Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #184
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#184



「で、ですなあ、姐さん。お道はん」

 秀男は、一呼吸ついて、志摩子と道代に声を掛けた。

「へえ」
「へえ……」

 道代と志摩子は、ほぼ同時に短く返答した。
 秀男は話を続ける。

「謡曲『高砂』の最後は、〽はやすみのえ(住吉)にぃ、つ(着)きにけりぃ~、ですさかい、兵庫の高砂を発(た)った舟は大阪の住之江の浜に着くわけです」

 志摩子は、口を挟みたそうなそぶりをしたが、声は出さなかった。秀男の説明を辛抱強く聞こう、と云う風である。
 二人の間に挟まった道代は、相変わらず少し俯いて耳を傾けていた。

「この住之江の浜を上がって、ほんちょと(ほんの少し)行くと住吉大社はんです。尉(じょう)と姥(うば)、相生の松はもともとこの住吉はんに生えてる松なんですなあ。で、どういうわけか兵庫の高砂に出向いてたんが、元に戻ると、こういう話なんですなあ『高砂』」

 秀男の話がひと段落したと見た志摩子が、口を挟んだ。

「へええ、そうかいな、秀はん」
「そうですわ。なんで住吉から高砂くんだりまで出かけてたんか……まあ謡曲ではもう一人登場人物がいてるんですけど、ほれはもうよろしいやろ」

 道代は、心中で軽くため息をついた。

(姐さんは……)
(お座敷で……)
(こないなお話いろいろ聞かせてもろて)
(ほんで物知りにならはったんやろなあ)
(ほれに比べたらうちは……)
(ほんまにもの知らずや)
(あかんあかん)
(こらあかん)
(頭ん中からっぽやったら)
(姐さんを)
(お守りするどこ〔ろ〕やあらへん)
(あかん)
(こらあかん)
(せや)
(姐さんに)
(姐さんに教わりゃええやん)
(時間見つけて)
(ひま見つけて)
(姐さんに教〔おそ〕わろ)
(いろんなこと、教わろ)
(そないしよ)

「お、えらい長(なご)なりましたなあ。そろそろ行きまひょか」

 腰を上げかける秀男をとどめる様に、志摩子が声を掛けた。

「何言うてはりますのん、秀はん」
「へ」
「話は高砂やおへん。斎王はんでしたやろ」

 秀男は、浮かせかけた腰を戻した。

「お、そうでしたなあ。斎王はん斎王はん。ころっと忘れとりましたわ」
「もう。お願いしますわ、秀はん」
「いやいや、申し訳おへん。儂も寄る年波、少々ぼけてきましたかのう」
 聞いて道代は、短い言葉を漏らした

「ほんな、秀はん……」

 それは道代の、秀男への思いが凝縮されたような色合いがあった。自分が発した言葉を聞き、道代は自分がどれほど秀男を頼りにしているか、その時改めて思い知ったことであった。
 秀男の話は、高砂から斎王に戻った。

「えー、で、斎王に指名されたひめみこ(皇女)はんはですなあ……」

 道代と志摩子は口を噤んだ。秀男の斎王話に聞き入る。

「いきなり伊勢に向かわはるわけやのうて、まずこの京で精進潔斎しやはります。始めは……鴨川ですなあ」

 道代が思わず口を挟んだ。

「鴨川て……あの鴨川ですやろか、秀はん」

 祇園に生きる者にとって、鴨川は身に馴染んだとでも云おうか。まるで我が身のうちを流れるような、そんな慕わしい街中の流れだ。それに、道代にとっては……。
 道代はその幼い日。家出した志摩子とともに見詰めた鴨の流れを鮮やかに思い返した。

「お道はん。儂らにとって鴨川ゆ(云)うたら、祇園のすぐねき(傍)を流れる、あの鴨川しかないやろ」
「そない、ですなあ」

 秀男は、斎王の精進潔斎の話を続けた。

「ほれでやのう、斎王はんに選ばれたひめみこ(皇女)はんはやな、白い小袖一枚の姿で、鴨の川原で手ぇを水に浸さはる(お浸しになる)わけや。つまり潔斎、やな。その身に鴨の水を浴びた、ゆう話もあるそやが」

 道代は、自らの内にある鴨への思いと、斎王の精進潔斎の場としての鴨川の、その落差に眩暈のようなものを感じた。

(あの鴨川が……)

