Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #179
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#179



「当たりぃー」

 秀男は大声を上げた。

「うわあ!」

 志摩子は小躍りするように道代を見やった。駆け寄り、志摩子は道代の手を握る。

「と言いたいとこですけんど、姐さん」

 秀男は、笑い混じりに志摩子に向き合った。

「なんやのん、秀はん」
「そういうわけやおまへんねん。残念ながらはずれ、どす」
「えええー」

 志摩子は頬を膨らませた。まるきり、小娘の仕草であった。その両手は、変わらず道代の手を握ったままだ。
 道代は、志摩子に両手を預けながら思った。

(小まめ姐さん)
(いや、志摩ちゃん……)
(申し訳ございまへんが姐さん)
(やっぱし、うちにとっては志摩ちゃんどす)
(もちろん、口に出したりは決してしまへんけど)
(志摩ちゃん……)
(可愛〔かい〕らしなあ)

 志摩子は、笑顔の秀男に向き直り、問い詰めるように声を掛けた。

「しやけど秀はん」
「へい」
「ここ、ののみや(野宮)はんはアマテラスはんをお祀りや、言わはったわなあ」
「へい、そのとおりで」
「ほんで、お伊勢さんもアマテラスはんやろ」
「そうですなあ」
「ほな、天皇はんはここにお参り、ゆうことでよろしいんやないのん」
「まあ、理屈はそうですけんど、やっぱりホンマの本来は伊勢神宮はん、ゆうことなんですなあ」
「ふううーん」

 志摩子は、納得したような出来ないような、そんな声を上げた。
 道代が、話を整理するように口を挟んだ。

「天皇さんは、本来はお伊勢参りに行かんならん。しやけど、実際には行くことでけへん。ほの代わりに野宮(ののみや)はんに、ゆうのもあかん……」

 秀男がうなずいた。

「そういうこっちゃなあ、お道はん」
「ほな……どないしやはんのん(どうされるのだ)」

 呟く志摩子に向き直り、焦らすように秀男は言葉を継いだ。

「さあ、どないしやはったらええんか、ですなあ」
「うーん」

 志摩子は考え込んだ。
 道代も秀男も黙りこくる。
 道代は軽く上を見た。
 竹林の只中の野宮(ののみや)神社。だが、その境内には竹ではなく、杉や、各種の広葉樹が、本殿を取り囲むように植えられている。いや、自然の樹木も多くあるようだ。道代が見上げるその視界には、広葉樹の葉が重なり合い、天を覆っていた。
 道代の目には、その葉叢の隙間を通し、暮れかけた冬の京の、灰色の空が覗けた。

(静かやなあ)

 人の声も鳥の鳴き声もしない。風が収まったのか、葉擦れ一つ聞こえなかった。
 しばらく続いた三人の沈黙を破ったのは、志摩子の声だった。

「秀はん……」
「へい、姐さん」
「せやったら……」

 志摩子は少し躊躇った後、つっかえながら言葉を継いだ。

「へい」
「代参の……お方を遣らはる、ゆうのんは……」

 秀男は破顔した。

「当ったりぃー」

 志摩子は、先ほどと同様に小躍りしかけたが、途中で止めた。

「秀はん、またさっきみたいにはずれ、ゆ(言)うんやないやろね」

 秀男は笑顔のまま、志摩子を宥める様な仕草をしながら答えた。

「いやいや姐さん。今度はほんまに正解ですわ」
「やったで、道」

 志摩子は、道代の顔を視線で捉えると同時に声を掛けた。

「よろしおしたなあ、姐さん」

 志摩子に答えながら、道代は心中で呟いた。

(だいさん)
(だいさん)
(なんやろ)
(なんやろ、だいさん、て……)
(どないな字ぃ、書くんやろ)
(だいさん……)

