゆっくりと藁床に座りこんだままの咲に差し伸べられる。
「なに……?」
覚束なげに上がった咲の両手を掴み上げると、飛燕はその裸身を強く抱きしめた。
「な……なに……?」
「そんなことより、お前は早く年期が明けることを考えな」
思わず咲は顔を上げて飛燕の顔を見つめた。
「あんた……」
「それに今度の仕事がうまくいけば、お前の年期明けなど訳もない見返りがある。お前はすぐにでも田舎に帰れるよ。そうしたら、あたしのことなんか忘れな」
それを聞くやいなや、咲は両手で飛燕の身体を突き離した。
「今さらあたしがそんなことで喜ぶとでも思ってるのかい!!」
飛燕は咲の顔をじっと見つめた。
大きく見開かれた咲の両目がみるみると潤んでいく。
飛燕は顔を落とすと黙って装束の帯を結ぶ。
そのまま背を向けて出口へと向かった飛燕は、引き戸の手前でふとその足を止めた。
「また会いに来てもいいかい?」
咲はその泣き濡れた顔を上げる。
「あたりまえじゃないか、そんなこと!」
飛燕が引き戸を開けると、もう昼近くになった外の光が暗い小屋の中に差し込んだ。
「あたしは、いつもこうして帰って来るとは限らないんだよ……」
耐え切れずに漏れた咲の泣き声と共に、飛燕の姿は明るい小屋の外へと消えた。
海端の松林に足を踏み入れて、行商の若い娘はその頬かむりを片手で取り去った。
そのまま汗を拭いながら一本の切り株に腰を下ろす。
「はあ……」
肩を落とした娘は元気のないため息を漏らした。
「桔梗様」
娘の尻が一寸ほども切り株から飛び上がった。
「なんだ葛、脅かすな」
背後の木立から口をへの字に曲げた葛が姿をあらわす。
「成果が出ぬとて油断なすっちゃいけません。気が入っていれば、桔梗様なら私の気配などお気づきになるはず」
桔梗はさすがに神妙な顔で切り株から立ち上がった。
「うむ、お前の言うとおりだ……。このようなことでは、お役目を果たすどころか伊織様に顔向けも出来ぬ」
少し表情をゆるめた葛が桔梗に問いかける。
「まだ伊織様のお姿は……?」
また溜息をついた桔梗は首を横に振った。
「小さい頃の面影が頼りとは申せ、まだそれらしき人影にも出会わぬ。せっかく竜神一家が怪しいと目星を付けても、動く事さえ出来ぬままだ」
「時は惜しゅうございますが、ここは焦らず伊織様を見つけましょう。なにもうお着きであれば狭い町です、そのうち検討がつくのは間違いありません」
その言葉に桔梗は改めて眉を上げて頷いた。
「で、お前の方はどうであった?」
「ええ」
葛は一段声を落として桔梗に身を寄せる。
「港の方に動きがあります。どうやら荷を迎える準備か、人足が片付をする廻りを例の根来が見張っている様子で……」
「ふうむ……、それはお前の方の一件だな……。して竜神一家の方は……?」
「ええ、こっちはあまり変わったことはありませんが、ただ……」
「ただ……?」
桔梗は言葉を切った葛に目を向けた。
「最前、今まで見たことのない女の方が一家に入って行ったんです」
「ほう……」
「女の方と言ったのは……、どう見てもあれはお武家の方」
「竜神一家にお武家の女人が?」
目を光らせた桔梗に葛はゆっくりと頷いた。
「以前から出入りの浪人の内儀はいましたが、先ほどの方はもっと上品でその何と言うか………、そう……凛々しい……」
「凛々しい?」
葛は小さく頷いた。
「上品ですらりとした、とてもお美しい方でした。そう何故かあたしは……、その方を凛々しく感じました」
桔梗は黙ってその眼差しを海の方へと向けた。
どうしてかは分からぬが、葛の言葉が自分の記憶の片隅に響くような気がしたからである。
コメント一覧
-
––––––
1. Mikiko- 2017/03/02 07:57
-
漁師町
昔、出雲崎の道の駅に遊びに行った帰り……。
海岸線を、新潟まで車で走ったことがあります。
季節は忘れてしまいましたが、少なくとも冬ではありませんでした。
海が凪いでましたから。
高曇りの空に、カモメが浮いてました。
出雲崎の街では、家々の軒に奇怪な魚が吊されてました。
漁師の家なんでしょうね。
小さな魚です。
後で人に聞いたのですが、幻魚(げんぎょ)と呼ばれる魚だそうです。
深海魚だとか。
地元の飲食店では、幻魚丼(げんぎょどん)などというメニューもあるそうです。
その人は食べてみたそうですが……。
さほど感心する味ではなかったとのこと(本人の感想です)。
-
––––––
2. イカにもタコにもHQ- 2017/03/02 08:56
-