 そのような意味を持つ流れだったとは。
 いや、斎王はんは斎王はん。うち(私)はうち。人には人それぞれの鴨川があるんやないやろか。そんなことを考える道代であった。

「ほんでそのあと(後)……斎王はんは、宮中に新し〔く〕造ったたてもん(建物)に籠らはる。さらに精進潔斎を続けはるわけやな。これが一年」
「一年……」

 道代と志摩子が同時に同じ声を呟いた。
 秀男は、淡々と斎王の話を続ける。

「そうですわ。ほの後、宮中を出やはって、ののみやはん、野宮神社に籠らはります」

 志摩子が少し大きい声を上げた。

「ああ。ほれがこの、ここの野宮(ののみや)神社はん、ゆうことかいね」
「そういうことですなあ、姐さん」
「へええ、ここでねえ」

 志摩子は、改めて野宮神社の境内に目を遣った。
 道代の視線の動きも、同じようなものであったろうか。

「ほんでも秀はん。お籠りでけるようなたてもん(建物)、見当たらへんようやけど……」

 秀男は、笑い混じりに答えた。

「姐さん。斎王制度は、もう何百年も前に無(の)うなっとります。ほれで、この野宮はんも衰退した、云いますかのう」
「へええ、そうかいね」

 道代は再び俯いた。
 斎王それ自体、身を絞られるような思いのすることである。初めて聞いた道代は、親兄弟から遠く離れ、一人で伊勢に赴く斎王の心中を思いやった。もちろんわかるはずもないが、一人の女として考えれば……道代には身につまされるような感があった。

「ここ、野宮はんでの精進潔斎も、およそ一年やったそうです」
「また一年!」

 志摩子の声音は更に高く、大きくなった。
 道代は言葉が出ない。さらに深く俯き、地を見詰める道代であった。

「そうです。都合二年、この京で精進潔斎の日々を送らはるわけですなあ。まあゆうたら〔言ってみれば〕、これまでの俗人の暮らしを捨て、神の世界に近づこうと、まあ、そういう、いわば伊勢に向かわはるための準備期間、ゆうことになるんですかのう」

 俯く道代は、斎王という、時をはるかに超える存在を思い描こうとした。一人の女としての、斎王を思い描こうとした。
 が、道代にはかなわぬことであった。

(さいおう、はん……)

「ほんで、いったん宮中に戻って天皇はんに挨拶しやはって……発(た)たはるわけですわ、伊勢になあ」
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #183】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #185】

コメント一覧
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    • ––––––
      1. ♪鴨の河原に……HQ
    • 2017/02/28 09:59
    • ♪千鳥が騒ぐ……
       新撰組を持ち出すまでもなく、鴨川は京都人の故郷とでも申しましょうか……鞍馬出身のあやめにも慕わしい、いわば京の源郷とでも申しましょうか……。
       大阪人のわたしには、思い至らぬところかもしれません。


      >(姐さんは……)
      >(お座敷で……)
      >(こないなお話いろいろ聞かせてもろて)
      >(ほんで物知りにならはったんやろなあ)

       今回の、道代の独白です。
       まあ「聞いた話」ですが、芸・舞妓はんには物知りが多いそうです。
       『耳学問』ということでしょうかね。


       秀男の講釈がひつこく(しつこく)続きます。
       演題は野宮(ののみや)。
       嵯峨野、竹林の道の只中にある野宮神社。

       本編にありますように、天皇の代理として伊勢神宮に仕える斎王。
       この斎王の精進潔斎の場が野宮。
       当初は、毎回場所が変わったそうです。
       で、いつか現在の野宮神社に、というのは全く知りませんでした。
       いや、そもそも斎王自体知らなかったんですが、何の番組でしたかテレビで見知ったんですね、斎王。

       今しばらく、秀男センセの講釈にお付き合い願います。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2017/02/28 19:47
    • 修学旅行で行ったとき……
       浮浪者が、鴨川でうんこしてました。
       新聞紙で拭いてましたね。
       京都で、一番印象深い思い出です。

       ↓なぜか、三重テレビが、斎王の番組を作ってます。
      http://www.mietv.com/saio/

       伊勢志摩サミット開催記念だとか。

       斎王で思いついたのは“人間万事塞翁が馬”でしたが……。
       “さいおう”違いでしたね。

    • ––––––
      3. いつきのみこHQ
    • 2017/03/01 03:58
    • 禍福は糾える縄の如し
       いやあ『三重テレビ』なんて地元局があるとは知らなんだ(そらあるやろ)。
       頑張ってくだせえ、三重県。

       「なぜか」はあんまりだ。伊勢神宮、斎王・斎宮の地元は三重だよ(まあ、これから書きますが)。
       それにしても、伊勢志摩サミット記念番組ねえ。
       よっぽど印象深い催し?だったんだろうねえ。