 だいさん、だいさん、と幾度も心中で繰り返す道代は、知らぬ間にその言葉を口で呟いていた。

「だいさん……」

 その口調から分かったのだろうか、秀男が道代に問いかけてきた。柔らかい口調だった。

「お道はん。代参、がわからんか」

 その秀男の口調に、道代は素直に答えていた。

「へえ。恥ずかしおすけんど……どないな字ぃ、書くんですやろ」

 答える秀男の口調は、どこまでも柔らかかった。

「身代の代、代替わりの代……お、せや。歌の、君が代の代、ゆ(言)うたらわかるかいな」
「あ、へえ。わかります」
「ふむ。ほんで、さん、やが……。さんけい。お寺はんやお宮はんにお参りする、参詣、参内の参。やが、わかるかいな」
「へえ、わかります」
「ふむ。念のため……」

 秀男は、それまで立っていた参詣用の石畳を離れて、土の地面に移動した。地面に落ちている小枝を拾い上げ、道代に目を向けた。声を掛ける。

「お道はん。念のため、書いたげるわ」

 秀男は、小枝の先を動かして、地面に大きく『代参』と書き付けた。十分読み取れる。
 覗き込んだ道代は、大きく頷いた。

「へえ、ようわかりました。おおきに、秀はん」

 道代は、先ほどの秀男に習うように笑みを浮かべた。その顔は、道代自身の知らぬ間に、幾度か縦に振られた。
 志摩子が声を掛けてきた。

「えらいお勉強やなあ、道」

 道代は慌てて振り向き、答える。

「すんまへん、姐さん。しょうもないことでお時間取らせました」
「しょうもないことやないがな。人間、どんな時でもお勉強、忘れたあかん」

 志摩子も笑みながら答えた。さらに畳み掛ける。

「ほんで道。字ぃはわかったとして、意味はどやのん。知っとんのか、代参て何のことか」

 道代は、どぎまぎしながら小声で答えた。

「え、へえ……あの、いえ……」

 志摩子は笑みを崩さず、秀男を振り向いた。

「秀男せんせ。この生徒、代参の意味、分かれへんみたいですわ。ついでにおせ(教)たってもらえますぅ? あ、もう時間ないかな」

 秀男はにこやかに答えた。

「時間は……まだまだ大丈夫ですわ。ほな失礼して、ここに座らせてもらいまひょか。話、ちょとなご(少し長く)なりますよって。あ、失礼ですけんどこれ、ひ(敷)いとくんなはれ」

 秀男が、ここ、と二人を誘ったのは、先ほど拝礼した拝殿の前、数段の石段であった。
 歩み寄った道代と志摩子は、先に腰を下ろした秀男に習い、石段に腰を下ろす。拝殿に背を向ける形である。秀男の右側に道代、そのさらに右に志摩子が並んだ。志摩子は尻の下に秀男から渡された手拭いを、道代は自らの手拭いを広げて敷いていた。

「ほれでのう、お道はん」
「へえ」

 秀男は、おもむろに語り始めた。
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #178】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #180】

コメント一覧
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    • ––––––
      1. 竹取りの翁HQ
    • 2017/01/24 07:53
    •  ↑以前にやりましたか
      長引いております
       『アイリス』嵯峨野の場。
       小まめの志摩子主従三人が祇園を発ったのは『アイリス』163回。
       で、今回が179回。
       16回を費やして、いまだ目的地に到着できておりません。
       なのに野宮(ののみや)神社などと言う、話の本筋とは何の関係もないネタに引っかかっております。
       
       かくてはならじ(それは聞き飽きた)。
       次回、秀男センセの野宮講義に早々にけりをつけ、目的地に到着する所存です。
       
       今回、秀男が「当ったりぃー」などと、少々軽い発言をしております。
       まあ、これは秀男本人に責任は無い。作者の筆が少々浮かれていた、ということでしょうか。どうぞお読み飛ばし下さい。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2017/01/24 19:50
    • 当ったりぃー
       ここはぜひ、「当ったりぃー、前田のクラッカー」と言わせてほしかった。
       まだ放送前でしたっけ?
       野々宮誠という俳優がいたなぁと思ったら……。
       野々村真でしたね。
       もう、52歳のようです。
       『いいとも青年隊』だったんですよね。
       タモリさんが、70超えたんですものね。

