2016.10.13(木)
空になったお椀を手に取って、浪人の妻“咲”は嬉しそうな顔を上げた。
しかし夫の長い浪人暮らしの疲れからか、上品な生まれ育ちに少し陰りが見えて、華奢な居住まいが哀れにさえ感じられる。
「このところきちんとご飯をお食べになりますね」
優しい笑顔を向けられた鶴千代は、慌てて顔を横に逸らす。
「最初にお目にかかった時はご飯もあまり上がられず、お体を壊しはしないかとご心配申し上げましたが、もうお顔の色も良くなり安心致しました」
相変わらず顔を背けたまま、鶴千代は返事の代わりに頬を膨らませた。
薄暗い部屋の隅に置かれた燭台の明かりが、ごつごつとした石積みの壁を照らし出していた。
八畳ほどな広さであろうか、湿った石の床に三枚の畳が置かれて、その上で鶴千代と咲が向かい合わせに座している。
部屋の片隅に身体を洗う桶が据えられ、その横には用を足す石穴が開いていた。
そしてその穴の底から絶えず水の流れる音が漏れ聞こえてくるのである。
ただ一つ部屋の外に向け四角く石が切り開けられた中には、頑丈な木組みの格子戸が嵌められていた。
「若様、いつも申し上げるように、用を足される以外は石張りの上には出ず、度々わたくしがお持ちしました水で手や足をお洗いくださいますように……。よろしゅうございますか?」
そんな咲の問いかけにも、鶴千代は黙って横を向いたままである。
“無理もない、幼いままこのような所に連れてこられて……”
じっと鶴千代の横顔を見つめて、咲はその端正な顔を曇らせた。
「それでは私はこれで……。また参ります」
咲が立ち上がって格子戸の前まで進んだとき、
「お前」
背中から鶴千代の声が聞こえた。
当然ではあったが、その声はまだ幼く、まるで女の子のように聞こえた。
「若様!」
初めて聞く鶴千代の声に、咲は急いで後ろを振り返った。
「お前はなぜ私に優しくするのじゃ?」
「え……?」
咲は声を詰まらせた。
無垢な眼差しを向ける鶴千代の顔を咲はじっと見つめた。
三十路前の咲にとって、もし子供をもうけていれば鶴千代はわが子と同じ年ごろに違いなかった。
「お前は、悪者の一味ではないのか?」
「わ、わたくしは……」
咲は返事をすることが出来なかった。
夢中で部屋を出ると外から扉に錠をかける。
涙で目の前が歪む中を、咲は地上に向かう廊下を走った。
両側の牢の中から、病や罰を被った女たちの声が聞こえる。
階段から地上に駆け上がると、咲は目をつぶったまま後ろ手でしっかりと扉を閉めた。
荒い息と共に大きく肩が上下する。
「は!!」
肩に乗った手の感触で咲は目を見開いた。
「まあまあ、お疲れさまでした。ささ、こちらでお茶でもお召し上がりくださいな」
意味深な笑みを浮かべたお竜が咲を見つめていた。
「い、いえ、きょうはもう……」
「随分汗をおかきになって、少し休んで汗が引かないとみっともありませんよ。ね? 向こうでお茶でも、さあさ……」
細い手を引くようにしてお竜は咲を座敷へと導いて行った。
「奥様に面倒を見ていただいて助かりました。あの若様、子供とは言ってもなかなか頑固で、あたしたち相手じゃご飯も食べないんですからねえ……」
膝の前に茶托を進めながら、お竜が咲の顔を覗き込む。
「しかし、私もいつまでもこのようなことは……」
「願いしますよ。ことが無事進むまでは大事な人質なんだ。なあに、丹波と一緒に商いが進みだせば、無事にお返しするんですから……」
「本当ですか……?」
「本当ですとも」
お竜は膝でにじり寄ると咲の両手を取る。
咲はお竜から顔を逸らした。
「もうしばらくは奥様に若様のお世話をお願いします。その代り、旦那様の仕官の話から全部、奥様のことはお世話させてもらいますよ……」
そう言いながらお竜は咲の体を胸に抱き込もうとする。
「やめてください。……ああ……いや」
「いやだ?」
お竜は凄みのある目線で咲を睨み据えた。
「も、もう、このようなことは……」
咲の瞳に怯えた色を認めると、お竜はその顔に淫靡な笑みを浮かべた。
「もう幾度になりますかねえ……?」
「え……?」
「あたしたち、もう何度睦み合いましたかね?」
咲は顔を曇らせて畳の上に眼差しを落とした。
お竜はゆっくりと咲の細い肩を抱き寄せる。
「もうとっくに片手じゃききませんよ」
お竜の胸元で咲は固く目を閉じた。
「その度に、奥様はあたしと一緒に気を遣ったじゃありませんか」
咲の細い顎をお竜の右手が掴んだ。
「あたしの指をぎゅっと締め付けて、雌猫みたいな声を出して」
「もうやめて、……ふんぐ……!」
咲の端正な唇がお竜の唇に覆われた。
華奢な身体を後ろに押し倒しながら、乱れた着物の裾をお竜の右手が引き開ける。
まぶしい様な白い太ももの間にその手が消えた時、咲の身体が魚の様に跳ねた。
お竜は湿った音を立てて咲の唇を吸い離すと、その右手を二人の顔の間に掲げた。
「ほら奥様……、もうこんなに……」
お竜はその指をゆっくりと口に含む。
「お願い、もう、もうやめて……」
咲は消え入りそうな声でお竜に哀願した。
お竜は二人の唇を微かに触れ合わせながら囁く。
「あたしのことをどんなに憎んでも構いませんよ。でもね、奥様の身体は、もうあたしを欲しがってる。うふふ……、あたしを恋しがってるんですよ」
「ち、違う。ちがいます……」