>気だるそうにぶら下がっている
捌かれたタコが「気だるいなあ」と思うはずも無し、これはぶら下がるタコを見る人の感情が投影されたものでしょうか。
>もう外しそう
お咲さんの叫びですが「外す」という表現は初めてです。
「イキそう」なんでしょうけど、「枕を外す」という言い回しもあります。こちらでしょうか。
「うぐうう…………」でいっちゃったようです、お咲姐さん。
幻魚
富山湾名物だそうですが、新潟でも揚がるとか。
めったに掛からないから「幻」なんですかね。
なんか怪しげな名称ですが……「文句は食べてから言え」なんて言われそうです。
-
––––––
3. Mikiko- 2017/03/02 19:47
-
幻魚
当て字のようです。
↓正式名称は、『ノロゲンゲ』。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%82%B2
漁師は、単に『ゲンゲ』と呼んでたみたいです。
元々は、底引き網にかかる邪魔者で、漁師は捨ててたそうです。
『ゲンゲ』の語源は、“下の下”だとか。
↑のWikiによれば、2000年ころから、コラーゲンたっぷりということで人気が出てきて……。
『下魚』が『幻魚』に出世したようです。
-
––––––
4. 魚料理ハーレクイン- 2017/03/02 22:33
-
↑まかしとくんなはれ
祇園「花よ志」料理人、東中あやめ(臆面もない番宣
幻魚
【ノロゲンゲ(野呂玄華)Bothrocara hollandi】
スズキ目ゲンゲ亜目ゲンゲ科の魚。
味は……
干したものを軽く炙る。味噌汁や鍋物の具や吸い物の種にしてよし。天ぷらでも美味しい。
肉は柔らかく淡泊であるが、ぬめりがあるため口当たりが良い。
だそうです。
煮てよし焼いて良し、炙って良し。天ぷらでもいけるとなると“万能魚”ですね。あ、刺身はどうなんだよ、刺身は。
まあ、スズキ目ときますと白身魚。悪いわけはござるまい。
-
––––––
5. Mikiko- 2017/03/03 08:04
-
幻魚の刺身
生臭さは全くないそうです。
歯触りは、にゅるにゅるぐにぐにだとか。
味は、ちょっと淡泊すぎるみたいです。
ヅケなんかはどうなんですかね?
-
––––––
6. 食わず嫌いHQ- 2017/03/03 11:43
-
↑ジュンサイは子供のころ食べたはず
幻魚のヅケ
せっかくの白身をヅケにするというのはねえ、もったいないような気もします。
それより、わたしは苦手です「にゅるにゅるぐにぐに」。ぬめり、というやつがどうもね。で、この手の「にゅるにゅる」野郎は、大概味が淡泊なんだよね。いい例が蓴菜(ジュンサイ)。いやゆる「味もしゃしゃりも無い」と云うやつです。
あ、「味も……」は幻魚のことを言ってるのではありません。なんせ食べたことありませんから評価のしようがない、幻魚。
-
––––––
7. Mikiko- 2017/03/03 13:15
-
ジュンサイ
ビニール袋に、水と一緒に入って売られてますよね。
ヌルヌル系は、なべてお肌に良いようです。
やっぱり、コラーゲンですかね。
ジュンサイは、歯触りを楽しむ食品でしょう。
味なんか無くても良か。
ヌルヌルが苦手なら、幻魚は干物を食べましょう。
いくらなんでも、干物はヌルヌルしないでしょう。
-
––––––
8. 髙カリウム血症- 2017/03/03 15:13
-
↑これなんだそうですね
なんぼなんでもやり過ぎの番宣
ジュンサイの食味は、なんといっても食材とする若芽や若葉を覆う寒天質にある。
あやめは、ジュンサイを2、3切れ、口に入れた。寒天質のぬるりとした感触が口内の粘膜を刺激する。次いで歯で噛み締める。少し歯ごたえがある。この二通りの食感の落差が面白い。ジュンサイの最大の持ち味であろう。
味は……ほとんどない。まるで水のような味わいである。あやめは、ジュンサイの故郷、浅い沼沢地を思い浮かべた。 (『アイリスの匣』#62)
干物
調べましたところ、わたしの禁止食材のリストには干物も入っています。これに気が付くまで、サンマの干物を食べちゃったなあ。
まあどちらにしても、こちらでは手に入らないでしょう、幻魚。
-
––––––
9. Mikiko- 2017/03/03 18:29
-
禁止食材
フェブリクを飲むべし。
-
––––––
10. 痛風予備役HQ- 2017/03/03 23:05
-
フェブリクは……
高尿酸対策だよ
高カリウム対策は食事療法しかないのだ。