    • ––––––
      3. ♪顔の長いはHQ
    • 2017/01/24 23:12
    •  ↑♪ときぃ~、じろおお~(『てなもんや』前田製菓コマソンのラスト
      あたり前田のクラッカー
       前田製菓のHPによりますと、発売は昭和60年代とのこと。
       「小まめ時間」は昭和30年代初期。残念ながら秀男に「当ったりぃー、前田のクラッカー」と云わせることは出来ないようです。
       しかし「あたり前田のクラッカー」なるキャッチコピー?は、前田製菓さんご本人にも分からなくなっているような……。
       かくてはならじ。ご紹介しましょう。
       当時、勃興期のテレビ番組で絶大な人気を博したコメディ時代劇ドラマ『てなもんや三度笠』(てなもんや;大阪語“こんなものだ”“どうだ、まいったか、この野郎”)。
       この番組のオープニングで、提供元・前田製菓のCMを、主役の三人(藤田まこと、白木みのる、と……あと誰だっけ。おい!)が演じるわけです。
       で、CMのラストは、藤田まこと演じる「あんかけの時次郎」(もちろん、沓掛の……のパロ)が、前田製菓の主力商品を右手に正面に突き出し、見栄を切るわけです。
      「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」。
       ちなみに、「あんかけの時次郎」は、泉州(旧・和泉の国;大阪府南部、ガラの悪いとこで有名)信太(しのだ)の生まれ。
       信太はご存じ「葛の葉伝説」の土地ですが、時次郎の雰囲気にはまったく合いませんね。
      ●恋しくば尋ねきてみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉
      ♪雲と一緒にあの山越えて
       行けば街道は日本晴れ
       知恵は珍念 力は茂兵衛
       顔の長いは 顔の長いは
       時次郎~  (結局、フルバージョンやっちゃったよ)
      52歳!
       へえ、あの「まこっちゃん」がねえ。
      ♪時の過ぎゆくままに~
       しかし懐かしいなあ『いいとも青年隊』
      ♪いいともいいとも いいトモロ~ 

    • ––––––
      4. 反省ザルハーレクイン
    • 2017/01/24 23:17
    • 少々、反省の弁
       何を今さら、ですがこの『アイリス』。各回天井近くに載せていただいています「戯曲」「幕間」。
       そーなんですよ。
       そもそもこの『アイリスの匣』
       もともとは『センセイのリュック』なる戯曲の、脚本の一部を成す小説形式の物語なんですね。つまり、全体構成(そんな大層な)は舞台劇なわけです。
       具体的には、主人公東中あやめ。こやつの独白、と云いますか回想が『アイリスの匣』なわけです。
       これを実は作者、コロッと忘れていたんですね(たいがいにせえよ)。
       かくてはならじ。
       この“回想物語『アイリス』”に早急にけりをつけ、『リュック』の舞台、伊豆の山中に戻る所存です(今年中には無理かも。おい!)。

    • ––––––
      5. Mikiko
    • 2017/01/25 07:34
    • 当たり前田のクラッカー
       発売が昭和60年代なんて、ありえないでしょ。
       『てなもんや三度笠』の放送は、昭和37(1962)年から昭和43(1968)年までです。
       発売は。「60年代」という記述だったはず。
       1960年代ですよ。

    • ––––––
      6. あたり前田のアホHQ
    • 2017/01/25 12:43
    • 60年代
       わははは、しっぱい失敗。
       何を考えていたんでしょうか。
       1960年と云いますと、昭和35年(西暦‐25=昭和)。で、『てなもんや』の放送開始は昭和37年ですか。
       秀男に「当ったりぃー、前田のクラッカー」と言わせることは、微妙ですが難しそうです。

    • ––––––
      7. Mikiko
    • 2017/01/25 19:43
    • 何も……
       考えてなかったということです。
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