Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #164
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#164



 京都の市電は路面電車。その停留所の高さは、ほとんど路面と変わらない。幅は人一人分、ほんの一跨ぎのコンクリート製のプラットホームが、路面のレールに沿って10メートルか、20メートルはあるまい。要するに、電車の車輌1輌か2輌分の長さである。
 レールは、道路の中央に敷設されている。したがって、ホームも道路のほぼ中央にあるということになる。
 路面電車の軌道は、電車が走ってさえいなければ、自動車は走行して構わない。したがって、ホームの上に立てば、その両側には絶え間なく自動車が通り過ぎていく。電車のホームと云うにはあまりに頼りない、危なっかしい施設であった。

 その、路面電車のプラットホーム、『祇園停留所』に道代と小まめの志摩子、それに供の秀男は立っていた。慣れない道代と志摩子は、ホーム上で身を縮(ちぢ)こまらせていた。
 寒いわけではない。志摩子は防寒用の道行(みちゆき)を羽織っているし、道代にしても今日はさほど肌寒い気候ではなかった。風はなく、冬の陽射しは弱いとはいえ、豊かに降り注いでいる。穏やかな京の冬日であった。

 道代と志摩子を縮こまらせているのは、ひっきりなしにホームの両側を行き過ぎる自動車の流れだった。自動車が一台通り過ぎる度に、二人は身を持って行かれそうな恐怖に襲われていた。
 祇園の道筋にも車は走る。しかしその速度は、人の歩くそれと変わらないくらいにゆったりとしたものである。それ以外の車輌と云えば自転車くらい。穏やかな祇園の街並みの交通事情に慣れ親しんだ道代と志摩子には、このような喧騒は生まれて初めてと言っていい経験であった。
 道代は、心中で悲鳴を上げていた。

(なんと……)
(なんと、こないな……)
(なんちゅうとこやろ)
(祇園の、あの石畳の)
(あこ〔あそこ〕の通りに比べたら……)
(なんちゅう騒がしさやろ)
(こないなとこが……)
(こないなとこが、祇園とおんなじ京なんやろか)

 道代は京生まれでも京育ちでもない。
 丹波の山奥育ち。
 京のことなど何も知らずに育った道代だが、祇園の置き屋に勤めて何年になるのか。今は祇園が故郷の道代だった。
 祇園の道は簡素な石畳。自動車もさほど通るわけではないゆったりとした町並みである。日々の暮らしは日々変わることなく、顔を合わせる人は日々に同じ。「十年一日」という古い言葉が、これほど似合う町はあるまい。そのように思わせる祇園の暮らし、佇(たたず)まいであった。
 その祇園で送った淡々とした日常。生まれ育った丹波の山里は既に遠く、道代は既に祇園が故郷であった。


「姐さん、小まめ姐さん!」

 大声で呼びかける声に、道代と志摩子、秀男の三人は振り向いた。京都市電、『祇園停留所』の上に立つ三人である。

「姐さん!」

 停留所に登りながら声を掛けてきたのは、京都花街の一つ、上七軒の舞妓、ぽん太であった。

「ぽん太やないか」
「姐さん、お座敷どすか」
「せや」
「どちらまで」
「嵯峨野や」
「嵯峨野! ほらまたえらい遠くまで。うちらやったらすぐねき(傍、付近)、でっけどなあ」
「ふん。馴染みの旦さんに呼ばれてなあ」
「ご苦労はんどす」

 ぽん太は和装。高く結い上げた日本髪には花簪を着けている。揺れる「ぶら」と「ビラかんざし」。襟元と、手でたくし上げた裾には赤い内着が覗けている。足には、一足ごとに軽い音を立てるおこぼ(ぽっくり)を履いている。
 誰がどう見ても舞妓の装いだった。

「ぽんちゃん。あんたはまた、何しとんねん、こないなとこで」

 上七軒は市街の北西部、北野天満宮にほど近い場所にある。祇園からは、かなり離れた花街であった。

「へえ、今日はうち、お休みどして」

 小まめの志摩子は、ぽん太を見つめながら声を返した。

「あんた、お休みて、その恰好……」
「へへへ、姐さん。うちの趣味、ご存じでっしゃろ」

 言われて志摩子は腑に落ちた。

「ああ。あんた、あてものう電車に乗んのん、好きやったなあ」
「そうどす。今日はうち、市電をたっぷり乗り倒そ、思いまして」

 志摩子は、宇宙人を見るような目でぽん太を見つめた。
 そのぽん太には供はいない。舞妓が一人でお座敷に出かけることは、あり得なかった。

「あんた……お座敷や、ないわなあ」
「へえ。今日はお休み頂いてますて、姐さん」
「ほれで、なんでそないな恰好、しとるんえ」

 志摩子は、改めてぽん太の舞妓衣装を見つめながら問いかけた。

「へっへっへ、姐さん。このかっこ(格好)で電車に乗りますとなあ。乗っとるお客はん、100人が100人、みいんなうちを見はりますわ」
「そらそやろ」
「それが気持ちええんですがな、姐さん。もう、映画スターになったような気分でっせ。原節子か、高峰秀子かゆうとこですわ。若い男衆(おとこし)はんなんか、口開けて、よだれ垂らして見はりますわ。それがほんまに気持ちよ、おますねん」
「あんたなあ」