「はいはい、違う違う……ほれ……奥様のお味を二人で…ね? ……む…んぐ……」
「い、いや……ひゃめて……ひんんぐ……」
まるで子供をあやすようにお竜は咲の身体を抱きすくめて、深々と二人の唇を吸い重ねていったのである。
八畳間のそこここにお竜と咲の着物が脱ぎ散らかされていた。
抱き合ったまま動き回ったのか、咲は一糸纏わぬ裸身を床板の前でお竜に組み敷かれていた。
お竜の右手が狂おしく咲の股間でうごめき、時折ねっとりと重なった唇の狭間から二枚の舌が絡む様子が垣間見える。
荒い吐息とうめき声がまた熱を帯び始めて、お竜は咲の右太ももにゆるゆると腰を使いながら、その右手の動きを徐々に速めていった。
「ふんぐうう……」
強張った呻きを上げて、咲はお竜の中指と薬指を締め付けながら柳腰を揺すり上げた。
お竜は右足で咲の左太ももを押さえ付けると、さらに忙しなく濡れたものを指で抉り込んでいく。
「んぐぐううう……!」
咲は細い首筋に血の道を浮かび上がらせると、獣じみた呻きを上げてお竜の背中の竜を両手で掴んだ。
内腿の柔らかみがぶるぶると震えた時、中指と薬指を深くえぐり込んだまま、お竜の小指が流れ落ちる露と共に咲の尻の穴に二寸ほど潜り込んだ。
「ん! ……んぐう!!」
深く唇を奪われたまま、咲の身体が反りかえって弾んだ。
お竜の右手に熱い露を浴びせると、咲は目くるめく極みの愉悦に五体を縛られたのである。
しばらく唇を重ね合ったまま、二人は荒い鼻息を互いの頬に吹き付けていた。
細かく唇をついばみ合うかと思えば、思い出したように深く舌を絡め合って、溶け合わせた唾をお竜が注ぎ込んでいるのか、時折咲の喉が小さく起伏する。
浅ましい悦楽に誘った女の指先は、今は咲の下腹部の膨らみや繊毛に優しく戯れかかっていた。
再び身体の奥に火がくすぶり始めるのを感じると、ゆっくりと唇を離したお竜が咲の耳元に囁く。
「一人ばっかりじゃ寂しいでしょう? 今度はあたしも一緒に……」
驚いたことに、咲はその囁きに小さく頷いた。
両足を交差させて互いの女を押し当てながら、お竜と咲はしっかりと両手を握り合わせたのである。
「なに、虫を使った?」
目を見開いた沙月女に蓬莱はゆっくりと頷いた。
「煙幕を張った後に、仕込んだ蜜と蜂を使いやがった。手際のいい奴だったよ」
沙月女は顎に手をあてて考え込んだ。
「そいつは丹波の使いの伊賀ではなさそうだね。いったい何者だろう……?」
蓬莱は二の腕を摩りながら口を開く。
「もう一人の若侍は若を探しに来たと思うんだけど……。いずれにしても、ここの外で誘いをかけて、あたしと飛燕で片づけるよ」
「うむ、気をつけるんだよ」
沙月女が小さく頷いた時、音もなく障子が開いてお竜が入ってくる。
「なに、虫が出たって……?」
お竜の問いかけに片頬を緩めると、沙月女はお竜に答える。
「ああ、それも悪い虫がね。ところで、若はどうしてる?」
「浪人の奥方にやっと馴染んできて、もう飯も食べ始めたよ」
「うん、それはよかった。丹波を利用して長い付き合いをするなら、今のところ若に大事があっては不都合だからね」
「ああ、任せときな。うまくやってるよ」
お竜は沙月女から手元に視線を落とすと、長煙管にきざみを詰める。
「それから、しばらく商売の女はここの地下牢には入れないことだ。ここにそんな場所があることを知られるとまずい。身内にも伝えて、秘密にするんだ」
お竜はせっかちに二三服吸い込むと長火鉢に火を落とした。
「これだけの人間が出入りしてるんだ。ここに入り込もうなんて奴はいやしないよ」
沙月女は南国女の様な派手な目鼻立ちを険しく変化させた。
「腕の立つくノ一にかかったら、ここの三下なんか何人いても同じなんだ。相手を片づけるのは蓬莱と飛燕に任せて、今言ったことを守ってしっかり見張りさせるんだ」
「ああ、わかったよ」
お竜は火鉢の縁で煙管を叩くと、不機嫌そうに立ち上がった。
その様子を鼻で笑った蓬莱に再び沙月女が口を開く。
「蓬莱、相手を誘うのはまだ待つんだ。もう二三日すれば飛燕が帰ってくる。おびき出すのはその後だ」
「わかった。待ち遠しいねえ、それまでここの賭場でも荒らすとするか、あははは……」
蓬莱は重そうな錫杖を手に取ると、苦笑いを浮かべた沙月女を残して部屋を出ていった。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2016/10/13 07:52
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石室
『十日室』を思い出しますね。
余談ですが……。
新潟市西蒲区には、岩室(いわむろ)という地域があります。
合併前は西蒲原郡岩室村で、新潟市の奥座敷と呼ばれてます。
温泉地なんですね。
わたしは1度、研修で、この岩室温泉に泊まったことがあります。
岩盤風呂が気持ちよかったです。
岩盤と云っても、岩の上に寝るわけじゃありません。
玉砂利です。
当時、乾癬が出てたので、玉砂利に膝から下を埋めてみました。
むず痒くて気持ちよかったです。
浴室には、ペットボトルの水を持って入るんです(お水は無料)。
それほど、汗をかきます。
手の平から汗が噴き出てるのを見たのは、その時が初めてでした。
↓わたしの入った岩盤浴は、こちら。