       斎王がなんで塞翁なんだよ。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2017/03/01 07:34
    • 三重県
       新潟県と共通する点がひとつあります。
       それは、どこの地域に属するか明確でないこと。
       東海、近畿、中部。
       時と場合によって、異なる括りにされるようです。

       斎王と塞翁は、読みが同じではないか。

    • ––––––
      5. ♪お伊勢参りは~HQ
    • 2017/03/01 13:17
    •  ↑それは、♪野崎参り

      鵺県
       いや失礼、三重県。
       わたしら関西人(いばってやんの)からするとやはり中部ですねえ。
        あの“僻地和歌山”よりさらに縁遠い“遠い他国”と云うところでしょうか。
       行くにしたって、JRだと東海道線で名古屋経由。でなきゃあ和歌山線・紀勢線でぐるっと回らなならんし……(関西本線、なんてのもあるけど)。はっきり言って、わたしは足を踏み入れたことありません。

       こちらから行くなら近鉄が便利。
       さすが日本最大の私鉄、近畿日本鉄道(まあ、御大層な社名)。見栄、おっと三重にも路線を伸ばしています。

       あ、いけねえ。三重に行ったことあるんだった。
       小学校の修学旅行が伊勢・志摩でした(サミットとは無関係)。二見浦(ふたみうら;わたしらは“ふたみがうら”と云いますがのう)の夫婦(みょうと)岩、見ましたぜ。
       土産はもちろん、伊勢名物『赤福餅』。ただの餅を漉し餡でくるんだ、どってこと無い代物。まあ「名物に美味い物なし」を地で行くような(すまぬ『赤福』)。

       ただ、こちらのNHKの天気予報番組には、三重県も登場します。岡山県も鳥取県も、香川も徳島も登場しますが。

       斎王は女性、塞翁は男だぞ。まあ確かに、どちらも“さいおう”ですが。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2017/03/01 19:48
    • 実は……
       伊勢志摩が、三重県にあることを知りませんでした。
       和歌山県のイメージですよね。
       なので、三重県が、何で斎王と関係あるのか気づかなかったんですね。

       あと、混同しがちなのが、三重県と滋賀県の県庁所在地。
       三重県が津市で、滋賀県が大津市。
       ときどき、わからなくなります。

    • ––––––
      7. 江州音頭ハーレクイン
    • 2017/03/01 23:54
    •  ↑地元では著名な民謡

      滋賀県は大津
       わたしの母親が滋賀県の出ですから、大津もまあ、馴染みがあります。
       京阪電車の『石山坂本線』というのが走っていまして、こやつの車窓からは常に(でもないけど)琵琶湖が見えます。路面と専用軌道が混在する、まあ、地方にはよくある電車ですね。

       滋賀県の旧国名は近江(おうみ)。湖国近江、なんて云い方もします。
       古い方は「江州(ごうしゅう)」もよく使いはります。
       「近江人の通った後は草も生えない」なんて言いますが、確か能登でもそないなことを言ったような……。
       どこでも言うんですかね。越後ではどうだろう。

      石山坂本線
       “いしやまざか ほんせん”とも読めますね。「いしやま さかもとせん」です。為念。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2017/03/02 07:25
    • 近江
       なんといっても、芭蕉の句が印象的です。

      ●行く春を近江の人と惜しみける

       短歌なら、これ。

      ●近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(柿本人麻呂)

    • ––––––
      9. 歌心なしハーレクイン
    • 2017/03/02 08:47
    • 夕波千鳥汝が鳴けば……
       お、百人一首、と思わず思ってしまいました(妙な日本語)。
       おおはずれ。百人一首の人麻呂は……、

      ●あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む

       これ、そんなにいい歌ですかね。

    • ––––––
      10. Mikiko
    • 2017/03/02 19:43
    • 序詞
       「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」までが、「ながながし」を導く序詞(じょことば)です。
       「ながながし」き雰囲気が、よく表されてると思います。
       現代短歌は、すべての言葉に意味を込めすぎです。
       あれでは、歌になりません。
       序詞や枕詞には、リズムを整える働きがあります。
       歌になるんです。

    • ––––––
      11. 前置きが長いHQ
    • 2017/03/02 22:13
    • 序詞
       長きゃいいってものでもないと思いますが……。
       リズムねえ。

      長い序詞
       ↓こんなのありました。

      ●秋づけば尾花が上に置く露の消ぬべくも吾は思ほゆるかも

       ……尾花が上に置く、までが序詞ですかね。
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