 ぽん太の性格は、百も承知の志摩子であったが、改めて、ため息をつくように声を掛けた。

「まあ、好きにしよし」
「へえ、おおきに」

 道代と志摩子。供の秀雄。それに上七軒の舞妓、ぽん太の立つ停留所に、一台の市電が入ってきた。前面の行き先表示は『四条烏丸』。
 ぽん太は、いそいそと電車に向き直った。

「ほな、姐さん。うち、これに乗りますよって。これは京都駅にはいきまへんさかい、姐さん方はも少し待っといとくれやす」
「あんたは市電の車掌かい。まあ、気ぃ付けて楽しみなはれ」

 ぽん太は、志摩子、それに道代と秀男にも小腰をかがめ、いそいそと市電のステップを踏んで乗り込んだ。白い脛がちら、と覗ける。

「姐さあん」

 ぽん太は、電車の窓から身を乗り出し、手を振りながら大声で呼びかけてきた。
 それに軽く手を挙げる志摩子。
 『四条烏丸』行きの市電は、騒々しい音を立てながら遠ざかっていった。

「ほんまに、賑やかな子ぉや」

 呟く志摩子に、道代が問いかけた。

「姐さん。今のお人、上七軒、言わはりましたけど……」
「せや。上七軒で今売り出し中のぽん太や」
「せやけど、上七軒て、えらい遠くやなかったですやろか」
「せやなあ。京もはずれの……まあ、はっきりゆうてど田舎やなあ」
「はあ……。そないな遠くの舞妓はんと、お知り合いなんどすか、姐さん」
「ん、まあ……。うちらの世界は広いようで狭い、ゆうやつでな。祇園だけやのうて、あっちゃこっちゃの芸妓・舞妓とは知り合いが多い」
「そうでっか……」
「そないゆうても、あの子といつどこで知りおうたんかは、もう忘れてもうたけどな」

 志摩子は、道代の顔を半分、あとの半分は京の青い冬空を見上げ、笑い混じりに、道代にとも秀男にともつかず声を掛けた。


 レール音を響かせ、次の市電がホームに入ってきた。
 行き先表示は『京都駅前』。
 秀男が声を掛けた。

「来ましたで、姐さん。国鉄の駅ぃ行くやつですわ」
「よっしゃ。ほな乗るで、道。秀はん」

 祇園の舞妓、小まめの志摩子は、お供の道代と秀男を従え、生まれて初めての路面電車に乗り込んだ。
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コメント一覧
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    • ––––––
      1. ♪運転手は君だ~HQ
    • 2016/09/06 12:29
    • 道代と志摩子の道行?
       秀男というおまけが付いちゃいましたが、とりあえずは京都市電、路面電車です。
       もちろん、現在は存在しません。
       京都の市電は1912年開設、66年の歴史を重ね、1978年9月30日に全廃されました。残念なことです。
       わたしは乗ったことはもちろん、見たこともありません。
       乗る機会は十分あったのになあ。当時『アイリス』を書いていれば、当然取材に出かけたことでしょう。本当に残念なことです。

       で、今回初登場、上七軒のぽん太姐さん。
       舞妓にして「鉄子」。なかなかのキャラのようですが、残念ながら今後の登場予定はありません(なんでえな、出してえや;ぽん太)。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2016/09/06 19:46
    • 京都市電
       ↓廃線跡探訪のホームページがありました。
      http://www.geocities.jp/kyototram/

       ぽん太姐さんは、上七軒ですか。
       小まめと知り合いなら、てっきり宮川町あたりかと思いました。

    • ––––––
      3. 廃人ハーレクイン
    • 2016/09/06 21:17
    • 廃線跡探訪
       全国各地の、かと思ったら『京都市電の廃線跡を探る』さんでした。
       もう、バリバリの電「鉄」さんですね。
       そういえば、BSで『廃線跡を歩く』というマニアックな単発番組が放映されたことがあります。録画したんですが、消えちゃいました。

      ぽん太の所属
       いや実は、当初は宮川町で書いたんですよ。
       で、気が変わったんです。
       なーんでか、は自分でもわからなくなりました。
       まあ、もうご登場はないわけですから(しやから、出して、て;ぽん太)、どこでも構わなかったんですがね。