http://www.oohashiya.co.jp/onsen/arashi/
ぜひ、お越しください。
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2. ♪温泉芸者~HQ- 2016/10/13 11:12
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<岩室温泉emoji:hot_bath>
岩盤浴。
はて、以前に新潟の温泉の話題が出たなあ、で考えましたらすぐに思い出しました。月岡温泉です。何の話題で出たかは覚えておりません。
さらに、新潟にどれくらい温泉あるんやろ、で検索を掛けましたところいやあ、あるわあるわ。34か所ありました。
覗いたサイトさん曰く……、
「日本海に面し、多くの山々に囲まれ、2つの大河が流れる新潟は、さまざまな風情を味わえる温泉王国としても知られています。宿で楽しむ郷土の味、新鮮な魚介、香り高いコシヒカリや地酒も魅力です」
なるほど。ですが、なぜこれほど温泉が多いのかの説明はされていません。まあ、日本は火山国、温泉大国。どの都道府県にもこれくらいの温泉はあるのかもしれません。
念のため、大阪を調べてみましたところ、温泉旅館の数とかランキングは出るのですが、『温泉街』の数はよくわかりませんでした。ただ、結構あるようです。
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3. Mikiko- 2016/10/13 19:50
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温泉地の数
↓新潟県は、第3位でした。
http://www.onsen-r.co.jp/data/onsen.html
1位の北海道、2位の長野は、当然の気がしますが……。
新潟が、そんなに多い感覚はありませんけどね。
わたしが、平野部に住んでるからですかね。
ちなみに、月岡温泉は……。
石油掘削中に、お湯が噴き出たそうです。
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4. ♪いい湯だな~HQ- 2016/10/13 20:31
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新潟平野部の温泉
鵜の浜温泉とか、弥彦温泉とかあるじゃないですか。まあ、新潟市じゃないけど。
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5. Mikiko- 2016/10/14 07:46
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わたしが行ったことのある温泉は……
まず、月岡温泉。
ここはもう、新潟市から仕事が終わってから出かける定番です。
10回以上、行ってると思います。
あとは、すべて1回だけですね。
岩室温泉。
咲花温泉(五泉市)。
松之山温泉(十日町市)。
松之山温泉には、『大棟山美術博物館』という施設があります。
造り酒屋であり庄屋であった村山家の旧宅です。
松之山は坂口安吾の縁の地で、『大棟山美術博物館』には安吾の遺品なども展示されてます。
安吾の『不連続殺人事件』は、松之山が舞台です。
ぜひ訪ねていただきたい温泉地ですが……。
豪雪地帯ですので、冬期は、情報収集してから行かれることをお勧めします。
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6. 三大アホエロ男HQ- 2016/10/14 12:20
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大棟山美術博物館
「おおむねやま」でいいんですかね。
豪雪地帯。
違いない、十日町です。
松之山温泉は、日本三大薬湯の一つだそうです。日本人って、「三大」が好きだよね。
ちなみに、兵庫の有馬温泉も、三大薬湯の一つです(すぐに張り合う)。
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7. Mikiko- 2016/10/14 19:39
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違います
“だいとうざん”です。
↓語源は、ホームページのどこにも書いてありませんでした。
http://daitozan.jimdo.com/
これは、お粗末旋盤ですね。
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8. 万葉仮名ハーレクイン- 2016/10/14 21:50
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大棟山は……
だいとうざん。
音読みか訓読みかは、日本語に永遠について回る問題でしょう。まあ、固有名詞の場合どちらでもいい、わてらの勝手やろ~ですね。
旋盤
今日はしんどいので、突っ込むのはやめときます。