       しかし、管理人さんにはお手数をおかけしました。「どこでも構わない」んですが、宮川町だと、本文のほかの部分を訂正する必要が出てきますんでね。 

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2016/09/07 07:44
    • 上七軒
       地元では、“かみひちけん”と発音するようです。
       隣に、北野天満宮があります。
       室町時代、北野天満宮の再建の際、残った資材を使って7軒の茶店を建てたのが……。
       「上七軒」の由来だとか。
       こんなに古い起源だとは思いませんでした。
       毎春、上七軒歌舞練場では、『北野をどり』が上演されます。
       水上勉の小説に、『上七軒』という作品があるようです。


    • ––––––
      5. 上七軒殺人事件HQ
    • 2016/09/07 13:15
    • 水上勉『上七軒』
       いやあ、知りませんでした。上七軒の名芸妓が主人公のようです。

       そういえば、水上の代表作の一つ『五番町夕霧楼』は、西陣の色町が舞台ですが、例の金閣寺放火事件も絡んでいます。
       金閣は上七軒に近い。
       案外、水上は、上七軒の花街を意識してたかもしれませんね(お前の推理はあてにならん)。

       円地文子『女人風土記』も、同じく上七軒が舞台の小説だとか。
       祇園にも名妓は多くおられますが、上七軒は花街そのものが長い歴史を持つだけに独特の味があり、小説になりやすいんでしょうか。

       ふむ。
       なんか、『アイリス嵯峨野編』に上七軒を絡めてみたくなったぞ(そんなことしとったら終わらんで)。
       ただ、ぽん太姐さんはなあ、雰囲気が合わないだろうなあ(なに言わはりますのん;ぽん太)。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2016/09/07 19:39
    • 祇園や先斗町と違い……
       人口に膾炙してませんから、通人には穴場なんじゃないですか。
       観光客も、わんさかは来ないでしょうし。

    • ––––––
      7. 意地悪ハーレクイン
    • 2016/09/07 22:57
    • 穴場上七軒
       ↑この絵文字、おもろいので真似してみました

       どうなんでしょうね。
       わたしは一度も行ったことありませんので何とも……。
       画像なども、祇園に比べれば少ないようですが、これはわたしの調査能力のせいかもしれません。
       いずれにしても、京のど田舎、には違いないでしょう(談;小まめの志摩子)。
       
       ここでようやく気付きました。
       なぜ、当初の宮川町から上七軒に変えたのか。
       それは「祇園とはかなり異なる雰囲気の花街」「祇園と落差をつけたい」と、無意識のうちに考えていたようです。
       ならばもう一度、何らかの形で上七軒を登場させることになるかもしれません。ぽんた姐さんの登場は、ないと思いますが(もう、ええかげんにしとくれやす;ぼん太)。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2016/09/08 07:23
    • 北野天満宮の参詣者が……
       一服する茶屋が始まりだったのでしょう。
       そう言えば、金沢の花街は、茶屋街と云いますよね。
       あれもやっぱり、お茶を出した店が起源なんですかね?

    • ––––––
      9. 出がらしハーレクイン
    • 2016/09/08 08:20
    • 茶屋街
       『ひがし』と『主計町』がありましたかね。

       わたしらは「ちゃやまち」ときますと、大阪市北区梅田茶屋町ですね。ここもかつて、旅人用の茶屋があったそうです。

       関係ないけど、戦国期の京都の豪商、茶屋四郎次郎てのがいましたね。ただし、茶問屋ではなく、呉服商だそうです。

    • ––––––
      10. Mikiko
    • 2016/09/08 19:45
    • 茶屋
       本来、休憩場所を提供するとともに、注文に応じて茶や和菓子を提供する飲食店のことでした。
       後に、「引手茶屋(ひきてぢゃや)」「待合茶屋(まちあいぢゃや)」「出会茶屋(であいぢゃや)」「相撲茶屋(すもうぢゃや)」「料理茶屋(りょうりぢゃや)」などが派生していきました。
       「料理茶屋」が、現在の「料亭」になるわけです。

    • ––––––
      11. 葉茶屋ハーレクイン
    • 2016/09/08 22:44
    • >本来、休憩場所を提供
       時代劇なんかでは、「茶店」の方が一般的でしょうか。いわゆる「と峠の茶店」ですね。

      「茶屋」
       「相撲」「料理」以外は、違いが分かりにくいですね。
       「引手」「待合」「出会」は、遊女遊びの関連施設だと思いますが。

       あ、「出会」は、今でいうラブホですかね。人目を忍ぶ男女の密会の場。そこに踏み込む、女の亭主。血の雨が降る出会茶屋……。
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